『おかえりモネ』 楽曲解説 4
サントラ第2集、4枚目。
前半は、百音が東京に出て羽ばたいていく前向きな曲を集めました。
後半は、汐見湯でのゆったりとした日常を。
1. 空の物語 (歌:坂本美雨)
The Story of Sky
東京篇の大きなテーマとして、「空」が掲げられていました。
(登米篇では、「循環」「山」「海」というテーマでした)
「空」というのは、山と海をつなぐ空であり、百音が気象予報士として東京で羽ばたいてゆく、希望に満ちた空です。
登米篇で作っていた『あすなろ』というメロディーが百音のテーマだったので、『あすなろ』を発展させた曲になるだろうなと思いました。
ほとんど脚本だけを頼りに作った第1集の楽曲と違い、この頃はドラマの放送がスタートしたので、完成したドラマの雰囲気がようやく分かり、どのように音楽が使われるのか、いい点も課題点も把握できたので助かりました。
登米篇では坂本美雨さんが歌ってくれた『天と手』という曲が、百音の言い表せない心情の曲として使われましたが、この『空の物語』も百音の新たな心情曲、百音の東京での新しい心そのものを表す曲ということで、再び坂本美雨さんに歌っていただくことになりました。
NHKスタジオでの録音の際、坂本美雨さんは、はじめ勢いよく歌われていたのですが、音響デザインの坂本愛さんのアドバイスで、百音そのものでもあるけれど、同時に百音を見守っているような歌にならないかと方向が定まっていきました。
美雨さんの歌の表情が一気に深く優しい表情になり、その場にいた皆で感動していたのですが、最後の最後で歌が止まってしまいました。ぐっとこみ上げてくるものがあって、歌えなくなってしまいました。「こういう風に自分に歌って欲しいと思っていた歌い方で歌ってしまった。それを自分で聴いて涙が出てきた」。
歌を聴いていた皆も涙涙でした。
そういう現場に立ち会えるなんて、ほんとうに恵まれた制作現場でした。
2. 水に映る街
City Reflected in Water
このドラマには、水の循環がずっと通奏低音のように流れています。
大都会、東京に出ても、近くにはいつも水があり、百音が東京の下宿先に向かうのも水上タクシーでした。
水上タクシーの動画がYoutubeに上がっていたので、それを見ながら、宮城からはるばるやってきた百音の目にどんな風に東京の街が映るのか、僕自身がはじめて東京に行った時のことなど思い出しながら、ワクワクする心を音にしてみました。
川から都会を見上げている様子を音で描こうと思い、音が下から上へ上へ昇っていきます。大都会の印象が心に落ちていくように音が上から下に降ってきて、百音のなかでぐるぐると混じっていきます。
3. 大空のまんなかで (歌:坂本美雨)
In the Center of Great Sky
東京篇の音楽には大きなチャレンジがありました。
つむじ風や台風など、さまざまな気象を、音楽でどうやって表現すればいいのか。
脚本には「向かい風」や「巨大台風」など次から次へと迫力のある気象が登場するのですが、映像として見せない可能性が高いと聞いてました。
百音たちが働く舞台は、テレビ局という閉じた空間で、情報を駆使し、計算し、解析する。ひたすら頭脳戦を繰り広げます。なので、画面には実際の風が映らない可能性が高い。
ですが、脚本から感じ取っていた自然のざわざわした感触をなんとか音楽に少しでも残せないか、僕なりのチャレンジでした。
他の曲でも大いに挑戦しましたが、この『大空のまんなかで』では気流のなかを進んでいくような音の表現を目指しました。
伸びやかな透明のハイトーンは坂本美雨さん。この高さを軽々と歌われるのでびっくりしました。いわゆるソプラノの歌い方でもない、美雨さん独特の歌い方に惚れ惚れします。
4. 天気雨(バンド:岡田寝具)
Sun Shower
東京篇のもうひとつの試み。バンド演奏!
