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「天城山からの手紙」13話
この日、忘れもしない私にとって大事な一日となった。今でこそ、夜中の森を平気で歩いているが、この日は、初めて夜の森へ挑戦した日なのだ。駐車場へ車を止め、ライトを消して外にでると、真っ暗な闇に上から押しつぶされた。体中を恐怖が駆け巡った感覚は今でも覚えている。そしてそこから歩を進めるには、自分を騙すしかなく、ヘッドライトに照らされた一点だけに集中して「バカになればいい」と言い聞かせた。そして、初めての一歩を踏み出したのだ。道行く途中も、動物の鳴き声が突如、森に響いたり、木の軋む音が、まるで人のひそひそ声に聞こえたりと、体中をその都度ビクンっと電気が流れた。それでも一度たりとも後ろを振り向いた記憶はない。少し慣れた頃、歩を止めライトを消してみると、360度真っ暗な森に飲み込まれた。まるで、ぐるぐると渦に泣きこまれるような感覚を過ぎると、私は恐怖ではなく、確かに自分はここに存在し、大地に立っていると痛烈に体に感じたのである。自分は”生きている”そんな想いが何故か体中に溢れた。そんな私に、森はまた素晴らしい出会いをくれた。そして、この日以上の情景に私は未だ出合っていない。なぜ私に、この出合いを天城は巡り合わせたのか?今は少しわかるような気がしている。その話の続きはそのうちに。
天城写真集 「深淵の森」8月下旬発売
掲載写真 題名:「森、燃ゆる」
撮影地:八丁池展望台
カメラ:Canon EOS5D MARK3 EF70-200mm f/2.8L IS II USM
撮影データ:焦点距離200mm F6.3 SS 1/25sec ISO400 WB太陽光 モードAV
日付:2013年12月14日AM6:46
伊豆新聞連載 天城山からの手紙-自然が教えてくれたことー 2019年1月5日掲載