ニューヨーク市におけるロードプライシング(Congestion Pricing)の導入について


0.はじめに

2019年4月12日、ニューヨーク州において2019/2020年度州予算関連法としてMTA改革及び交通モビリティ法(MTA Reform and Traffic Mobility Act)が成立し、マンハッタンエリアの渋滞緩和を目的とした混雑課金(Congestion Pricing, ロードプライシング)制度である「中央業務地区通行料(Central Business District Tolling、以下「CBDT」)」の導入が決定した。

CBDTは、マンハッタンの60丁目以南を通行する原則として全車両に対して通行料(乗用車:15ドル、トラック:24ドルから36ドル 等)の課金を行い、公共交通インフラ投資の財源へ充当するものである。

本稿執筆時点(2024年3月末)においては、通行料金に関する公聴会及びパブリックコメントの実施を終え、料金が決定されたところであり、2024年6月から実施される予定となっている。

本稿では、CBDTの制定の経緯、具体的内容及び今後の見通しを述べる。

1.ニューヨーク市における交通事情

(1)交通渋滞

まず、CBDT導入の背景としてニューヨーク市における深刻な交通渋滞がある。

ニューヨーク市の人口は約840万人であり、5つの行政区(borough)で構成されるが、そのうちマンハッタンは、世界を代表する金融街の一つであるウォール街があるなど中心市街地として機能しており、日中には最大で70万台(年間2億5,500万台以上)が中央業務地区(Central Business District、以下「CBD」)に流入すると言われている。

その結果、CBD内での移動速度は、時速約11マイル(約18キロ)となっており、世界でロンドン、シカゴに次いで3番目、全米で2番目に渋滞がひどい都市とされている。

このような渋滞は、住民、通勤者、タクシーやレンタカーの交通、バス交通、救急サービスに悪影響を及ぼしており、具体的には、通勤者等に年間平均117時間の遅れが生じることとなり、生産性の低下やその他のコストとして通勤者等1人あたり年間 1,976 ドルの損失をもたらしている。加えて、市街地の大気汚染を招いていると指摘されている。

マンハッタンCBDとその周辺
U.S. Department of Transportation Federal Highway Administration, “CENTRAL BUSINESS DISTRICT (CBD) TOLLING PROGRAM Final Environmental Assessment”(以下EA) p1-3

(2)公共交通への投資

一方で、年間17億人を輸送する地下鉄や年間6.8億人を輸送するバス、米国で最も混雑する通勤鉄道であるロングアイランド鉄道とメトロノース鉄道など、ニューヨーク市内外の人々の交通アクセスの中核となっているMTA(ニューヨーク都市圏交通公社)の運営する交通システムへの投資が必要な状況にある。

通勤のための鉄道、地下鉄のシステムは運営開始後100年以上が経過し、線路、信号、転轍機、電力、その他の交通インフラの故障が続いており、通勤者、観光客、居住者の健康、安全、生活に重大な悪影響を与え続けている。そのため、2020年~2024年の5年間で548億ドル以上の投資が必要とされている。

具体的には、2020〜2024年の5年間で以下の内容を実施しようとしており、その新たな財源としてCBDTより150億ドルを充てることが必要とされている。

2.CBDTの目的と政策パッケージ

(1)目的及び目標

CBDTは、CBDの混雑を緩和するとともに、MTAの投資に必要な財源を確保することを目的としている。

CBDTを法律上規定しているMTA改革及び交通モビリティ法においては、「ニューヨーク市内で安全かつ効率的な大量輸送システムを確保し、ニューヨーク市民の公衆衛生と安全を守るため、州内で最も混雑している地域に出入りする車両に通行料を設定するプログラムが必要であり、州の重大な関心事である」と述べており、ニューヨーク州の2020年度予算の説明においては、「ニューヨーク市内で最も混雑している地域を移動する車両に料金を課し、その資金を、十分なサービスを受けていない地域の交通機関の改善や、地下鉄やバスシステムを最新水準にアップグレードするために再投資する」と説明されている。

CBDTの実施に向けて、連邦政府が実施した環境評価において、この目的に基づき以下の具体的目標が設定されている。

  1. CBD内の1日当たり車両通行距離(daily vehcle-miles traveld(VMT))を少なくとも5%削減すること

  2. CBD内に1日に進入する車両数を少なくとも10%削減すること

  3. MTA資本計画に150億ドルの資金を提供するための財源を確保し、十分な年間純収入を生み出すこと(150億ドルの資金提供に必要な年間純収入額は利率・期間にもよるが、環境評価においては少なくとも年間10億ドルが必要という前提をおいている。)

