2005年ヒッチハイクの旅 3日目〜最初の目的地〜
道の駅を求めて
歩いている間はモンゴルさんとメールをしていた。予定よりも早く着いてしまいそうなので、札幌にあるネットカフェを教えてもらっていた。日付は変わり、7月最後の日になる。
道の先に明かりのともった建物を見つける。近づいていくと、それは宿とゲームセンターだった。宿のほうは明かりがついておらず、ゲーセンのほうは明るい。24時間営業らしい。
ビデオゲームやスロットに興じている人たち。こんな周りに何もなく、民家も少ないところだが、お客さんはいる。皆、ほとんど車やバイク、自転車で来ているのだろう。この場所では歩いてきている人などいないと思う。ゲーセンといっても従業員がいるわけではない。宿と隣り合わせで、宿の人がゲーセンも経営しているという感じ。店内は明るく、ゲーム筐体やスロット筐体が並べられている。自分のよくやるポップンがないか見渡すがなかった。
少し、休憩することにした。ありがたいことに、テーブルが置かれている一段高い座敷があり、そこに坐る。ふと、その坐っているところを見ると、無数の羽の生えた小さな虫がいる。それはもう地獄絵図のようだった。思わず立ち上がり、お尻をはたく。店内には洗濯機と乾燥機がある。コインランドリーによくあるタイプのやつだ。特に今、洗濯するものはないので、濡れた衣類を乾燥機にかけることにした。30分で200円。100円硬貨を2枚入れる。動くかどうか怪しかったが動いた。ちゃんと需要があるみたいだ。
すぐ近くの、店内の角の部分にあるゲーム筐体の席を休憩場所にする。そのゲーム機は十八歳未満プレイ禁止のものが二台。脱衣麻雀のゲーム。デモ画面には「えっ、これ、可愛いん?」っていうような人もいる。終始デモ画面が流れているが、まったくムラムラとこなかった。
一人、ある人からメールをもらって、その人にも返事をしていた。ブログに、ケータイに直に転送されるアドレスを載せていた。それに送ってくれた人。正直、誰からもメールをもらえると思っていなかったので嬉しかった。
乾燥が終わって取り込む。それでも、そこにまだ居据わることにした。このゲームをしたい人がいるのかどうかわからないが、もしいたら、たいへん迷惑だろう。本当はこの先にある道の駅まで行きたかったが、もし、そこがもし開いていなかったら、行ったところで無駄骨なのでここで休むことにした。それに眠い。
ここで寝られなくもなかった、というか寝ようともしたが、ずっとメールをしていた。
結局、モンゴルさんとメールをし続けて夜が明けた。最後のほうにはゲーム機に負け、少しムラムラしてしまった。
朝の4時過ぎ。歩き出す。
外はもやがかかっている。国道275号線。歩いていると、「札幌まで93km」という小さな標識を見る。約40分後「札幌まで91km」を見る。そこから計算すると、自分の今のだいたいの時速が3キロだとわかる。2年前は、2~3キロだったと記憶している。そのときの自分の体力や道によって、速さは変わってくるものの、だいたいこのくらいなのだろう。自分の時速を知ると、今後に大いに役に立つことは知っていた。歩いていける距離なのか、歩けばどのくらい時間がかかるのか。それを知ることができる。
それでも、計算は狂うことがある。もうすぐ着くだろうと思っていた道の駅はなかなか着かない。その代わりに一軒のコンビニが見えた。
ドアの周りに小さな虫の死骸がついていた。漫画の『電車男』の2巻を見る。このときに、初めて気づいた。原作では、エルメスは中谷美紀に似ているという発言を電車男がしていた。それを今まで忘れていて、漫画を読んで気づいた。
〈映画版のエルメス役、中谷美紀やん!〉