登米篇でもギターの演奏をお願いした岡田ピローさんに、今度はバンドで演奏してもらえないかお願いしました。
バンド名は、岡田寝具。
ギター=岡田ピロー、ベース=ばばばびお、ドラム=遠藤達郎のスリーピース・バンドです。
たった3人から奏でられる音の力強さが、ドラマに爽やかな躍動感をもたらしてくれました。
この他にも数曲、演奏をお願いしましたが、この曲では岡田ピローさんにバンドアレンジもお願いしました。僕のデモ曲では描ききれていなかった情熱や躍動感が一気にあふれました。
仮の曲名は「情熱」でした。やってやるぞ!と前進したくなる曲です。
5. 運命のお誘い
Invitation from Destiny
登米篇と違い、幾つか具体的な映像を頂いていたので、これは映像を見ながら作りました。東京に着いたばかりの百音が野坂たちに巻き込まれていく流れに合わせました。
ドラムは緑川徹さん。第1集でも叩いてもらいましたが、表情豊かで大好きなドラムです。
曲調が少しレトロなのは、下宿先の汐見湯の雰囲気に影響されたんだと思います。
6. 空のてっぺん
Top of The Sky
元々2曲に分かれていた曲をひとつにまとめました。
前半は、百音が東京にはじめて着いた時の印象で、『水に映る街』が百音からの印象だとすると、こちらは都会からの視点。大都会が小さな百音を迎え入れる。都会を自然のひとつの現れとして、雄大に描く。
後半は、『空』のテーマのアレンジで、百音たちが東京の広い空の下、使命感を持って自分たちの仕事に取り組む心を奏でました。
この曲を聴くと、莉子の頑張りを思い出します。
7. 雲だったころ
When I was
登米篇の元気なシーンでよく流れていた『あめはれわたり』や『青空うたえば』のゆったりしたピアノ・バージョンです。
ドラマ放送と並走しながら音楽を作れる醍醐味が、こういうなんでもないピアノ演奏だと思いました。
登米での暮らしを思い出しながら、まさにモネの世界に自分もいてピアノを弾ける、こんな不思議な体験は、他ではなかなか味わえません。
さまざまに形を変えていく雲のように、人も、音楽も変わっていきます。
8. 晴れ、雨、進め。
Hare, Ame, Susume.
『空』のテーマの最大の発展形です。
ストリングスの伴奏にのって、バンドが力強くメロディを奏でています。
百音の職場であるウェザー・エキスパーツのテーマ曲として仕上げました。
職場のデザインが管制塔のようになっていることから、チームで物事を前進させていくイメージを大事にしました。
ドラマのキャッチコピーになった「晴れ、雨、進め。」をそのままタイトルに使わせて頂きましたが、この言葉、ほんとうに素敵な言葉です。
人と自然のスケール感がそのままこの短い言葉に入っています。
自然は大きく、人はそれでも進んでいく。
僕はこの当たり前のスケール感を大事にしている生き方が好きです。
9. ゆるぎないもの
What You are Born with
第1集の『青嵐』のピアノ・バージョンです。
登米篇で既に用意していた曲ですが、ここに入れられそうだったので収録しました。
百音が必死に命と向き合う姿に心を打たれて奏でた曲です。
10. 風光る
Wind Shines
車椅子アスリートの鮫島が「向かい風」に立ち向かっていく曲です。
仮のタイトルは「逆風」だったのですが、まさに逆風が生まれようとする、つむじ風が起きている様子から曲が始まります。
風で思うように前に進めない、重く苦しいけれど突き進んでいく感じがつづき、いよいよ鮫島の本領が発揮され、輝かしく風のなかを気持ちよく突っ切る様を音楽にしました。
車椅子レースの映像を実際に観ながら、車輪を手で漕ぐリズム、風のなかを加速していくスピード感を音楽にうつしとりました。
東京篇の音楽に取り掛かって1ヶ月ほどは、登米ののほほんとした雰囲気からのギャップで作曲が難航していたのですが、この曲でようやく暗雲が晴れました。制作陣から評価もいただいて自信を持って東京篇の音楽に取り掛かることができました。
11. チーム
Team
東京篇では、チームになって物事を成し遂げることの素晴らしさが何度も描かれます。
僕はこういう当たり前をそのまま描いてくれるこのドラマが大好きです。
この曲では、自分なりの東京の感じ、大都会がおめでとう!とお祝いしてくれている感じを表現しようと思ったのですが、どうしてもパーカッション、金管が出てきてしまいます。
それは子どもの頃に遊んだ「MOTHER2」というゲームのなかで大都会にたどり着くと、そういう音楽が流れていたからだと思います(鈴木慶一さんと田中宏和さんからの音楽のおくりものです)。
12. 思い出ゆらり (歌:アン・サリー)
