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昔は良かったねといつも口にしながら生きて行くのは本当に嫌だから

「そんなもん忘れちまったよ。そんなことより今が大事なんじゃない?」

これから記す問いに対して、僕ならこう答えると思う。


気がつけば社会人になって15年が経つ。
社会人の方なら
初心忘れるべからず」という言葉を耳タコで聞いてきたのではないだろうか。

人間だから仕事に慣れてきたら、慢心が生じて、ありえないミスをしてしまう事がある。
この言葉はそうならないように、「それを始めた頃の初々しい気持ちを忘れないように謙虚でいなさい」という意味だと思っていた。
確かにこの意味は意味で良いと思う。

でもこの言葉の意味は本当は全然違うらしい。
そもそもこの言葉を言い始めたのは、室町時代に能で活躍した世阿弥という人で、芸術だけでなく、人生論など多くの影響を与えた方らしい。

世阿弥がこの言葉を残すまで、「初心」という言葉は仏教関連のみで普及している言葉だったらしく、ほとんどの人は知らない言葉だった。

詳細はこの本に書いてあるので、気になった方は是非手に取ってみてほしい。

元々僕は漢字の成り立ちについて昔から興味があって、どのようにしてこの漢字になったのか気になる漢字がたくさんあった。
「初」という字はその筆頭格で、衣に刀でなぜ初なんだろうと昔から思っていた。
今回ようやくその謎が解けた。
「初心」の意味について、この本にはこう書いてある。

「初」とは、「裁衣の始めなり」とあります。つまり、布地に初めてハサミ(刀)を入れる事が「初」の原義なのです。
着物を作ろうとしたら、まずは布地にハサミを入れて裁断しなくてはなりません。どんなに美しい布地でも、バッサリと裁つ。それと同じように、自分が変化しようと思ったら、まずは過去の自分自身をバッサリと切り捨てなければならない。
これが世阿弥の意図した本来の「初心」でした。

僕の場合、何かを始めようと思う時は、ちょっとはじめてみようかなくらいの温度感の方が性に合っている気がする。
確かに慢心しないのはとても大事だと思うが、それが呪縛になって身動きが取れないことの方が恐ろしい。

どんなに凄い人や会社でも、変化を繰り返して今があるはずだ。

変わることはとても辛いし、痛みを伴う。ましてや良い状態の時に何かを変えるなんて、多くの人に反対されるのは容易に想像できる。
しかし、世阿弥はこうも言っている。

しかし、むしろうまくいっているときこそ、過去の自分を切り捨てること、
すなわち「初心」を忘れてはいけない

僕はこっちの解釈の方がやっぱり好きだ。
あまり根を張って頑張るタイプじゃないし、どこかを飛び回って未だ見たことがない景色を見ている方が、楽しく仕事が出来ている気がするので。
根を張って地道にやる仕事は、それが得意な人がやればいいと思うし。

でも人間だから、歳を取るとどんどん腰が重くなっていくのもよく分かる。
だって、今まで積み上げてきたものが無くなってしまうかもしれないと思ったら、誰だって怖い。

でも、そこにばかり固執していれば、その先の成長は確実に無いのも事実。
これもある意味での慢心だから。

どこかで自分の着物をバッサリ裁たないと、前には進めない。
いざそのとき、あなたのハサミは震えるだろう。やっぱりやめとこうと思うだろう。

だからこそ、良い時も悪い時も、どんなときも、然るべき時に、思いっきりハサミで裁断出来るように、いつも心にハサミをしたためておく必要があるんだろう。

どんなときも どんなときも
迷い探し続ける日々が
答えになること僕は知ってるから

不思議とマッキーの歌が僕を勇気づけてくれた。

感謝を込めて。今日もいい1日になりますように。

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