今さらながらにすごいと思う。映画をまだ見ていない私は、さらに見たくなった。店の中も、隅っこには虫が多い。田舎だからだろうか。「夏ガラナ」という飲み物を手に取る。これも北海道限定。飲み物とおにぎりをレジに持っていく。
「あっためる?」
と、その、制服を着ていないおっちゃんは言う。
〈えっ? タメ口?〉
この店に虫が多いのは、ただ掃除が行き届いていないだけだと思った。
コンビニを後にし、さらに歩いていくと、ようやく道の駅を発見。中はそれほど広くはなく、これから売り出すものを用意している人たちが見える。中は開放されていて、ベンチがあった。
横になって眠る。
最初の目的地
「田園の里うりゅう」というその道の駅で数時間寝る。
朝の10時半。
自分が寝ていた場所の周りでは、パンなどが売られ、買いにきているお客さんが見える。外に出ると、メロンやスイカが売られていて、試食を行っていた。メロンを一口食べる。うん、美味しい。でも、買う気はない。
歩き出す。人はほとんど歩いていない。車はまあまあ通っている。ヒッチハイク開始。行き先は「札幌」。札幌までけっこうな距離はあるが、今日は日曜日。観光目的で一気に札幌へ向かう車は少なくないと思う。
しばらくすると停まってくれた。運転席に、おっちゃん。助手席に乗せてもらう。札幌は行かないけど、それでもいいかと聞かれるが、いいと答える。進めるだけでも嬉しいし、それに札幌の近くまでだと言うし。
車内はラジオを流している。会話は少なめ。ラジオを聞いている私。ラジオは嘉門達夫が替え歌を披露していた。最近の歌の替え歌らしいが、たまにわからない歌も出てくる。最近の歌はあまりわからない。
昨日乗せてくれたおっちゃんが、野幌(のっぽろ)というところに観光で見るところがあるというので、地図で確認して、行くかどうか迷っていた。札幌に行ったあとでも行けるだろうと思い、行かないことにした。
札幌駅からずっと北の場所で降ろしてもらう予定だったが、ありがたいことに駅まで乗せてくれる。車は、建物が密集している道を進む。それだけ札幌駅が近づいてきた証拠だ。
パンと、パックの牛乳、缶コーヒー、そして食べかけのお菓子をいただいた。車の中でパンと牛乳を食べる。
札幌駅は大きかった。おっちゃんと別れた後、駅の中に入る。今まで通ってきた北海道の街とは別世界のようなところだった。
〈そりゃあ、みんな札幌に集まるわけや〉
駅構内には、北海道限定っぽいピンズが、ガチャガチャで売られていた。大阪にも、これと同じ大阪のピンズが売られていたが、多分それと同じ種類のものだろう。買おうかどうしようか思ったが、買わなかった。
地下に降りる。人の流れが多い。大阪よりは少ないが、でも、それくらい多いのではないだろうか。駅の地図で確認した「エスタ」という建物に行く。百円均一の店「キャンドゥ」があったので、そこで、一日目でなくしてしまった方位磁石などを買う。
レジの近くに、地下鉄の駅に続く階段があるので下りてみる。今日は、モンゴルさんに会うため、モンゴルさんの知っているネットカフェに泊まるため、地下鉄に乗っていこうと思い、場所を確認しておきたかった。今日の泊まる場所をネットカフェと決めていたので、その場所にモンゴルさんが案内してくれると、朝のメールで決まった。その場所までは地下鉄で行く。どこの切符を買えばいいかも聞いていた。
人が多い。通りすがりの人も「人が多い」と言っていた。今日はなにかあるのだろうか。
キャンドゥのある階の上、ファストフード店などが連ねる階で、椅子に坐り、テーブルにうつぶせて寝る。近くにいる女の子は恋愛の話をしている。女の子は恋愛の話が好きやなぁと思う。「紹介してー」などしゃべっている。
起きてから、エスタの他の階を見て廻り、時間をつぶす。