  4. MTA改革および交通モビリティ法の立法目的に合致した料金プログラムを確立すること

(注)CBDに出入りする道路には、連邦高速道路システムの一部を構成する道路や連邦政府の資金援助により改善された道路が含まれており、これらの道路を有料化するためには連邦高速道路局(Federal Highway Administration、FHWA)の承認が必要となる。連邦機関が意思決定を行う前に、国家環境政策法(National Environmental Policy Act、NEPA)は、連邦機関がその行動の環境影響を理解し、開示することを義務づけている。

(2)CBDT以外の実現手法の検討(スクリーニング)

環境評価においては、特定の領域(Zone)に基づく通行料であるCBDTのほか、既存の通行料の値上げ、高乗車(複数人の乗車)車両専用レーン、特定のナンバープレート車両の特定日の通行規制、乗り合いの義務化(単独乗客での進入規制)など様々な選択肢について、上記の目標①~③を達成できるかについて分析を行い、CBDT以外の選択肢では全ての目的を達成することはできないと結論付けている。


(3)CBDTによる目的達成の分析

環境評価におけるCBDTによって目的が達成できるかの分析にあたっては、BPM(Best Practice Model)と呼ばれるニューヨーク都市圏交通評議会(New York Metropolitan Transportation Council、NYMTC)が開発・維持する交通需要予測モデルが用いられている。このモデルは、人口統計データ、将来の雇用および人口の予測、地域の道路や公共交通網、および土地利用データに基づいており、平均的な平日に各居住者が行う移動の数とタイプを予測する。

各居住者の所得・目的(通勤かそれ以外か)・単独か乗り合いか等の属性に応じて、一定の時間価値(Value of Time)を仮定し、6パターンの料金設定についてBPMにより分析をしたところ、いずれについても4つの目的に合致する効果が得られるとされた。

傾向としては、上限・適用除外やクレジット付与などを行うと歳入確保のために通行料が高くなり、その結果としてCBD進入車両は減少する。一方で、特に代替手段のないトラックについては、迂回のための局所的な通行量が増加することとなる。

(4)負の影響への対応:CBDTとともに行われる各種政策パッケージ

CBDTの影響について様々な観点から検証が行われ、以下の4つの事項については負の影響が想定されることから、負の影響の緩和のための対策が取られることが環境影響評価に明記されている。

  • 高速道路及び交差点(Transportation: Highways and Intersections)

  • 乗り換え(Transportation: Transit)

  • 歩行者及び自転車(Transportation: Pedestrians and Bicycles)

  • 環境正義(Environmental Justice)

3.具体的制度設計

(1)制度の体系

MTA改革及び交通モビリティ法は、2020年度予算に関する歳入法案(S1509-C/A2009-C)のパートZZZに規定されており、以下の州法改正を行っている。

  • ニューヨーク州自動車交通法

    • Title8「州および地方当局の権限」

      • Article 38 「公的機関および委員会による交通規制」

        • Section 1630(4)「特定の公的機関および委員会の管轄下にある高速道路における交通規制」

      • Article 44-c「中心業務地区通行料金プログラム」

        • Section 1701「立法趣旨」

        • Section 1702「略称」

        • Section 1703「定義」

        • Section 1704「中央業務地区通行料の創設」

        • Section 1704(a)「中央業務地区通行料」

        • Section 1705「収益及び罰金の処分」

        • Section 1706「報告」

  • ニューヨーク州公権力法

    • Article 3 「橋梁とトンネルに関する当局」

      • Title 3「橋梁・トンネル局」

        • Section 553 (9-s および 12-a) 「当局の権限」

        • Section 553-j「中心業務地区料金プログラムに関する追加権限および規定」

        • Section 553-k 「交通移動審査委員会」

        • Section 566-a 「州による租税契約」

  • ニューヨーク州公務員法

    • Article 6「情報公開法」

      • Section 87(2)(p)「機関の記録へのアクセス」

  • ニューヨーク州税法

    • Article 22「個人所得税」

      • 第 1 部「一般」

        • Section 606「税額控除」

(2)課金主体

CBDTは、CBDに進入または滞在する車両に対して請求される料金として規定されている。

一般的に、米国において州あるいは公益法人等が道路の通行料を課すためには立法措置が必要となる。ニューヨーク州法においては、ニューヨークスルーウェイ公社(New York State Thruway Authority)がスルーウェイと呼ばれる高速道路に対して通行料を取ることや橋梁・トンネル局(Triborough Bridge and Tunnel Authority。以下「TBTA」)がヒュー・L・キャリー・トンネルやブロンクス・ホワイトストーン橋などの橋やトンネルに対して通行料を取ることが権限として規定されている。