Stirring Memory
百音の下宿先、汐見湯のテーマ曲です。
汐見湯のデザインを見せてもらうと、百音の職場やテレビ局の現代的で忙しい感じとは全く違い、なんともゆったり昭和なレトロ。
音楽も自分の中にある昭和感をそのまま出すことにしました。
アン・サリーさんに歌詞をお願いしたのですが、このような歌詞になるとは全く想像もしていませんでした。
どんな歌になるんだろうと、ピアノを弾きながら歌ってみたのですが、後ろで僕の妻が泣いています。
どうしたのか聞いてみると、歌詞の内容が、自分の子どもの頃、そのままだと。
祖父母の家のすぐ横に神社があって、祭りになると笛や太鼓が聞こえ、おじいちゃん、おばあちゃんの膝の上で、ゆらりゆらり、していたことを思い出したと。
アンさんには、「おかえりモネ」の楽曲でたくさんの歌詞を書いて頂きましたが、どれもほんとうに大事な大事な宝物です。
演奏は、アンさんの歌と、僕のピアノと、アコーディオンは水野弘文さんです。
水野さんは、10年前に『組曲』のCMで演奏していただいて以来、大好きなアコーディオン奏者でして、映画『未来のミライ』のサントラにも参加していただきました。久しぶりの再会で嬉しかったです。
13. ただそこに居るだけで
Just Being There
『環』の日常バージョンです。
汐見湯の菜津さんは、このタイトル通り、ただそこに居るだけでいい人だなと、憧れを感じました。
それは菜津さんが、ずっと部屋に閉じこもっている宇田川さんのことを「そこに居るだけでいい」と本気で思っているから生まれた強さだと思います。
百音のお母さんの亜哉子さんも、同じ強さ、おおきな優しさを感じます。
(と書いているうちに、登場人物、みんな、そうだなあと、、。そして僕たちひとりひとりもそうだよなあと)
14. 集う家
Gathering House
汐見湯の音楽で一番最初に出てきた曲です。
昭和レトロというより、現代的に木管楽器のバンドを組んだら、合いそうな気がする。
百音と明日美と未知と、そのまま音楽を続けていて一緒に演奏したら、どんな曲?
TVでは登米篇の放送が進んでいましたが、同じような楽しい場面でも、東京では違う雰囲気にしないといけないなと考えながらドラマを観ていました。
この曲の明るく楽しい感じは、菜津さんをはじめて観た印象そのままです。
菜津さん演じるマイコさんは、以前、『恐竜せんせい』というドラマで主演された時に音楽を担当しました。今回は、百音を支える役でしたが、僕もマイコさんと同じ気持ちでドラマを支えようと思っていました。
15. たのしい連鎖
Fun Chain
『運命のお誘い』と同じく百音が野坂たちに巻き込まれるドタバタ劇を見ながら作った曲です。
東京篇のこうした楽しい日常の音楽をどんな曲にしようか。百音は20歳で上京しましたが、僕は同じ歳の頃、どんなことにワクワクしていたか、どんな音楽を聴いていたか、記憶を辿りながら作曲しました。20代前半の『Air’s Note』というアルバムまでの気分です。
バンド演奏は、岡田寝具。
こうして並べて聴いてみても、やはりバンド演奏が東京篇を軽やかに動かしてくれていたんだと思います。
話の内容自体は、災害を取り扱うなど重々しい内容だったので、軽やかに出来るところは可能な限り楽しい雰囲気にしてバランスを取ろうと心掛けていました。
16. なごみ湯
Nagomiyu
岡田寝具さんたちのバンド演奏にピアノでお邪魔しました。
一発録りのほどよい緊張感もあり、互いの音を聴き合いながら自由に音を奏でる楽しさ。
オーケストラは譜面を用意して、どんどん突き詰めていくやり方が向いていますが、バンドはとにかく現場のその場で生まれる勢いが面白いです。はじめての試みでしたが、バンドの録音はとても勉強になり今後も続けたいなと思いました。岡田寝具の3人が十分に準備してくれたからこそのスムーズで楽しい演奏だったと思います。
曲は、汐見湯で流れる想定だったので、昭和感。はっぴいえんどみたいなイメージで。
東京篇の曲を作るにあたって、作る環境を変えてみようと、まずは中古でエレキベースを買いました。弦の数が少ないし、和音を弾かなくてもいいから何とかなるだろうと。この曲もですが、バンド曲はベースを弾いて作曲しました。
17. どこにいても
Wherever You are
第1集に収録した『若葉』という曲のギター・バージョンです。
幼なじみが久し振りに集まってワイワイしている様子です。
おかえりモネの脚本を読んで一番はじめにいいなと思ったのは、幼なじみが集まって楽しそうにしている描写が何度も続いていたことです。百音たちだけでなく、耕治たちも。
自分がどんな仕事をしているか、関係なしに会える友だちはとても大切です。
