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マカオGPは「F1の登竜門」ではなくなってしまったのか
先日11/14-11/17にかけて「マカオGP」が開催された。
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マカオGPとは、中国のマカオ特別行政区にて行われるモータースポーツイベントの1つで、市街地に設営された「ギア・サーキット」で二輪・四輪問わず様々なカテゴリのレースが行われる。
特にマカオGPのフォーミュラカテゴリはFIAからワールドカップ扱いを受けており、毎年各国からF1を目指す将来有望なドライバー達がマカオに集い直接レースで争う。
その事からF1関係者の注目度は高く、「F1の登竜門」と呼ばれていた。現にマカオGPで出場したドライバーの多くがF1デビューしている。
だが、近年ではマカオGPの優勝者からF1ドライバーが久しく誕生していない。
最後にF1ドライバーになったマカオGP優勝者はルーカス・ディ・グラッシ(2005年)で、ここ20年弱はマカオGPを優勝したF1ドライバーは存在しない。
勿論、マカオGPを優勝していなくてもF1ドライバーになれるのだが、若手有力ドライバー達の中で良い成績を挙げたドライバーがF1に行けないのはなかなかどうしておかしな話である。
また、今年のマカオGPでは例年に比べて異常にクラッシュが多かった。
レース期間中に荒天が多く難しいコンディションであったことも一因ではあるが、マカオGPに参戦するドライバーの質が低下したのではないかと批判されている。
この様な事もあり、マカオGPはもはや「F1の登竜門」ではない、という意見さえ出ている。
本当にマカオGPは「F1の登竜門」では無くなってしまったのか、モータースポーツの歴史を紐解きながら考察していく。
旧F3衰退によるマカオGPの地位低下
まずは「何故ドライバーの質が落ちたのか」という観点で考えてみよう。
この理由は明確であり、ズバリ「マカオGPの地位が落ちたから」である。
マカオGPの地位が落ちたのかを説明する為に、FIA F2/F3が新設される以前のF3(FIA F3と区別する為、以降「旧F3」と表記する)の歴史について説明する必要がある。
「F1の登竜門」だった旧F3
マカオGPにて旧F3がフォーミュラカテゴリとして採用された頃、フォーミュラカテゴリの序列は上から順に「F1→F3000→旧F3→F4→etc…」という形になっていた。
当初、F1の直下カテゴリであったF3000にF1へのステップアップの役割を担わせようとしていた。
しかし、開発競争の激化によりコストが増大してしまい、なかなかドライバーが集まらない。また、F1マシンとF3000マシンの間でマシン性能差が大きすぎるのもあってドライバーもF1に通用するレベルになかなか育たない。
コスト高の割にドライバーが育たないF3000にF1チームは徐々に見切りをつけ始めた。
一方でF3000よりマシンが非力だが参戦コストが安い旧F3にF1チームは目を向け始めた。
当時はヨーロッパ各国や日本で開催される国内F3選手権でチャンピオンを取るとスーパーライセンス(F1参戦するために必要なライセンス)を発行できた為、F3000より低コストでF1ドライバーを育成できた。
この様な状況から、F3000はF1直下カテゴリとして存在するものの、実質F1のステップアップカテゴリは旧F3とみなされていた。
実際、多くのドライバーが旧F3に挑戦し、そこで活躍した多くのドライバーがF1へステップアップして行った。
GP2/GP3、FIA F2/F3創設による旧F3衰退
しかしF3000で問題となっていた「F1とのマシン性能差が大きすぎる」という点について、旧F3がステップアップカテゴリとして機能していた頃も解決された訳ではない。
むしろ時が経ちF1の技術進化が進むごとにマシン性能差はより大きくなっていった。
その為、よりF1に適応できるドライバーを育成する為にも「F1との接点がより近いカテゴリ」が必要だという機運が2000年代に高まり、2004年にF3000を再編成して「GP2」、2010年にはその下位カテゴリに当たる「GP3」が創設された。
これらは後にFIA直属の選手権として再編されて現在の「FIA F2」「FIA F3」となる。
GP2, GP3の登場で旧F3は徐々に「F1のステップアップカテゴリ」という地位を失っていく。
また、長らくGP3と旧F3はフォーミュラカテゴリの序列として同列として扱われてきたが、「FIA F2」「FIA F3」の設立と同時期にフォーミュラカテゴリの序列の再編成がされ、旧F3は「フォーミュラ・リージョナル」という名称に変えられ、明確に「FIA F3の下位カテゴリ」と再定義されてしまう。
