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僕が音楽の道を選んだ理由⑤〜音楽表現と研究調査がクロスした公共空間の音デザインの話

作曲家であり大学教員である私が、音楽と研究の世界を融合させるきっかけとなった京都タワーでの出来事。それは単なる依頼から始まり、思いもよらぬ展開を見せました。公共空間における音環境デザインという新たな挑戦が、私のキャリアにどのような影響を与えたのか。20年以上前の出来事を振り返りながら、音楽と研究の融合がもたらした意外な展開をお話しします。

京都タワー展望室:音環境デザインとの運命的な出会い

私が京都精華大学に就職して20数年が経ちました。その間、音楽活動と研究活動は別々のものだと考えていましたが、ある出来事をきっかけにそれらが融合していくことになります。そのターニングポイントとなったのが、2006年に依頼された京都タワー展望室の音環境デザインでした。

当時の展望室は、素晴らしい眺望にもかかわらず、音環境が遠因で居心地の悪い空間となっていました。遠くの山々や美しい街並みを眺める絶好の場所であるはずが、音の影響で視覚的な体験が大きく損なわれていたのです。来場者の多くが「景色は綺麗なのに、なんだか居心地が悪い」と感じる状況でした。この視覚的な美しさと聴覚的な不快さのギャップを解消するため、私は新しいアプローチを試みることにしました。

これまで研究者として音環境の調査を行ってきた経験と、趣味で触れてきた音楽制作のスキルを組み合わせ、展望室のための環境音楽『キョウトアンビエンス』というアルバムを制作しました。この試みは、音の遊び心から始まったものでしたが、結果的に大きな意味を持つことになります。

アーティストとしての視点で音楽を制作し、研究者としての立場でその効果を検証する。この二面性を持つアプローチが、私の中で自然と形成されていったのです。最初は単なる実験的な試みだと思っていましたが、この経験が私のキャリアに大きな影響を与えることになるとは、当時は想像もしていませんでした。


エビデンスに基づく音環境デザインの効果:科学と芸術の融合

京都タワー展望室での実験は、予想以上の成果をもたらしました。SD法(セマンティック・ディファレンシャル法)を用いた心理実験を実施し、音環境改善前後での来場者の印象評価を統計的に分析しました。数百人の来場者にアンケート用紙を配布し、詳細なデータを収集しました。

その結果、音環境を変えるだけで視覚的な景色の見え方が劇的に改善されるという、客観的なエビデンスを得ることができたのです。統計的に有意な差が見られ、音を変えるだけで魔法のように視覚的な景色の見え方が変わったことが科学的に証明されました。

この経験は、私の中で音楽表現と学術研究が交差するクロスポイントとなりました。それまで別々だと考えていた二つの活動が、ここで見事に結びついたのです。このような融合は、決して計画的に行われたものではありません。ただ日々の活動を続ける中で、自然と生まれたものだったのです。

この成功体験は、私に新たな可能性を示してくれました。音楽という芸術的な表現と、科学的な研究手法を組み合わせることで、より説得力のある音環境デザインが可能になることを実感したのです。これは単なる主観的な印象ではなく、客観的なデータに基づいた成果であり、今後の活動の方向性を大きく左右することになりました。

音楽と研究の相乗効果:新たな創造の広がりと挑戦

京都タワーでの経験以降、私の活動は音楽と研究の融合を軸に広がっていきました。その後希有なご縁で、京都国際マンガミュージアムや耳原総合病院、京都丹後鉄道など、様々な公共空間での音環境デザインに携わる機会を得ました。これらの経験は、『人と空間が生きる音デザイン』(昭和堂、2020年)という書籍に物語調でまとめています。

各プロジェクトでは、それぞれの空間の特性や目的に合わせた音環境デザインを行いました。例えば、マンガミュージアムでは来場者の読書の集中力を高める音環境を、病院では患者さんの不安や緊張感を和らげる音響設計を心がけました。これらの取り組みを通じて、音環境が人々の心理状態や行動に大きな影響を与えることを、より深く理解することができました。

同時に、音楽活動もより活発になりました。年に1枚以上のペースでアルバムを制作し、現在では40枚ものアルバムを世に送り出しています。これらの作品は、単なる音楽制作にとどまらず、各プロジェクトでの経験や研究成果を反映させた、音環境デザインの実践的な表現となっています。

また、サウンドスケープに関する学術書の執筆や、耳トレ!をテーマにした一般向けの書籍の出版など、研究者としての活動も充実していきました。2008年に出版した『サウンドスケープの技法』(昭和堂)は、現在もこの分野のバイブル的存在として多くの大学で教科書として使用されています。2013年には『サウンドスケープのトビラ』(昭和堂)という理論編も出版し、より深い学術的考察を展開しました。

この音楽と研究の融合は、私にとって大きな創造の源となっています。時には依頼を受けて始まった活動が、自発的な取り組みへと変化していくこともあります。常に新しい挑戦を続けることで、自身の活動の幅を広げることができているのです。

未来への展望:音楽と研究の更なる融合と社会貢献

これまでの経験を通じて、音楽と研究の融合がもたらす可能性の大きさを実感しています。今後は、この二つの領域をさらに深く結びつけ、新たな価値を創造していきたいと考えています。

例えば、私が30年近く取り組んでいる「サウンドエデュケーション」の分野では、音楽的感性と科学的アプローチを組み合わせた教育プログラムの開発を進めています。これは、単に音楽を楽しむだけでなく、音環境に対する感性や理解を深め、より豊かな聴覚体験を提供することを目指しています。

また、テクノロジーの進化に伴い、バーチャルリアリティ(VR)やオーグメンテッドリアリティ(AR)などの新しい技術と音環境デザインを融合させる研究分野のリサーチも想定しています。これらの技術を活用することで、より没入感のある音響体験を創出し、新たな芸術表現の可能性を探求していきたいと思います。

さらに、環境問題や高齢社会などの社会課題に対しても、音楽と研究の知見を活かした取り組みを展開していく予定です。例えば、騒音問題の改善や、高齢者の認知機能改善のための音楽療法など、音環境デザインの社会貢献の可能性は無限大だと考えています。

今後も、音楽と研究の両面からアプローチすることで、より豊かな音環境の創造に貢献していきたいです。そして、これらの経験を通じて得た知見を、教育活動や執筆活動を通じて次世代に伝えていくことも、私の重要な使命だと感じています。

音楽と研究の融合は、単に個人的な興味や活動の範囲にとどまらず、社会全体に対して大きな影響を与える可能性を秘めています。これからも、創造と探求の精神を忘れず、新たな挑戦を続けていきたいと思います。そして、音を通じて、より豊かで心地よい環境づくりに貢献していくことが、私の生涯にわたる目標です。

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