行為資源と空間の組み立て1(行為の資源Ⅵ)
これまでは、『行為資源』について、公園、自作の住宅、アフォーダンスを取り上げながら考察してきましたが、ここからは2回にわたり、建築における空間の組み立てから見ていきたいと思います。
1) 空間の組み立てと規則性
建築は部屋が幾つか、あるいは幾つも並んでできあがっています。そして、どういう部屋がどういう関係で並んでいるかには、何かしらの規則性が潜んでいます。それを設計した人が明確な意図をもって規則性を与えることもありますし、無意識のうちに生まれていることもあります。ですので、傍からみて分かりやすい規則性もあれば、分かりにくい規則性もあります。分かりやすい例としては、学校の校舎を思い浮かべるとよいと思います。同じ大きさの教室が幾つも、廊下に面して整然と並んでいるという規則性が容易にイメージできると思います。一方、部屋が場当たり的にばらばらに並ぶ建築も、ばらばらな並び方という規則性を持っていますし、各部屋の並び方にもそれぞれ個別の規則性があるかもしれません。
これは部屋の話だけではありません。建築は柱や梁などの構造材から、窓や仕上げ材まで、大小異なる要素が無数にあって成り立っています。そのため、建築を設計したり建てたりするには、それらをどう関係づけてまとめ上げるか、つまり、“空間の組み立て”を構想する必要があります。設計や工事の作業手間やコストの効率性を求めれば、それらを巧みにまとめて反復させる必要もあります。反復は、それ自体が規則ですし、その崩し方にも規則性が生まれます。そして、それらは、建築の表れ方やそこでの体験を決定づけるため、建築の表現の問題でもあります。では、そういった規則性は、『行為資源』や使われ方とどのような関係があるのでしょうか?
2) 間取りと『行為資源』
住宅の間取りは、“3LDK”や“2DK”のように表されることがあります。“3LDK”とは、リビング(L)、ダイニング(D)、キッチン(K)、機能が特化していない3部屋の計6部屋からなり、各部屋がそれぞれの部屋名にふさわしい機能を満たしていることを意味します。慣用的には、部屋名にふさわしいとされる位置関係で並んでいることも意味します。つまり、あらかじめ必要とされた機能に対して、それを満たすのに過不足ない部屋が1部屋ずつ充てがわれているわけです。そのため、各部屋と機能は交換することのできない“1対1”の関係をしています。これは、必要な機能が異なる→必要な空間条件が異なる→部屋の性格が異なる、の順番で間取りが決められていることを表します。
では逆に、あらかじめ機能が設定されず、性格の異なる部屋が6つあるだけ、という住宅の場合はどうでしょうか?上の表記に従えば、LもDもKも付かない,“6”という間取りです。先程の矢印を逆に追うと、部屋の性格が異なる→部屋の使い方が異なる→当てはまる機能が異なる、となります。この6つの部屋は、リビング(L)、ダイニング(D)、キッチン(K)がそのままの形では当てはまらないかもしれませんが、機能を行為に分解し、暮らしに必要な行為を満たすことができれば十分に住宅となります。部屋の性格に違いさえあれば、それを手掛かりに各行為を使い手が自由に割り振れればよいわけです。この場合、部屋と機能は“1対1”の関係でははく“1対多”の関係になっています。前者の関係が“道具”、後者の関係が『行為資源』ということです。暮らしに必要な行為はだいたい決まっていて有限です。それらを目の前の住宅に当てはめるには、限られた中で空間同士、場所同士の“違い”を探すことになります。例えば、この部屋は他に比べて明るいからリビングに使おう、この場所は他に比べて静かだからベッドを置こう、などとなります。『行為資源』のデザインでは、そのような使い方探しに富んだ状態へと空間を誘導します。また、ここまでは部屋同士の違いを中心に説明をしてきましたが、部屋の中の場所レベルでも同じことが言え、これは空間全般に通じる話です。部屋の中でも、部屋の真ん中辺り、壁際や窓際、出入口付近など、場所レベルでいろいろな違いがあります。
3) 同じこと/違うこと
数あるものを比較して、その中の共通点と相違点に気がつけば、そこに意味があることは専門家でなくても分かります。以前、住宅の木造新築現場の上棟検査で施主が構造金物の不備に気がつきました。上棟検査では、柱や梁を繋ぎ留める構造金物が設計図通りに取り付いているかを確認します。もちろん、施主は建築の素人なので上棟検査は初めてです。しかし、詳しいことは分からないながらも、ひとつひとつ見比べて回り、金物の共通点と相違点のルールに気がつき、ある金物の不備を見つけました。ある点では同じなのに、ある点では違うならば、そこには相応の理由があるはずです。建築でも同様に、“同じこと/違うこと”の組み合わせには意味や表現が生まれます。
下図は著者の大学院時代の修士論文です。建築内の部屋(論文中では室と呼んでいます)の違いをどうまとめ、それらをどう関係づけているかという点に着目した、空間の組み立ての規則性について考察した論文です。はじめに、部屋の性格として、幅、奥行き、高さ、形、面積、開口の方向などの幾何学的特徴を取り上げ(論文中表4)、共通している性格もあれば相違している性格もある複数の部屋がつくるまとまりについて、その性格や並び方(同表2、3)が似たものを分類しています(同表6)。さらに、それらのまとまりがどう組み合わさって建築全体ができあがっているかを分類し(同表7)、その結果を解説しています。簡単に説明するとこのようになりますが、論文自体は独特の単語や言い回しで書かれており、慣れていないと読み進めるのは難しいと思いますので、興味のある方だけ粘り強く読んでみて下さい。
論文中では“同じ性格”をコンスタント、“違う性格”をパラメータと呼び、それらの組み合わせ方を “空間構成のパラメータによる表現”と呼んでいます。分析作品をその観点から似たもの同士でグルーピングすると幾つかの型が見られるということは、そういったことを意識して建築表現をおこなっている建築家が一定数存在していることを意味します。ひとつの建築に幾つもの部屋があれば、部屋同士には“同じ性格”もあれば“違う性格”もあります。それらをどう扱うかはどんな建築でも問題になります。ここで分析している建築作品は、同じ性格を明確に設定することで違う性格を際立たせています。それらは、部屋同士の位置関係(同表5)によって、違いを比べられるものとして扱っており、論文中ではこれを“比較可能な差異”と呼んでいます。しかし、比べられない、あるいは、比べにくい違いでつくられる建築も幾らでもあります。とはいえ、そのような建築も、違いのつくられ方の規則性が異なるだけで違いはいろいろにつくられています。それについてはまた別の機会で考察してみたいと思います。
この論文では、各部屋を具体的な使われ方とは切り離して分析していますが、実際のところ、これらの違いのつくられ方は使われ方に直結する問題でもあります。次回はそれについて続けて見ていきたいと思います。
図版
平成12年度 建築学専攻 修士論文梗概集 第29号 2001年2月、東京工業大学大学院理工学建築科建築学専攻 、61~64ページ、「現代の建築作品における空間構成のパラメータによる表現」塚本研究室 田中正洋