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春がやってくる

寒い日が続いている。

庭の梅の花に蕾が芽吹いてきた。

この時期の恒例だけど、植物の凄さにはいつも感心させられる。

地に足をつけるのが嫌いな僕は、もし彼らのようになったらどうなってしまうのかいつも考えている。

話せないし、見えるものはいつも一緒。退屈なのかな。

でも、一日も同じ状況がない中で、どうやって毎年ほぼ同じ時期に咲くんだろう。

とっても不思議。

しかも、梅って、なぜか桜ほど注目されない。綺麗な花を咲かせ、いつの間にか散っていく美しさは変わらないのに。

桜みたいに何本も連なってる場所が少ないからなのか。
春風を感じない寒い中でひっそりと咲くからなのか。

いずれにしても僕は、昔から一緒に生きてきた梅の方が好きなのだ。

ひっそりと。儚く。だけど、力強く咲く梅の花が。

誰かに褒めれなくても、周りのことを気にせず、自分が一生懸命花を咲かせることだけを考えているような、孤独な感じもまたいい。

庭の梅の花を見ていると、清々しい。
夜部屋を真っ暗にして、梅の木と会話することがある。

「君は独りで咲いて、独りで散っていくけど、寂しくないの?」

「そんなの関係あるかい?ただ自分のために花を咲かせる。ただそれだけだよ」

ただそこにあり続ける。何も言うことなく、凛とした姿勢で、黙々と。

孤独を感じると、つい誰かの評価が欲しくなる時がある。
自分は本当に頑張れているのか不安になるからだ。

でもきっと、それはまやかしのようなものなんだろう。

なりたい自分は、自分で描くしかない。
そして、叶えるのも自分自身でしかない。
誰かにお願いしたって、誰も叶えてくれやしない。

梅の花が咲くと、ああ今年も咲いたという喜びと、もうすぐ散ってしまうという悲しみを両方感じる。
これがきっと諸行無常の響きなんだろう。

春の訪れは、いつも僕を迷わせる。
釈然としない僕の性格のように、何かと何かが混ざったような、相反する感情を感じさせる季節。
杉の花粉がそうさせるのか。山頂にまだ残る雪がそうさせるのか。
「さよなら」と「はじめまして」を何度も言わなきゃいけない煩わしさがそうさせるのか。

自分の誕生日の季節なのに、春はいつも僕を惑わせる。
そして生きる意味を問うてくる。

きっとこれが生きるということなんだろう。

悩んで、惑わされ、儚い気持ちにされ、目が充血し、くしゃみの繰り返し。
今年の春もまたそんないつもの春なんだろうな。

感謝を込めて。
今日もいい一日でありますように。

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