現在のフォーミュラカテゴリの序列は「F1→FIA F2→FIA F3→FR→F4→etc…」と、実質2段階序列が落ちたことになる。
旧F3と共に地位が低下したマカオGP
1986年以降、旧F3のマシンを走らせていたマカオGP。旧F3が全盛の頃は各国の旧F3参戦ドライバーがマカオGPに参戦し、F1を目指す若手の中で最も速いドライバーを決める一大レースと位置づけられた。
しかし、前述の通りGP2が始まり旧F3がF1へのステップアップカテゴリとしての地位を失っていくと、マカオGPも同様の道を辿るようになっていく。
丁度GP2が創設された翌年(2005年)に現状最後のマカオGPウィナーのF1ドライバーが誕生して以降、マカオGPウィナーのF1ドライバーがピタリと居なくなった。
GP2がF1のステップアップカテゴリとして機能し始め、旧F3やマカオGPがF1関係者から軽視されるようになった証左・・・なのかも知れない。
マカオGPは自ら地位を落とした
FIA F2/F3の創設、旧F3がフォーミュラ・リージョナルとなって以降、マカオGPは「FIA F3カテゴリ」としてレースを行ってきた。
創設以降、FIA F2がF1直下のカテゴリであり、現状FIA F2がF1へのステップアップカテゴリとして機能している為、FIA F3カテゴリとしての開催は旧F3カテゴリを採用していた頃と比べると格としては多少落ちてしまう。
しかし、FIA F3だけでなくFIA F2からも一部のドライバー、つまりF1昇格にリーチがかかったドライバー達が多くマカオGPに参戦していた。
しかし今年、マカオGPはフォーミュラカテゴリをフォーミュラ・リージョナルで開催し、FIA F3では開催しないとアナウンスした。
これによりマカオGPはF1から3つ下のカテゴリのレースとなり、お世辞でも「F1の登竜門」とは言えない地位まで自ら落としてしまった。
マカオGPでFIA F3でのレースが出来なかった理由を主催者側が説明した記事によると、理由の一つとしてロジスティクスの関係で物理的にFIA F3を諦めざるおえなかったという仕方の無い理由ではあった。
だが、それによって失った地位は大きいのかも知れない。
昔より「狭くなった」サーキット
次に「マカオGPに出場するドライバーの力量は昔から変わらない」という前提に立った場合、「何故クラッシュ等が増えて『ドライバーの質が落ちた』と思われるようになったのか」、という観点で考えてみる。
その観点で考えた場合の理由となる点の一つとして「ギア・サーキットが昔より狭くなった」事が挙げられる。
サーキットが狭くなればその分オーバーテイクが減り、クラッシュも起きやすくなる傾向になり、純粋に「難しく」なる。
その為、「ドライバーの力量としては昔とは変わらないが、サーキットが狭く難しくなった為にクラッシュが増えた」と考えることができる。
とはいえ、サーキット自体が狭くなる訳ではない。フォーミュラマシンが巨大化したことにより相対的にギア・サーキットが狭くなったのである。
巨大化傾向にあるF1マシン
ネット上でよく「F1は昔に比べて大きくなった」と言われているが、現に現在のF1マシンは昔と比べて大きくなっている。
ネットに転がる比較画像のうちの1つを拝借してきたのだが、以下の様にフェラーリのF1マシンを1980年代と2019年を比べると、時代が進むにつれて全長が伸びていっている。
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見た目で判るほど全長が伸びている
画像の一番上の車両(F186)は全長4,296mm、一番下の車両(SF-90)は公式に全長に関する仕様は開示されてはいないが、およそ5,500mm位と言われている。
33年で全長が約1.2mも伸びており、現在のF1マシンが昔に比べて如何に大きいのかがよく分かる。
こんなに大きくなった要因は色々あるものの、やはり一番の理由は「全長、ホイールベースを長くしたほうが速く走れるから」である。
話が本筋から脱線するので詳しくは語らないが、マシンが長いほど車体底面の面積が広く持ててフロアを大きくできてその分ダウンフォースを大きく稼げるため、皆マシンを長くしている。
F1マシンの巨大化によってこれまでF1で使用していたサーキットが相対的に狭くなってしまった。
特に元々コース幅が狭いモナコではほとんどオーバーテイクできなくなってしまっている状況である。
下位のフォーミュラも巨大化傾向
F1で見られるマシン巨大化のトレンドだが、実はF1だけでなく下位フォーミュラでも起きている。
FIA F2以下のF1の下位カテゴリはF1へのステップアップの為のドライバー育成の役割を担っており、マシンは可能な限りF1マシンに近付けるためにトレンドに追従する事が多い。