今回、ニューヨーク州は新たにTBTAに対して、CBDへ流入・滞在する車両に対する料金の設定・徴収を可能とする規定を定めた

TBTAは7つの有料橋と2つのトンネルを運営する公益法人であり、MTAの系列会社(affiliate)として位置づけられている。

(3)課金の使途

CBDTのうち運用コストを差し引いた金額は、中央業務地区通行料収益管理基金(Central Business District Tolling Capital Lockbox Fund。以下「基金」)に繰り入れられ、駅の改良、バス等への投資などのMTAのインフラ改善のための約548億ドルの投資を内容とする2020年から2024年までのMTA投資プロジェクトとその後続プロジェクトに対して150億ドルの範囲で充当することとされている。

その際、80パーセントはニューヨーク市交通局とその子会社の資本プロジェクトについて、地下鉄システム、バスシステム、そして公共交通が限られている郊外地域への投資を優先して充当することとされている。

それ以外の10パーセントはマンハッタンとニューヨーク州北部をつなぐメトロノース鉄道の資本プロジェクトに充当し、10パーセントはマンハッタンとニューヨーク市東部に位置するロングアイランドをつなぐロングアイランド鉄道の資本プロジェクトに充当することとされている。

(4)課金の対象及び料金

課金の対象は、CBDに対して進入する車両(Motor Vehicle。自動二輪車(Motorcycle)を含む。)とされており、乗用車及び自動二輪車については1日1回を超えて課金することはない

このCBDは60ストリート以南のマンハッタン区を指し、高速道路FDRドライブ(Franklin D. Roosevelt East River Drive)及びニューヨーク州道9A(New York State Route 9A。別名「ウェストサイドハイウェイ」とも呼ばれる。)を除外している。

課金の例外として、以下については課金がなされない。

  • 認定された緊急車両(救急車両、警察車両、消防車両等)

  • 障害のある個人およびそのような個人を輸送する組織が申請し、認定された障がい者輸送のための車両

  • その機関の目的のための公共事業を行うために設計され、一般的な人の輸送や一般的な配達には使用されない(つまり単なる公用車ではない)政府車両(※TBTAとニューヨーク市で合意したもの)

  • ニューヨーク市教育局と契約しているスクールバス、ニューヨーク市タクシー・リムジン委員会から認可を受けている通勤用バン、一般に公開されている定期通勤サービスを提供するバス

TBTAが課金する料金体系については、公聴会を経た後でTBTAの理事会の過半数で決定することとされている。

TBTA内には、交通移動審査委員会(Traffic Mobility Review Board。以下「TBRB」)が設置され、CBDTの料金設定について、TBTA理事会での決定の前に、勧告を行うこととされている。TBRBは地域代表による1名の委員長及び5名の委員から構成され、1名はニューヨーク市長による推薦される必要があり、1名はメトロノース鉄道沿線の居住者、1名はロングアイランド鉄道沿線の居住者である必要がある。

具体的な料金はTBRBの勧告を踏まえ、パブリックコメント(2023年12月27日~2024年3月11日)に付されたのち、TBTA理事会で決定された。主な内容は以下の通りとなる。


<留意点>

  • ピーク時 : 平日午前5時~午後9時、週末午前5時~午後9時

  • 旅客乗用車の料金は、1移動ごとに域内の移動・域外と域内を跨る移動のいずれについても課金され、乗客が支払う。

  • グリッドロック警報日(ニューヨーク市交通局が定める国連総会期間中及びホリデーシーズン中におけるマンハッタンで大渋滞が予想される日)において、25%高い料金を請求する権利を当局は留保する。

  • 低所得割引プログラム(低所得者の暦月11回以上のピーク時の利用に関する割引を指す。)を5年間継続する。

  • ニューヨーク州の税額控除として、州の調整後総所得が60,000ドル未満のCBD居住者に対して、課税年度中に納税者が支払ったCBDTの総額と同額が控除される。


(5)執行方法

通行料の徴収にあたっては、CBDに出入りする道路等に徴収のための装置を設置する。具体的には、約120箇所の感知地点において、全車線の車両情報を捉えられるようカメラと「E-ZPassリーダー」を設置する。

