月の妹たち 第十三章~貴婦人の采配~
朝焼けが山間の霞に遮られている間、最後の見送りのために、月の精霊は降りてくる。
眩しい金色の四頭立ての馬車に乗って、貴婦人に姿を変え、月の妹たちの帰り道を照らすために、降りてくるのだ。
れんげ畑では、まだ女になりきらぬ少女がふたり、青い草の上に水玉のスカートを広げ、その上に長く編み込んだ花冠をいくつも散りばめて、微動だにしなかった。
月の精霊の息遣いが、その耳元を軽くくすぐっても、ふたりは手を繋いだまま、動こうとしない。
4つの瞼はパタリと閉じていて、時折り夢を映してぴくぴくした。眠りに落ちたのだ。
夏の気配がそこまで来ているといっても、まだ夜明けは肌寒い。
月の魔法にかかることを知らない無垢な姉妹を、誰かに見つけてもらわなければ。
今夜はたくさんいた月の妹たちも、今はほとんどベッドの中に姿を消してしまった。
起きているのは、ちぐはぐな格好をした双子の姉妹だけだ。
貴婦人は風に手招きさせて、ふたりを広大な花畑へと誘(いざな)った。
あれ見て。と、ミニスカートの女が指をさす。寝巻きに草刈機を担いだもうひとりの女が足を止める。
二人は同時に、れんげ畑の中央に人影があるのを認めた。しかし、ひどく小さい上に死んでいるようだ。
駆け寄ったミニスカートの女が、口元に手を当てて確認する。生きてるみたい。
どうしてこの子たちだけ、帰れなかったのかしら。双子は不思議に思って、姉妹を揺り起こそうとするが、どちらも揺られるがまま、眠りから戻って来ない。
仕方なく、ミニスカートの女が小さいほうの少女を抱っこして言った。
ひとりで二人は抱えられないわ。あなた、その草刈機、明日とりに来られない?
寝巻きの女はしぶしぶ草刈機を下ろすと、姉とおぼしき少女を背負った。
明日ね、きっと明日よ。寝巻きの女が念を押す。
そんなに大事な草刈機なの?ミニスカートの女が軽口を叩く。
ふたりは笑いながら、はて、このミニチュア大のわたしたち、どこにお返しすれば良いのかしら、と首をひねる。
月夜の捨て子回収所は、どこかしらね。
冗談を言いながら、結局、来た道を戻って、最終的には、おだいし様の岩の所に行き着いた。
岩の上に少女たちを置くのと、朝の光が一筋、寝巻きの女の顔を照らすのが、同時だった。
「ついに、魔法が解けたわけね。」
ミニスカートの女があっけらかんと呟いた。
寝間着の女はまだ双子の姿のままだ。
「ええ、わたしは変幻自在。月の妹かもしれないんだもの。」
木陰で貴婦人が、ふふふ、と笑って消えた。
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