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ノコギリ屋根はモダンボーイの横分け「ノコギリ屋根の風景(蓑崎昭子/桐生タイムス社)」を読んで

フェイスブックで桐生商工会議所専務理事の石原雄二さんが、「ノコギリ屋根の風景」を紹介していた。「桐生のノコギリ屋根工場の歴史的役割とその存在の重要性を早くから唱えた蓑崎昭子記者が約150の工場を訪問し取材した労作です!」とのコメントを読んだ瞬間、私は「これいいですね。読みたい」とコメントしていた。すると、即「坂口さん、ぜひ読んでいただきたいです!私からお送りいたします」という嬉しい返信。
 二日後、私の手元に「ノコギリ屋根の風景」が到着。開封後、直ちに読み始め、読了。その余韻の中でこの感想文を書いている。
 ノコギリ屋根は桐生織物業の象徴だが、この本は織物産業や織物工場を紹介しているわけではない。あくまで、ノコギリ屋根の建築の写真と建物の歴史や逸話を紹介した本だ。当然、その中に桐生の織物産業の歴史や経営者の人生が見え隠れする。
 私は1992年から2005年までの13年間、桐生テキスタイル・プロモーション・ショー総合プロデューサーを務めた関係上、訪問したことのある織物工場がいくつも紹介されていて懐かしかった。それぞれの社長の顔とその会社のテキスタイルを挟んでディスカッションした思い出が蘇ってくる。
 著者の蓑崎昭子さんとも何度かお会いしており、ボブカットの若き日の姿がフラッシュバックした。
 それにしても、ノコギリ屋根というのはユニークな建築である。一般の切妻屋根は左右対称だが、ノコギリ屋根は、左右の屋根の角度が異なる。一方が垂直に近い急角度で、もう一方がゆるやかな角度。
 垂直に近い角度の屋根には天窓が開けられ、そこから採光する。採光する方角は北が最適と言われているが、必ず北向きに建てられているわけでもない。
 ジャカード織機は、普通の織機の上にジャカード装置を設置するために、十分な天井高が必要だ。その点でも、ノコギリ屋根は桐生の織物工場に最適な構造だったのだろう。
 しかし、本書はノコギリ屋根の機能性だけに注目しているわけではない。一つとして同じ建物がない多様性に魅力を感じ、その色彩や素材感、経年変化を含めて丹念に撮影し、建物の由来等を取材している。ある意味でノコギリ屋根をファティシズムの対象、フェティッシュとして冷静かつ情熱的に観察しているのだ。それをジャーナリスト的なクールな文章で表現し、偏愛している自己を懸命に抑制している。そんな印象を受けた。
 最後に、本書から感じた個人的なノコギリ屋根観を書いてみたい。
 ノコギリ屋根は「横分けのモダンボーイのヘアスタイル」だ。七三で分ける人もいれば、六四で分ける人もいる。ポマードで艶を出したり、洗髪したまま乾かしたりと、そのスタイルは千差万別だ。
 明治以降の産業革命と様々な技術革新がノコギリ屋根を生み出し、その構造の複雑性と意匠の面白さに当時のモダンボーイ達は熱中したのではないか。うちの工場はどんなノコギリ屋根にしようかと考え、ライバルと競い合う。その延長で商品の意匠をも競い合ったに違いない。その結果、桐生には個性豊かな織物が生れたのだ。
 桐生はジャカード織物産地だが、「紋様の産地」「デザインの産地」でもある。その象徴がノコギリ屋根であり、ノコギリ屋根に抱かれて沢山の意匠が孵化していった。
 やがて時代は移り変わり、ノコギリ屋根の工場も様々な用途に転換されるようになった。ノコギリ屋根は桐生のタイムカプセルなのだ。

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