時間は夜になる。
約束の20時より早いが、地下鉄に乗って移動する。その際に、昼に人が多かったのが、スマップのコンサートがあったからだとわかる。駅に到着する。ショッピングセンターに着き、メールをする。待っている間は本屋で少し時間をつぶす。
20時を過ぎる。しかし、一向に連絡が入らない。モンゴルさんはバイトをしているので、長引いているのかもしれない。さらに時間が過ぎる。
いろんな不安が頭をよぎってきた。連絡が来ないあらゆる可能性を考える。バイトが長引いて、しかもメールを出せない状況。ありえる。ケータイの充電が切れて、充電をするため家に向かっている途中。ありえる。会うということなど初めから全て嘘だった。それはありえないと思う。思いたい。
メールが入る。即行でチェックする。でも、別の人、埼玉で会う予定でいるしずかさんからだった。嬉しいけれど、ものすごいタイミングだ。
1時間を過ぎる。メールをちゃんと受信するため、椅子に腰掛けじっと待つ。気になって、本を立ち読みする余裕もない。
22時には店が閉まる。それまでには連絡が来てほしい。
不安にかられたたま時間が経ち、21時半過ぎ、ようやくメールが入る。今度はモンゴルさんから。内容を開くと、今バイト終わったところだという。よかった。ほっとした。
モンゴルさん
ショッピングセンターでパンを買い、22時を過ぎ、モンゴルさんと連絡を取り合いながら自分の指定したコンビニで『僕といっしょ』などの漫画を読みながら待つ。
あと数十分で来る。
ドキドキする。ドキドキする。
こういうことは久しぶりだった。ネットの人に会うのでこんなドキドキするのは久しぶりだ。会いたいと誘ったのはこっちから。モンゴルさんとは、約2年前に、会ってみたいとお互いが言ってから、ずいぶん時間が経っている。そのときは私は青森に住んでいて、距離的に近かったが、北海道に行く機会なんてそうあるものではなかった。
今回の旅の当初の目的が、最北端から最南端まで行くというもので、どちらをスタート地点にするかによって北か南かのどちらかのチケットを買わなくてはいけなかった。北の北海道からにしたのは、モンゴルさんに会えるかも、というのも少なからずあった。南からにすると、北海道までたどりつかずに終わってしまうかもしれない。だから、北海道から出発というのはすぐに決まった。
モンゴルさんを知ったのはお絵描きコミュニティーサイトの「お絵かきーず」の全盛期(と私は呼んでいる)。そらから3年以上になる。たまにメッセンジャーで話したりするけど、相手はずっと敬語だし、「めちゃめちゃ仲いいのか?」と聞かれれば「違う」と答えるだろう。
でも、会ってみたい。それはあった。会って幻滅するかもしれない。幻滅されるかもしれない。話が合わなかったらどうしよう、しゃべれなかったらどうしよう。メールで今まで普通にしゃべっていても、そういう不安は少なからずある。
写真などを見せてもらったことはないので、イメージがつかめない。私が想像するモンゴルさん像は、外見も内面もキャピキャピの今時の女子高生のような感じで、テンションは明るくて高めで、少し天然が入ってそうな、そんな感じ。私の少し苦手なタイプ。……アカンやん。
メールで、もうすぐ来るとわかる。さらにドキドキする。
そして、手に持っていたケータイは「あの頃の夏に僕らは」の歌を流す。モンゴルさんからの電話だ。
〈メールじゃないんや。電話なんや〉
ああああああ。緊張する。
気持ちを落ち着かせ、電話の通話ボタンを押し、受話口を耳に当て、声を出す。
「もしもし!」
「もしもし! 外、見てください」
店のガラス越しから外に目をやる。車から手を振る女の人。いた! モンゴルさん!