典型的な課金システムの設備
EA p2-27

 E-ZPassはニューヨーク州を含む19州で導入されている電子料金徴収システムである。 利用者はあらかじめ自らのアカウントを作成し、銀行口座又はクレジットカードと当該アカウントを紐づけ、「E-ZPass Tag」と呼ばれる装置を車のフロントガラスに貼り付ける。
 有料区間を通過する際、E-ZPass TagがアンテナであるE-ZPassリーダーにより読み取られ、アカウントに料金が請求され、紐づけられた銀行口座又はクレジットカードからの自動チャージから引き落とされる。車両に E-ZPass タグが搭載されていない場合、カメラがナンバー プレートの写真を撮影し、料金請求書は、関連する陸運局(Department of Motor Vehicle: DMV)から提供された住所を使用して、車両の登録所有者に送信される。

E-ZPassによる車両情報読み取り
E-ZPassウェブサイト

なお、DMVの保有する車両保有者の氏名や住所は原則として外部への提供は認められていないが、政府機関の正当な業務のための提供は認められている

(5)運用開始日

MTA改革及び交通モビリティ法において、CBDTの運用開始日は2020年12月31日以降であってTBTAが定める日とされている。運用開始に先立ち、通行料等の徴収を伴わない30日間の試行期間を設ける必要がある。運用開始後60日間は、他の料金や手数料、罰金を徴収することなく、設定された通行料金のみを徴収できることとしている。

2024年3月末時点において、TBTAは2024年6月からの運用開始を公表しているが、具体的な運用開始日は言及されていない

4.議論の経緯

(1)2007年:ブルームバーグ市長時代

CBDを含むマンハッタン区の混雑を緩和するため、ニューヨーク州・市当局及び関係団体等は45年以上議論を行っており、その中で混雑課金(Congestion Pricing)が選択肢として検討されてきた。

今回のCBDT導入の直近の事例として、2007年のブルームバーグ・ニューヨーク市長による混雑課金提唱がある。

2003年2月にロンドンで成功裏に実施された混雑課金に触発され、ニューヨーク市の市民団体やビジネス・環境グループにおいて、交通渋滞を減らし、バスサービスを拡大し、歩行とサイクリングを増やし、大量輸送のための資金を生み出す方法として混雑課金が注目されるようになった。都市内での自動車利用の役割や交通渋滞の経済的及び健康上のコストを検討した一連の報告書においては、地域の混雑コストが130億ドルであること、マンハッタンへの運転はほとんどの自動車利用者にとって「必要」ではないこと、有権者には交通渋滞の影響に対処することに対する強い願望があること等が主張された。

同時期に、都市の継続的な人口と雇用の成長の重要性、そして市政府が新しい学校やごみ移動施設などさまざまな施設に適した場所を見つけることの難しさなどを背景として、ニューヨーク市は都市の長期土地利用計画を策定することを決定した。長期計画及び持続可能性局(Mayor’s Office of Long-Term Planning and Sustainability)によって策定されたこの計画は、水、空気、エネルギー、交通を含むものに拡大された。2006年に気候変動に対する国家的な焦点が高まる中、この計画は「より緑豊かで、より偉大なニューヨーク」を創造する持続可能性計画として位置づけられた。

2007年4月、ブルームバーグ市長は包括的な持続可能性に関する計画としてPlaNYCを発表した。この計画において、マンハッタンの86丁目以南でピーク時間(午前6時から午後6時)中の車両進入に対して8ドルの車両料金と21ドルのトラック料金を課す混雑課金計画が提案された。ブルームバーグ市長の提案を踏まえ、ニューヨーク州議会においてニューヨーク市内の交通渋滞及びその他の関連する健康と安全の問題を緩和する計画の検討と調査を行うための「交通渋滞緩和委員会」が設けられた。

交通渋滞緩和委員会が勧告した制度案においては、マンハッタン中心部での自動車走行距離は6.8%減少し、ドライバーの費やす時間は課金するエリアで30%、隣接エリアで20%減少すると見込まれた。純収入は年間4億9,100万ドルと見込まれ、その全額がMTAにおいて路線バスと地下鉄の増便等にあてられることとされた。

2008年3月下旬の世論調査によると、ニューヨーク市民は67%対27%の大差でこの計画を支持したが、その資金が大量輸送の改善に使われることが条件だった。しかし、世論調査の回答者の過半数は、渋滞緩和のための資金が大量輸送機関に使われることを疑問視しており、資金使途の規定がなければ、ニューヨーク市民の40%のみが渋滞価格設定を支持した。

この計画に最も反対していたのはマンハッタン区以外の自動車依存度の高い4つの区である。特に、ニュージャージー州からの進入については、ニュージャージー州からの有料橋の通行料と相殺される制度のため混雑課金をほとんど払わないのに対して、無料橋を利用する4つの区からの通勤者は8ドル全額を支払うことになるなど、料金の不公平さが指摘された。