第1集も合わせて、友だちを思い浮かべながら作った曲がたくさん残りました。
18. あなたの場所
Your Place
『環』のエレピ・バージョン。高音域で弾くとオルゴールみたいです。登米での毎日がゆっくりと思い出になっていきます。
19. 蝶の変容
Transformation of a Butterfly
百音がはじめて出社し、野坂から会社の説明を受けるシーンに合わせて作曲しました。
登米にはなかった東京のオフィスの緻密でスピード感のある様子を音楽でどう表現すればいいのか、大きな課題でした。
特にウェザーエキスパーツの雰囲気は、これまで描かれてきた企業の雰囲気ではなく、Googleなどのようにあたらしい時代の企業を意識されていたので、どんな音楽にすべきか悩みどころでした。
明るく自由な雰囲気にし過ぎると、災害をもたらすこともある気象を扱う仕事を茶化しているように見えてしまいますし、かといって仕事の内容に音楽まで同化し過ぎると朝ドラとしては重々し過ぎて辛いものになってしまいます。
それで辿り着いたのが、現代建築に音楽をつけるようなアプローチでした。
最新の素材や技術で作られた建築物は、蜂の巣のように緻密で有機的です。
東京篇に入って、それまでの山や海の大きな自然が画面に映らなくなる分、東京そのものをあたらしい自然の形と捉えて、有機的で少し優雅な音楽がつくれないだろうかと考えました。
言葉でいうと大袈裟ですが、東京の街を自分なりにいいイメージで捉えることができて、方向性が定まりました。
20. 曲がりくねった道を通って
Winding Road
百音がはじめてテレビ局の高村チーフと対峙するシーンに合わせて作曲しました。
ドラマが進むにつれて、どんどん好きになっていく高村チーフでしたが、登場したての頃はとにかく癖のある印象で、この曲の仮タイトルも「曲者」でした。
水野弘文さんのアコーディオンがとても素敵です。
譜面がややこしかったので演奏が難しく、何度も挑戦していただきました。
先ほどの『蝶の変容』で説明した東京ならではの有機的で優雅な感じをここでも追求しています。
21. 何か変
Something Strange
いわゆる状況曲です。タイトル通り、何か変、、と感じているドラマを補強するような曲です。
おかえりモネの音楽を担当するまでは、こういう状況曲は自分には作れない、苦手だと思い込んでいましたが、いざ作ってみると、とっても楽しく。
たくさん作りすぎてはみ出してしまったので、追加集にまとめました。
曲としては、なんでもない感じですが、改めて聴くと、こういう曲こそ朝ドラっぽい、おかえりモネっぽいなと感じます。
22. 午前二時
Ushimitsudoki
タイトル通り、お風呂場の怪、宇田川さんの曲です。
怖いホラーにならないように、不可解、不思議、気になる、どこか愛らしい?
23. 太陽の香る雨
Rain Scented with the Sun
菜津さん=汐見湯をイメージした曲です。
あの場所は、母性にあふれていましたね。
分け隔てなくいろんな人が集まる場所。宇田川さんのように外に出られなくなった人も一緒に生きていける場所。
百音は、登米ではサヤカさんから、東京では菜津さんから、誰かに照らしてもらう月のような生き方だけではなく太陽のように誰かを照らす存在になっていくことを学んだのだと思います。
24. 万緑
Green is All Around
百音のテーマ曲の『あすなろ』も東京での暮らしを経て、満ち足りた落ち着きに変わっていきました。
僕にも息子が生まれ、親はもちろんいろんな人が自分を育ててくれたことに今更ながら気づいて感謝する毎日です。今度は自分に何ができるのだろうか、与えられる存在になりたいです。
25. 母のように
Like a Mother
後半は、どうしても菜津さんに関連する曲が続きました。これは、選曲時にちょうどTVで汐見湯のクライマックスが流れていたせいもありますが、僕自身、ドラマのなかで一番心動かされたのが菜津さんのあり方だったのだと思います。
ドラマでは百音がサヤカさんから受け取ったものを引き継いでいく流れが描かれましたが、サヤカさんだけでなく、菜津さんから受け取ったおおきな優しさが未知や亮に伝播していったように思います。
お母さんの亜哉子さんは、まさに、ですが、高村チーフも、いろいろなお母さんのような女性が描かれましたね。お母さん、いいなあ。母のように生きたいです。そして、僕はどんなお父さんになっていくのかな。
長文、お付き合いありがとうございます。
これでおしまいです。
5枚目に続きます。
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