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「天城山からの手紙」17話
真冬の天城は、騒めきが無くなり、ただ静まり返る。まるですべての時間が止まり、生きる為の情熱も消えてしまった様にだ。暗闇の森を歩いていると、一歩踏み占める度に、15㎝以上ある霜柱が折れて「ザクザク」と森に響き渡る。自然の造形を一歩一歩壊し歩くのはとても気が引けてくるが、暗闇を歩く為の気晴らしには丁度いいのである。そして息が切れてくると、真っ暗なブナの森で、ライトを消し、霜柱の上に、そっと腰を落とし体を休める。大きく息を吸い込み呼吸を整え、その暗闇に体を溶けこませていくと、次第に本能が刺激され始め、日常では感じない何とも言えない感覚が、これでもかと体中を駆け巡り、今日もここに自分は立ち、生きていると再確認する。そして、何気なく天を見上げてみると、そこは無数の星で埋め尽くされ眩いほどの光が点となり降り注いてくる。見つめれば見つめるほど、その星たちは輝き始め、私は宇宙のロマンへと想いを馳せた。でも、「なにかこの夜空はおかしいぞ」と頭上をよくよく見ると、そこには血管の様に張りめぐされたブナの枝が天を覆っていたのである。その様子は、隙間という隙間に手を伸ばし、生への執着を恥じる事なく全うしている自然の形だったのだ。その姿は”一生懸命生きろ”と、私に手紙をくれたのかもしれない。そして、撮影したこのカットをよく見ると、一筋の流れ星が写っていた。そうか!これは、”かも”ではなく、森からの大切な手紙だったのだと、私は、思わずにはいられなかった。
掲載写真 題名:「星降る夜に」
撮影地:下り御幸歩道
カメラ:Canon EOS5D MARK3 EF16-35mm f/2.8L II USM
撮影データ:焦点距離16mm F2.8 SS 30sec ISO1600 WB 3400K モードM
日付:2014年12月27日AM4:25
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