交通渋滞緩和委員会が勧告した制度案をニューヨーク市議会は採択したが、ニューヨーク州議会においてマンハッタン外の4区の民主党議員を中心とした議会民主党は採決を阻止した。その結果、連邦政府からの資金援助の期限を超過し、同制度案は廃案となり、実現には至らなかった。

(2)2017年~2019年:MTA改革及び交通モビリティ法

(2)ー1:フィックス・ニューヨーク諮問委員会

MTAの慢性的な赤字や設備の老朽化が進む中、2017年には、ニューヨーク市の地下鉄の遅延件数は過去5年間で3倍に増加し、月間7万件に達した。6月27日には、ニューヨーク市ハーレム地区の地下鉄が脱線し、30名以上が負傷した。翌日、クオモ・ニューヨーク州知事はニューヨーク市の地下鉄に非常事態を宣言し、MTAへの10億ドルの支出を約束するとともに、MTAに再編計画を命じた。 

2017年10月、クオモ知事は、CBDにおける交通渋滞への対応と公共交通システムの欠陥に対処するための財源について提言を求めるため、ニューヨーク市内のコミュニティの指導者や政府職員、ビジネスリーダーからなる「フィックス・ニューヨーク諮問委員会(Fix NYC Advisory Panel)」を設立した。

2018年1月の最終報告書で、委員会は以下を主な内容とする短期的な対応策を推奨した。

  • CBD内の交通法規の強化

  • 政府発行の駐車許可証の配布問題への対処(これらはしばしば違法に使用され、渋滞に貢献している)

  • マンハッタンの渋滞における通勤・都市間・チャーター・ツアーバスの影響の調査

  • タクシー規制の改革

  • マンハッタンの96丁目以南でのタクシーとFHV(配車サービス車両)に対する追加料金の導入(2019年2月に実施)

更に、長期戦略として、CBDに課金プログラムを導入することも推奨されており、ブルックリン橋から60丁目までのFDRドライブを課金対象外とし、既に料金を払っている施設(リンカーン、ホランド、ヒュー・L・キャリー、クイーンズ-ミッドタウントンネル)を利用して料金ゾーンに入るドライバーにクレジットを提供することにも言及されている。

(2)ー2:首都圏交通持続可能性諮問ワークグループ

2018年9月、委員会の提案を踏まえ、ニューヨーク州議会は、地域交通のニーズに対応するためにニューヨーク州及び地方自治体が取りうる行動を検討するため、政府関係者や交通の専門家、ビジネスや通勤に関する利害関係者で構成される首都圏交通持続可能性諮問ワークグループ(Metropolitan Transportation Sustainability Advisory Workgroup)を創設した。16週間の議論ののち、2018年12月の報告書においては、渋滞緩和とMTA近代化への財源確保のために混雑課金を行うことのほか、MTAのコスト改革、抜本的な運営とガバナンスの再編など23の勧告が提言された。

ただし、報告書においては、全ての項目で全会一致となってはいないと言及されており、「混雑課金による収益だけではMTA改革には十分ではなく、複数の新たな収益源が求められている点については、認識は共有されたが、他の新たな資金調達オプションについては合意に達することができなかった」と報じられている。

(2)ー3:MTAの改革と資金調達のための10の計画

公共交通の危機が顕在化した2017年夏の段階では、デブラシオ・ニューヨーク市長は混雑課金には懐疑的であり、超富裕層の豪邸に対する課税を行うことで交通システムへの費用に充てるべきと主張している。

2019年1月にクオモ知事は混雑課金でも不足する分をニューヨーク州とニューヨーク市とで折半を提案したが、デブラシオ市長が拒否している。その後、州議会が予算の一環として混雑課金を検討する期限が4月1日に迫る中、2019年2月26日のクオモ知事とデブラシオ市長による「MTAの改革と資金調達のための10の計画」の合意をした。合意においては、混雑課金に対してデブラシオ市長が支持を表明し、過去のプランにおいて生じた懸念への対応として、ラッシュアワー以外の料金を引き下げることと、イーストリバーの橋に料金を課すのではなく、マンハッタンの中央ビジネス地区に入る料金を設定することなどを評価している。

(2)ー4:MTA改革及び交通モビリティ法

上記の首都圏交通持続可能性諮問ワークグループの勧告及びニューヨーク州・市の合意を踏まえ、混雑課金の創設等を内容とするMTA改革及び交通モビリティ法案が2019/2020年度予算関連法案の一部として2019年3月31日に州議会上院・下院にて議決され、2019年4月12日に州知事の署名により成立した。約10年ぶりに上院で民主党が多数派となり、上院・下院での分断が解消された中で、数週間の党内論争を経て成立した当該予算においては、

