「天城山からの手紙 53話」
山に雨が降ると、それは長い旅路の始まりとなる。大粒の雨が降る時、ブナの足元に立つとこれでもかと大量の雨水が降り注ぐ。大空に広げた両手に、まとわりつく様に雨がかき集められ、自分の足元へとぼたぼたと音を鳴らし落とす。じっくりとその光景を見ていると、目の前を落ちていく一粒の水滴は、まるで生きているかの様に飛び跳ね、競う様にブナの根本へと吸い込まれていく。小さな水滴に、目と鼻と口を書いて山に放たれる様子を皆さんも想像してみてほしい。正にその瞬間が長い旅路の始まりなのだ。どれだけの時間をかけ、また地上へとたどり着くのだろうか?1か月だろうか?1年だろうか?そんな出会いを森ですると、渓谷の流れがとても面白く感じてしまう。そして、そんな小さな水滴がやがて海へとたどり着くと、私達に恵みを与えてくれる。まさに、自然は生きているのだ。伊豆に遅い紅葉が訪れる頃、ふと頭に浮かんだのが猫越林道に入るゲートにある橋だった。その下には、天城の山を旅した水達が流れている。そして何より、その流れに寄り添うようにもみじがあったはずだ。夕刻、急ぎ足でその現場に立つと、目の前には、暗闇の流れの中、僅かに赤い紅葉がうっすらと揺れているその光景は、まるで長い旅路を終えた小さな冒険者を、もみじ達が手を振り応援しているように感じた。そして、その感情が心を満たしたとき、私は、そっとシャッターを切ったのだった。
掲載写真 題名:「旅路の途中で」
撮影地:猫越林道ゲート
カメラ:SONY ILCE+7RM3 FE70-200F4GOSS
撮影データ:焦点距離151mm F16 SS 30秒 ISO400 WB太陽光 モードAV
日付:2018年11月28日 PM4:39