コンビニを出て、その車に近付く。助手席側のドアを開け、運転席のその人に挨拶を交わし、車の中へ。
イメージとまったく違っていた。どこがキャピキャピの女子高生なものか。
歳は近いけど、私より年下のはず。でも年下に見えない。私よりも大人っぽく見える。
テンションが高い。ものすごくしゃべりやすい。そのとき気づいたが、ずっと、以前居酒屋で働いていたときにいた女の子に、モンゴルさんのイメージをダブらせていたのだった。その女の子みたいな人を想像していた。その女の子の家に一度遊びにいったときに、なにを話していいかわからず、話題を探すのに必死だったのを覚えている。
そんな不安があったため、イメージどおりではなくてよかった。
「年下に見えへんわ」
「そうです? よく子供っぽいって言われるんですけど」
バイトが遅くなって、今になったという。電話できなくても無理もないバイトだった。明日がメインなので、今日は、ネットカフェに案内してもらうことに。近くに温泉か銭湯かがあるが、昨日風呂には入ったし、行かないことにする。
ネットカフェの場所もわかり、その周辺にどんな店があるのか教えてもらいつつ、ドライブ。私は初めは敬語だったけど、徐々にタメ口に。モンゴルさんは、メッセでもそうだったけど、終始敬語。タメ口でいいと言っても「いや、年上ですし」と返ってくる。
キャッツアイというゲーセンがあるという。
「キャッツアイ、知らないんですか?」
「えぇ? 知らんなぁ」
「あのキャッツアイを知らないなんてっ」
と冗談めかして言う。そして、そのゲーセンを案内してくれる。
「入ってみます?」
「うん」
せっかくだし入ることにした。駐車場に車を停め、店内へと入る。
「なにかしていきます?」
と、モンゴルさんに優しい表情で聞かれる。特になにも考えず、じゃあ、ということでお言葉に甘えて私だけ「鉄拳」をする。
モンゴルさんは、ゲーセンに来てもいつも特にゲームはしないらしい。それが普通だろうけど、せっかくだし、いつも私がやるポップンもできないかなと思ったけど、やらないと言う。
店内に一台しかないポップンの先客を待って、ポップンを一人でして、モンゴルさんを探して、店を出る。やり終わったあとに、なぜ私は一人でゲームをしていたのだろうと思う。そんなこと、モンゴルさんのいない一人のときにすればいいのに、と。
いざ、ネットでの会話から、オフでの会話になると、名前を呼ぶのが恥ずかしい。モンゴルさんの本名は知っているし、その下の名前で呼んでいた時期もあったので、それで呼ぼうと思っていたが、いざ呼ぶとなると、なかなか口に出せない。先に名前を呼んでくれたのは向こうだった。なんだか先を越されてしまった気分になる、といっても自分は本名の下の名前をハンドルにしているのだけど。文字で打つのと、声で発するのとではまた全然違うのだなと思う。私が名前で呼んだのは少し後から。「さん」づけに違和感を抱いたが、ずっと「さん」づけだったので、ずっと「さん」づけで呼んだ。
店を出てから、モンゴルさんの母校巡りをする。築何十年も経っている校舎を見る。
「見て見て、ボロくないですか?」
「うわぁ、ひび? あれ?」
「ほら、これヤバくないですか?」
「んー」
この人は、絶対私に「ヤバい」って言わせようとしている。絶対言わん、絶対に言わんぞ。
「あれ見て。ヤバいですよね。ヤバいでしょ?」
「ほんまやな、ヤバいな」
「『ヤバい』言うな」
この人、ノリがよくて面白い。
マクドナルドの話をしているときも、
「大阪って、マクドナルドのこと『マクド』って言うんですよね」
「うん、言うなぁ。『マック』なんか言ったらつっこまれますよ」
「マック、マック」
「マクド、マクド」
「マック!」
「マクド!」
と、こんな会話。
そんな冗談っぽい会話が多いので、たまに怒られ口調をされると、冗談で怒っているのか、そうでないのかわからなかったりする。自分もあんまり考えずに会話をするので、もし知らず知らずに傷つけてしまっていたら申し訳ないなと思う。
もちろん、普通に普通の会話もする。これほどこの人と会話が続けられるとは、会うまでは思えなかった。
「今日って、何時までいけんの?」
「どこに行くんです?」
「えっ、その『行く』じゃなくて」
「?」
「ええと、だから、なんて言えばいいんやろう……」
何時まで遊べるかどうかを、「何時までいけんの?」で通じないのだろうか。関西だけの言葉? 北海道では通じない? それかモンゴルさんにはたまたま通じなかっただけ?
何時まで遊べるかと言い直し、彼女は今日はもう時間がないので、もうすぐ帰ると言う。そして、言い直してもやっぱり「いける」という言葉は使わないらしい。
車は近くのラーメン屋につける。
時間はもうすぐ24時。外からでは何時までやっているのかがわからないので、モンゴルさんが何時までやっているのか聞きにいってくれた。すると、夜中の1時までやっているという。まだ時間はたっぷりあるので、そこでゆっくり食べて時間をつぶすことにした。
明日は、早いかなとも思ったけど朝の10時からいけるかどうか聞くと、いけるという。モンゴルさんの教えてくれたネットカフェは8時間パックがあるらしい。それ以外の時間は、適当につぶしておくと言う。
今日はこれでお別れをする。