  • ドライバーにいくら請求するのか、誰が免除を受けるのかなど、難しい決定の多くはTBTAと新たに設けるTMRBに委ねられること

  • 収益の 80 パーセントは地下鉄とバスのネットワークに、10 パーセントはそれぞれロングアイランド鉄道とメトロノース鉄道に充当されること

  • 迅速なプロジェクトの推進や監視強化などMTAの全面的な見直しを行うこと

などが盛り込まれている。

(3)連邦政府による環境評価

法案成立後、CBDT実施に向けて、連邦政府による環境評価が必要になるが、MTA担当者と連邦政府との度重なる協議にも関わらず、環境評価プロセスは早急には開始されなかった。トランプ政権とニューヨーク州との関係が影響していたとの指摘や、逆に、2022年の次期選挙を見据えクオモ知事側が連邦政府を隠れ蓑にCBDT導入を遅らせていたのではないかという指摘もある。

2021年3月30日、バイデン政権下の連邦高速道路局は環境評価プロセスの開始を承認したことで、CBDTの導入は次のステップに進むこととなった。

16か月間の環境評価においては、28の郡の住民、企業、行政から広く意見を求めるためのアウトリーチ活動を実施し、19回の(オンライン)公聴会・ウェビナー等が実施された。

環境評価の草案は2022年8月10日に公開され、44日間(30日間に加え、14日間の延長)のパブリックコメント期間において、22,000件の意見が収集された。パブリックコメントにおける意見等にこたえる形で、CBDTの負の影響に対する対応策の拡充等を追記し、2023年6月27日に連邦道路局はCBDTの環境審査を完了した。

なお、この間に、ニューヨーク州知事がキャシー・ホークル氏に、ニューヨーク市長がエリック・アダムス氏に交代している。環境審査完了時において、ホークル知事はCBDTに対して支持の立場を表明しており、アダムス市長はCBDTへの支持はあるもののCBDTを「正しく行う」ことの重要性を強調しており、料金設定における議論に含みを持たせている。

(4)料金設定の議論

CBDTの料金設定について(MTA改革及び交通モビリティ法の規定及び連邦による環境評価で承認された範囲内で)勧告するTMRBは2023年7月から2023年10月まで公開の会議を計3回行った。

これらの会議においては、以下の7つの項目について議論が進められた。

  1. 時間帯による割引

  2. CBDへの入り口でトンネル料金を既に支払っている人への割引

  3. バスの料金設定

  4. トラックの料金設定

  5. ⑤政府車両の料金設定

  6. ⑥タクシー及び有料乗用車サービス(FHV)向けの計画

  7. その他の割引/免除措置

3回の会議ののち、TMRBは2023年11月30日に勧告を報告書にまとめた。

報告書においては、

  • 料金はできるだけ低く保つこと

  • 不必要な交通の迂回を避けること

  • 低所得者に対して、料金を手頃に保つこと

  • 割引や免除の数を制限すること

  • システムをシンプルに保つこと

が料金設定の考え方として示された。

この考え方を踏まえ、乗用車に対する利用料金はCBDTの目標である交通量削減(今回の料金案により△17%)や歳入確保を達成できる範囲内で最も低い15ドルと設定した上で、120件を超える要望が寄せられていた免除はほとんど認めないこととしている。
典型的な認めないこととした免除とその理由は以下の通り。

また、シンプルなシステムという観点からは、MTA改革及び交通モビリティ法の規定上CBDに「進入又は滞在」することに課金を認めているところ、「進入」時のみに課すこととしている。同様に、同法において乗用車に対しては1日1回の課金上限があるところ、乗用車以外の(トラック以外の)商用車に対しても1日1回の課金上限としている。

トラックについては、環境負荷の観点からは重課すべきである一方で、重課しすぎると配送の効率化など以上に他の地域に迂回して環境負荷を拡散させてしまうことに配慮した料金としている。

タクシーやFHV(For-Hire Vehicle、UberやLyftを指す。)については、タクシー等が乗客無しでCBD内に入るため1日1回の通行料が経済負担となる可能性がある一方で、CBD内域内移動に対する課金をしなければタクシー等はCBD内に留まることが助長されることなどを考慮し、運転手ではなく乗客が域内移動も含めた課金を負担する整理とされた。それぞれの料金(タクシー:1.25ドル、FHV:2.5ドル)は、1日あたり通行料15ドルをそれぞれの平均運行回数(タクシー:12回、FHV:6回)で割ったものとなる。

