
「天城山からの手紙」24話
皮子平を抜け戸塚峠に着いた頃には、冷たい霧が頭上から降り注ぎ立ち込めていた。天城の森は、霧に包まれれば包まれるほど、幻想の世界が広がっていく。普段は無骨に立つブナ達も、ここぞとばかりに動き出し、その体は、両手を広げ天を仰ぎ腰を力強くねじり踊りだす。3月の下旬という事もあり、新緑には程遠く、その姿は真っ裸だ。だからこそ、嘘のない感情が、霧の中で見え隠れする。気づけば、ポツポツと小雨が降り初め気温もぐっと下がってきた。小岳の方を見上げると、更に濃い霧が覆い尽くし、私を誘う。はやる気持ちを抑え、上を目指し歩いていると、足場の悪い場所にブナが現れた。そこは少し狭い尾根のような場所で、両側が落ち込んでいる。近づくと、無数の根が顔を出し地面を覆い尽くす。その光景に私は心を奪われ一気に引き寄せられた。なんでこんなに根がでてるんだ?なんでこんな一面に?なんで・・なんで・・。もしかしたら、自分の立つ場所が危ないからしがみ付くように根をこんなに・・。この瞬間、私の体から感情が溢れ出し、目の前にあるブナが語りだす。そこに生を授かり、運命を受け入れ、ただ生き残る為だけにこの姿となり、命を全うしているのだと。果たして自分は今それだけ精一杯生きているのだろうか?思いが溢れ出し、雑念を洗い流す。そして、最後に残ったのは晴れやかな気持ちだけだった。私は今でも思う事がある。もしかしたら木々や植物にも感情があるのではないだろうかと。きっと、その答えは心の中にあるのだろう。
掲載写真 題名:「ここに生きる」
撮影地:戸塚峠付近
カメラ:Canon EOS5D MARK3 EF24-105mm f/4L IS USM
撮影データ:焦点距離24mm F8SS 1/40sec ISO400 WB太陽光 モードAV
日付:2016年3月21日AM7:48