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月の妹たち 第五章 ~酔狂~

庭に佇む大きなふたつの自動車の影は、姉妹を人目から隠すのにうってつけだった。
こんな夜更けに誰の目があるかって?
それは、木立に巣を作る目白一家の母親の、敏感な眼かもしれないし、姿はないのに花壇を荒らしている土竜の狡猾な視線かもしれない。
少なくとも、人間の眼差しがそこにあるとは、幼い姉妹も思っていない。
しかし、月明かりに出なくては、ここから動けそうにないのは明らかだ。
姉と妹は相談する。反対ごっこにすればいいじゃない。そうか、反対ごっこにすればいいんだ。
つまり、月明かりがもっとも安全な地帯で、その影が危険の潜む地獄。今夜はそういう取り決めで遊ぶことにしよう。
白線の外側がセーフで、電信柱の影が、アウト。通学路はアウトなので、知らない道を行ったり来たり。
ときおり聞こえる車の走行音にハッとするけれど、それもまだ遠く、余裕で逃げられるはずだ。
だって、相手は眼から光線を出して来るんだもの。
反対ごっこは、あべこべで、ちぐはぐで、小さな宝石の入った胸が上下に震えるみたい。
つまり、笑えるってこと。
しばらく行くと広い農道に出た。まっすぐでなめらかなアスファルトは、見渡すかぎり月の光に支配されていて海みたいにどこまでも続いている。
「馬鹿みたい。」
と、姉が口に出すと、妹が道の真ん中でぐるぐる回りながら、くすくす笑う。勝ちだね。わたしたちの、勝ちだね。
そのとき、突然ほっそりした姉の手が妹の手首をさらって、道路脇の茂みに引っ張りこんだ。
すぐそこを、クジラほどもあるトラックが、ゆっくりと通り過ぎるところだった。
妹は俊敏に「お友達」の放つ光線から身を隠したが、もちろん、「お友達」というのは、反対ごっこでいうところの、敵だ。
遊び足りない妹が、クジラの後ろ姿に向かって高くキックをしたが、それを見て本物の危険を察知した姉は、唐突に反対ごっこをやめてしまう。
夜行性の獣のように、ふたりは月の光に酔っていたのだ。きっと傍目には、瞳が赤く煌めき、爪先は動物の死を待ち望み、後ろ足には魔法の力が働いていたに違いない。
姉は自分の人間の手と、妹の人間の手を堅く結んであることを確かめる。
そして、気を惹くように妹を、あぜ道に誘った。

この先に、レンゲ畑があったはずだ。月明かりの下でみるレンゲの花は、何色をしているんだろう。
そもそも、月明かりって、何色をしているんだろう。
明るい灰色?青い白色?
クレヨンの色見本を照らし合わせたって、人間が描くことなど、とても出来そうにないほど素敵。

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