トンネルや橋で既に通行料を払った車両に対してのクレジットの提供(負担軽減)は、全般的な通行料の上昇を招くとともに、混雑を起こす主体と混雑課金を負担する主体がずれることにつながることから、緩やかな(既に払った通行料を相殺する程度ではない)クレジットを提供することとした。

ニューヨーク州当局やMTAが勧告を歓迎する一方で、TMRBの委員としてアダムス市長が任命したアメリカ運輸労組国際委員長(International President Transport Workers Union of America)のジョン・サミュエルソン(John Samuelsen)氏は、現時点でニューヨーク郊外におけるバス等の公共交通が現時点で不十分であり、郊外からの通勤者が公共交通に切り替えるインセンティブにかけるとし、勧告の内容を不服として委員を辞任している。

アダムス市長も勧告に対して懸念を表明し、この勧告は「誰が免除されるのかを地域社会が熟議し決定するための話し合いの始まり」と述べ、タクシーやスクールバスに対する免除を行うよう求めた。

TBTAは、TMRBの勧告内容を正式な料金プランとして、2023 年 12 月 27 日から 2024 年 3 月 11 日までパブリックコメントを実施するとともに、2024年2月から3月にかけて4回のハイブリッド公聴会を実施した。

パブリックコメント期限後、免除対象について障がい者輸送の認定要件の具体化されるとともに、スクールバス・一般の定期通勤サービス、政府車両が対象に含まれることが明確化された。

3月27日、TBTA理事会(MTA理事会)は料金を決定した。

5.法廷闘争

2023年6月の連邦政府による承認の後、CBDTに関する複数の訴訟が提起されている。
これらの訴訟は係争中であるが、ニュージャージー州の裁判を担当する判事は、MTAによる6月中旬の通行料徴収開始の見通しを踏まえて、6月初旬までに判決を下すことを想定していると述べている。

(1)ニュージャージー州知事

2023年7月21日、マーフィー・ニュージャージー州知事はニュージャージー地区の連邦地方裁判所に対して、連邦運輸省、連邦高速道路局に対する訴えを起こした。訴えの内容は、CBDTの環境評価が国家環境政策法(NEPA)に準拠しておらず、不十分であると主張しており、特に、ニュージャージー州からニューヨーク市への交通ルートに対する影響や、ニュージャージー州の環境への悪影響が十分に評価されていないと指摘している。

その後、2024年1月16日、マーフィー知事は、この料金計画がアメリカ合衆国憲法の休眠商業条項(※)に違反し、移動の権利を不当に制限しているとの主張を訴訟に追加することを発表した。新たに追加された訴状には、中央ビジネス地区で働くニュージャージー州の住民や低所得者も共同原告として含まれており、彼らはニューヨークに住んでいないためCBD税控除の対象とならないと主張されている。ニュージャージー州は、この計画が環境レビューを十分に受けていないだけでなく、ニュージャージー州の住民に対して不公平で差別的な負担を課しているとしている。

※ 休眠商業条項は、アメリカ合衆国憲法の州間商業条項に基づいて連邦最高裁判所により発展した法理であり、州が他州間の商業に不当に差別的な制限を設けることを禁止する。具体的な判例としては、「グランホルム対ヒールズ」(2005年)のケースが挙げられる。この判例では、州が他州の酒類販売業者に対して不利な規制を課したことが州間商業条項に違反すると判断された。

(2)フォートリー市長(ニュージャージー州)

2023年11月1日、ソコリッチ・フォートリー市長は、ニューヨーク市と連邦交通当局に対して連邦集団訴訟を提起した。彼らは、CBDTがフォートリーの交通量と汚染を増加させ、地域の生活の質を損なうと主張している。また、この訴訟では、CBDTを実施した各交通当局や関連する個人も被告として挙げている。彼らは、この計画の停止、環境評価の再実施、及び渋滞料金による追加費用や健康被害に対する損害賠償を求めている。

(3)スタテンアイランド区長と教員組合(United Federation of Teachers)

2024年1月4日、スタテンアイランド区長と教員組合(UFT)は、CBDTの実施を停止するために連邦裁判所に訴訟を提起した。この訴訟は、現行のCBDTが、交通量や大気汚染、騒音汚染をマンハッタン中央ビジネス地区からスタテンアイランド、ブロンクス、アッパーマンハッタン、北ニュージャージーに単に移動させるだけだと主張している。また、訴訟は、連邦、州、市の交通当局が連邦法に基づく包括的なレビュー要件を無視して、急いでこの計画を承認したと非難している。

