父親からの言葉 --- 「 ダウン症があるとかないとかどうでもいい、誇りがあればいい。」
先日のこと。
息子とふたりで近所に買い物に出かけた。二軒の店を回る必要があったのだが、一軒目のコンビニを出たところで、息子が帰ると主張し、しょうがないのでそのまま家に帰った。とはいえ、もう一軒での買い物はしないといけない。
妻は体調を崩して寝ている。息子は家でひとりで遊んでいるっぽい。
これならさっと行って買い物してきでも大丈夫かなと思って、僕ひとりで外出することにした。
僕は息子に向かって言った。
「お父さんちょっとだけ出かけてくるから、お留守番していてね。お母さん、調子悪くて寝ているけれど、君は男の子だから、何かあったらお母さんを守るんだよ」
通じたのかどうか。
よくわからなかったけれど、さっと買い物に出かけて、さっと帰ってきた。
「君は男の子だから、お母さんや妹を守るんだよ」
この言葉は、僕自身が父親から言われて育ったものだ。
父は僕が幼稚園の年長〜小学校一年生の時に出向で東京に単身赴任していて、週末になると家に戻ってくるんだけど、東京に行くときは僕にこの言葉を言っていた。家の玄関から父が出ていく時にこれを言われた光景を、妙に覚えている。
それから40年。僕は同じ言葉を息子に言った。
実のところ、多分同じことを言うのだろうなとは思っていた。男の子だし。
でもいつになるかはわからなかった。この子に、いつになったら、それだけの責任を負わせられるのかが、まったく予想できなかった。ずっと心配し続けるだけなのかもしれないとすら思っていた。
だけど、思っていたよりも早く僕はこの言葉を息子に言った。
なぜだろう。
なんか、大丈夫なんじゃないかな、と思ってしまったのだ。
実際、心配するよりも多分息子はしっかりしていて、それは学校や放課後デイからの連絡帳でも分かるのだけれど、僕はずっと心配している。不安がとれない。
それが、ふと大丈夫なんじゃないか、と思った時、あれ僕はどうして大丈夫だと思えたのだろうと不思議になった。
だけどおそらく、タイミングとか気分とか、その程度の理由なのだろう。
僕はこの先、何度も同じ言葉を息子に言うだろう。こういうのは刷り込みなので、繰り返しが大事である。
それにしても、思っていたよりも早く言えるようになったのは、嬉しいことだ。
この子は多分、こういうことを言っても受け止められる子なのだろうなと思えたということでもあるのだから。
ま、実態はまだまだ甘えん坊なのだけれど。
(2018年10月4日記)