襞路ポートレイト2021
日本工業大学吉村研究室+田中正洋による
ヒルサイドテラスから学ぶこと 襞路ポートレイト 2021
ねらい
日本工業大学の3年春学期で、吉村英孝先生と一緒に担当させてもらった設計演習内のリサーチ。ヒルサイドテラスを隣接地に増棟するという設計課題に先立って行った。
代官山ヒルサイドテラスは僕が建築を学んでいた頃よりずっと前からあったが、今になってもあの場所をぶらぶらするのは楽しいし気持ちがよい。けれど、言葉にして説明するとなるとなかなか難しい。あの実態はひと言ふた言では語れない。でも、学生達にはただぼんやり見て歩くのでなく、何かを掴みってほしい。そこで、リサーチにちょっとした枠組みを用意することにした。
建設年代が何期にもわたり、形や材料に違いがありながらも、ヒルサイドテラスには「まち並み」を感じさせるある種のまとまりがあるように思い、それを「襞路(ひだみち)」と名付けた。そして、学生たちにそれぞれ気になる「襞路」を切り出してもらった。そうすると、彼らは色々な場所を選んでくるし、同じ場所を選んだとしても切り出した輪郭はズレている。つまり、「襞路」は少しずつズレながら重なり隣の「襞路」へと繋がっていくように表すことができる。槇さんは「見えがくれする都市」の中で、西欧の都市は「図と地」で表せるけれど日本の都市には当てはまらない(つまり、別の表記法が必要)と書かれているが、「襞路」、ひいては日本の都市や集落は、3枚目の写真の図のように表せるのではないか、というのが40年前に投げかけられたその問いへの僕らなりの答えである。
はじめに
教材としての襞路
田中正洋
『見えがくれする都市』の中で槇文彦先生は、日本の都市空間の特徴のひとつとして“空間のひだ”について触れ、それは「地形、道、塀、樹木、家の壁等によって何層にもかかわりあい、包まれることによって形成された多重な境界域がつくりだしているもの」と述べた。それを演出的に発生させたのがヒルサイドテラスだが、勝手ながら、そのような空間を“襞路(ひだみち)”と呼ばせてもらうことにした。“襞路”は、露地をはじめとする極めて日本的な都市現象を範とするため、懐かしさも漂い、学生達の琴線にも触れやすい。絵に描いた空間と実際に立ち上がる空間との間にまだ大きな隔たりのある彼等にとって、“襞路”の観察はそれらを近づける良い訓練となる。“襞路”を、彼等が故郷でも経験してきたであろう昔ながらの都市、集落の空間、例えば、大通りの裏に突如現れる露地、高木にひっそり囲まれた神社の境内、地形に沿って狭く続く石階段等と照らし合わせることで、デザインと実空間を繋ぐ空間認識の回路が強化されるのだ。しかし、“襞路”は繋がり重なり境なく連続しており、そのまま観察するのは難しい。そのため、範囲を区切って取り出す必要があるのだが、それ次第で“襞路”の見え方は違ってくる。つまり、範囲の決定から目の付け所が試される。初竣工から50年以上経った今でも、ヒルサイドテラスは最高の建築教材である。
おわりに
自由なまち並みと襞路ポートレイト
吉村英孝
私たちは普段、建物の物理的な現れの共通性を、「まち並み」と呼んでいる。例えば、隣り合う建物での同じ材料の繰り返し、同じ屋根のカタチの繰り返し、同じ壁面の位置や高さの繰り返しといった具合である。したがって、それぞれの建物のつくりが自由で個別性が高くなればなるほど共通性は低くなり、「まち並み」も雲散霧消するものと考えられている。つまり個別性と共通性を一つの軸上で競合させて理解しているのである。しかし、代官山ヒルサイドテラスを訪れると、異なる建設年代の、自由なカタチや材料づかいの建物が集まっていながら、ある種の共通性がつくるまとまり、つまり「まち並み」が感じられることに気づいた。我々は、これを「襞路」と呼ぶこととし、仲間たちとともに歩いた調査報告がここに収められている。各々は気になった襞路の範囲を特定することから始め、その空間のつくりを模型写真と図を用いて解説している。同じ箇所に着目していても、各人の視点によって場の範囲は揺らぎ、各襞路の輪郭は重合しつつ、少しずつズレて隣の襞路と繋がれていく。編集作業のなかで、槇文彦先生の示された「襞」の空間としての質に出会ったのだ。つまり、この本の各ページの内容と、それが集められ少しずつズレながら順を追って重ねられる状態は、「襞路」の空間特性自体の表れ(=肖像)でもある。したがってこの本は、単なる調査報告をこえて、「襞路ポートレイト」と呼ばれるに至った。
企画概要
名称:LEARNING FROM HILLSIDE TERRACE
ヒルサイドテラスから学ぶこと
A Portrait of Folding Public Space
襞路ポートレイト
内容:日本工業大学 建築学部
建築学科 建築コース 3年前期
設計演習内のワークショップ
時期:2021年4月~7月
冊子制作:
企画作案・ディレクション
吉村英孝(※1)、田中正洋(※2)
編集・模型撮影
磯響貴(※3)、坪倉尚矢(※3)
模型制作・プレゼンテーション
日本工業大学 建築学部
建築学科 建築コース 3年前期 の受講生一同
出版・問い合わせ窓口
日本工業大学 吉村英孝研究室 ylab@nit-kenchiku.jp
(※1)日本工業大学 准教授
(※2)非常勤講師
(※3)日本工業大学 吉村英孝研究室 修士1年(当時)