下位フォーミュラも巨大化するのは当然の流れである。
マカオGPに出場した新旧マシンの全長を比較してみよう。
マカオGPでF3カテゴリのレースが始まった1986年、優勝したのはあのアイルトン・セナが操るF3マシンの「ラルトRT3」。
この頃のF3マシンの詳細なスペックに関する資料は残念ながらネット上には存在しなかったが、ラルトRT3にはミニカーが存在しておりミニカーのサイズから全長を推測できる。
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今回は此方のサイズから全長を推測
1/43スケールのラルトRT3ミニカーの全長は約95mm、そこから実スケールに直すと4,085mm。誤差も考えるとだいたい4,100mm弱といったところだろうか。
そして現在、2024年のマカオGPのフォーミュラカテゴリで使用されたマシンのひとつである「リジェJS F3」。
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公式で公開されているテクニカルシート上での全長は4895.5mmとなっている。
2台の全長を比較すると、現在のマシンの方が約800mmも長い。F1マシン程ではないが、下位のフォーミュラマシンも巨大化が進んでいる。
マカオGPが行われるギア・サーキットは海側のストレート部分のコース幅は広いものの、山側は非常に狭いコースレイアウトとなっており、最小でたったの7mしかない。
セナが出場していた頃のマシンでさえ狭いと感じるこのサーキットを、更に800mmも長いマシンで走行するのはセナの頃より狭く、難しく感じるに違いない。
昔と比べてオーバーテイクが減ったりクラッシュが増えてしまうのは仕方が無いのではないか、と個人的には思ってしまう。
だが逆に、「ギア・サーキットは現代フォーミュラマシンのトレンドに合わない時代遅れのサーキット」とも言えるのも事実。
そういう意味で捉えるとリスクを嫌うドライバーはあまり参加したがらないのかもしれない。
まとめ
マカオGPは「F1の登竜門」ではなくなってしまったのか?
長々と話してきたが、これまでの話をまとめると、
マカオGPのフォーミュラカテゴリの地位が低下した事で参戦するドライバーの質は落ちている
フォーミュラマシンの巨大化傾向もありギア・サーキットが相対的に狭くなり、サーキットの難易度が昔より上がっているのも事実
以上から、「サーキットの難易度」という点で酌量する余地はあるものの、参戦しているドライバーの質を考えるとマカオGPは「F1の登竜門」とは言い難い、と私は考える。
マカオGPは「F1の登竜門」でなくてもいい
そもそも、マカオGPはF1ドライバー育成のために存在するのではない。
フォーミュラカテゴリとして旧F3を採用したら、たまたま旧F3がF1のステップアップカテゴリとして利用され、結果としてF1に将来上がっていきそうなドライバー達が集まっただけである。
前述したマカオGP主催者側の記事において、フォーミュラ・リージョナルに変更した理屈として主催者側は以下の様に語っている。
「FIA F3選手権は現在ひとつしかない。つまりマカオは(FIA F3車両のレースを実施したとしても)、多かれ少なかれF3選手権の別ラウンドという扱いになるだろう。イベントやレギュレーションが全く同じでないのなら、チャンピオンシップからは外れることになるだろう」
「しかし、F3が開催されることへの関心は以前よりも少し薄れていた」
「フォーミュラ・リージョナルは世界中にいくつも選手権があり、マカオで開催するのは理にかなっている。異なるフォーミュラ・リージョナル選手権から集まったドライバーたちによる、本物の世界選手権になるからね」
主催者として望むことは、「F1の登竜門」としている事よりマカオGPの継続的な存続である。
FIA F3は選手権として現在1つしか開催されておらず、開催するとしても集まるドライバーはFIA F3に出場するドライバー + α 程度。もしFIA F3が無くなったら、マカオGPに集まるドライバーが殆ど居なくなってしまう。
それよりも、世界各国で選手権が行われ、参戦ドライバーも圧倒的に多いフォーミュラ・リージョナルで開催した方が世界中からドライバーが集まるのでドライバー不足にはならないだろう。また主催者が語っている様に、より「世界選手権」らしくなる。
そう考えると、フォーミュラ・リージョナルへ切り替えはマカオGPの継続の為に当然の選択である。「F1の登竜門」を固持した結果、死んでしまっては元も子もない。
確かに出場するドライバーの質は落ちてしまったと思われるが、少数ながらその中に将来F1で活躍するであろうドライバーもいる訳でして。その若き才能をマカオGPを通じて探してみるのも良いかも知れない。