(4)マンハッタン・ローワーイーストサイド住民

2024年1月19日、ニューヨーク市マンハッタンのローワーイーストサイド住民が、CBDTに対して集団訴訟を提起した。彼らは、この計画が交通量と汚染を増加させ、地域の生活の質を損なうと主張しています。訴訟は、連邦高速道路局がローワーイーストサイド沿いのFDRドライブなどの道路で汚染と交通量が増加していることを示す環境評価を無視したと主張している。

6.CBDT導入の遅れの公共交通への影響

法案成立時、MTAは2021年1月までの制度開始を期待していたが、その後の大幅なスケジュール遅延に対して、「CBDTによる収入を待つことができる」という説明を2021年及び2023年当初時点で行っている。ただし、これはそもそものインフラ投資が予定通りに進んでいないためであると指摘されている。


MTAによるインフラ投資の計画と実績
Reinvent Albany,”Testimony to MTA Board On February Financial Plan, NYS Budget, and Congestion Pricing”

また、ニュージャージー州の訴訟以後は、ニューヨーク市交通当局からは「資金がなければ、当局は資本プロジェクトを大幅に縮小する必要がある」との主張が行われており、実際に、地下鉄2番街線の拡張など主要工事における新規契約が一時停止されることとなった。

7.結びに代えて

本稿においては、CBDTの目的・手法、具体的な制度設計、これまでの経緯を述べてきたが、今後の見通しに関して以下私見を述べることとしたい。

(1)CBDTの導入前後の影響

CBDTはTBTA理事会による最終判断がなされたことから、着実に導入に向かって進んでいくと見込まれる。今後も導入状況等を踏まえて、一定の微調整が行われる可能性はあるが、TMRBの勧告発表時にMTAのリーバー会長が「料金体系の見直しは、Jengaのようなものです。一つ一つのブロックを取り除くことは簡単ですが、積み重ねると大きな影響を与える可能性があります。」とコメントしたように、法律と環境評価により設定された目標などの制約を満たさなくなるような大きな調整は考えにくい。

一方で、CBDT導入に際して様々な負の影響への対応のための施策が環境評価上約束されているが、更なるバス路線の増強のための資金提供などを州議会内でも推し進める動きもあり、このようなCBDT導入に対する予算措置等の各種対策を求める声の高まりと州・市政府側の対応に今後は注目すべきと考えられる。

(2)米国内の他の地域

米国内の他の都市圏でもCBDTのような混雑課金について、サンフランシスコやポートランドで一定の研究が行われており、今後こうした地域でもニューヨークの状況を踏まえて、更なる議論が行われる可能性はある。しかし、16か月の期間を要した連邦政府の環境評価等がスタンダードとなるようであれば、仮に導入まで至るとしても相当程度の期間を経るものと想定される。

(3)日本での検討における示唆

日本においても、諸外国の例を参考に、ロードプライシングの検討がこれまで行われてきた。ただし、市街地の一般道路を対象とした「課金型ロードプライシング」については過去に環境省や東京都が検討結果を公表しているが、今のところ導入事例はない。

ニューヨークにおいて、2007年の混雑課金の提案が最終的には結実しなかったものの市民の賛成を得たことと、今回(2019年)の混雑課金がまさに導入されようとしていることについて、それぞれの時点での州議会構成等も異なるため単純な比較はできないが、2007年の分析において「ニューヨーク市民は67%対27%の大差でこの計画を支持したが、その資金が大量輸送の改善に使われることが条件だった」とされている点に注目したい。2019年の混雑課金についても、2017年に公共交通の危機が顕在化し、具体的な財源確保が求められていた。料金設定の段階においても、TMRBは免除をほぼ認めずに一般的な料金を下げることを優先するなどの判断を行ったが、必要な財源額が法律上定められていたため、議論におけるトレードオフの関係が明確となったものと筆者は推測する。混雑課金は一般的には渋滞や大気汚染への対策などの特定の政策目的のために行われるが、使途及び所要額の明確化が合意形成において果たす役割について、ニューヨークの事例は示唆に富んでいると考える。

また、執行を可能にする背景として、E-ZPass等の電子料金徴収システムが車両通過の際に速度低下不要な仕組みとして広く定着していることや今回E-ZPass Tag購入の際のデポジットを免除する普及策が取られたこと、そしてE-ZPassを使用しない車両についてナンバープレートに基づきDMVから請求機関に住所情報が提供可能な制度的枠組みがあることに注目すべきである。このような制度的枠組みについてはプライバシーの観点からも検討事項が多くあるが、日本で実効的な執行を可能とするインフラ・制度をどのようにするかの検討に与える示唆は多いといえよう。


【参考】


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