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市民の台所 -イラストエッセイ『味な風景 岡山のまち』より

 初めて訪れるのに「なつかしい」と感じることがあるのはなぜだろう。
 4階建てのビルの屋上に赤い「岡ビル」という文字。初めは何のビルなんだろう、と思っていたが野菜やお惣菜が買える市場だと知って驚いた。岡山市民の台所「岡ビル」は昭和26年にできた屋内型の小売市場だ。1階が店舗で、2・3・4階は店舗で働く人たちの住居になっている。職住一体型の商業施設だ。

 その日は土曜日の夕方だった。初夏の頃で外はまだ明るかったが、建物に入るとお客さんはまばらで少しひっそりとしている。閉店の支度をしている人もいるようなので、来るのが遅かったかもしれない。大人2人が横に並べるくらいの道幅の通路。その両側にさまざまな店舗が並んでいる。

 どうやら曲がり角の向こうにもまだ店舗があるようで、長く伸びた道がダンジョンのようにも感じてわくわくする。入り口から入ってすぐの八百屋さんで野菜を買うことにしたが、中も散策してみたい。「こちらは何時まで開いていますか?初めて来たので少し中を歩いてみたくて。」と尋ねると「うーん、別に何時までとかねぇけん、好きなだけ見ていきねぇ。」と八百屋のおじさんが笑いながら応じてくれた。

 長く続く通路の頭上には、ビル全体で統一されているらしいお店ごとに掲げる鮮やかな黄色い看板と、蛍光灯の白い光が灯っている。野菜、果物、お惣菜のばら寿司、コロッケ、瀬戸内でとれた魚、お豆腐。食べ物のお店が多いかなと思ったら、急須やお茶碗、フォーク、ざるなどのキッチン用品と店舗用の「やきとり」と書いた赤提灯が買えるお店もある。歩きながら右側と左側のお店を交互に見て楽しむ。この道幅がちょうどいいなと思った。

 小さい頃、母が地元の個人商店で買い物をしていたのを思い出す。仕事をしながらの家事は大変だ。忙しいときはスーパーでまとめて買い物をするが、クリスマスのチキンの丸焼きはお肉屋さんで買っていた。かんたんに済ませたい土曜日の昼食は近所の商店で、おばちゃんの作ったばら寿司を買う。これはあのお店で買ってきたよ、という話を聞きながら食べていたのを思い出す。子どもの頃はそれが特別だと思っていなかったが、そういった買い物も今ではずいぶん減ったなと思う。

 岡ビルの中を一周して、また入り口近くの八百屋さんに戻ってきた。お礼を言って、トマトとレモン、葉物野菜をいくつか買って帰宅した。

 後日。あの建物が忘れられず、絵にしたいと思い完成したのがこの本の表紙の絵になる。制作途中の絵をSNSで部分的に公開したところ、岡山市民の方から半日経たずにいくつかコメントが寄せられた。私はどこの風景を描いている、とは具体的に記さなかったが、見ただけで分かるようで嬉しい。
あのお店のお惣菜が美味しくてごちそうだった、と思い出の味を教えてくれる方もいた。地域の再開発計画で、取り壊しの予定があるとニュースで聞いて寂しいが、また足を運びたい、なつかしい場所だ。

-イラストエッセイ『味な風景 岡山のまち』(高橋マサエ)より


このエピソードが収録された本を、3/2(日)の「おかやまZINEスタジアム」で販売します

岡山のまちで出会った味のある風景を、絵と文で綴った小さなイラストエッセイ本です。下記のイベントで販売いたします。

『味な風景 岡山のまち』
作者:高橋マサエ(香川県在住 イラストレーター)
イラストエッセイ 本文20P フルカラー
サイズ:A6(105x148mm)
収録エピソード:はじめに/市民の台所/行列の正体/思わぬハシゴ/岡山のあんこ事情
岡山の日常的で味な風景を水彩イラストと文で綴っています。
販売予定価格:600円

▶︎ おかやまZINEスタジアム

開催日:2025/3/2(日)
開催時間:11:00〜16:00
会場:旧内山下(うちさんげ)小学校 体育館および校舎1階
岡山県岡山市北区丸の内1丁目2-12
岡山駅から徒歩19分/岡電 城下駅から徒歩1分
出店者数:全88店101ブース
ZINE、リトルプレスなど小規模出版物の展示即売会です。
★入場無料/建物内は土足禁止のため上履きやスリッパのご持参をおすすめいたします。
イベント詳細は公式アカウントをご覧ください
公式SNS:
XInstagram

出店名:つつ、 / ブース番号 88,89
瀬戸内うまれのクリエイティブユニット「つつ、」のメンバー3名で制作したアートブック、ZINEを販売します。
高橋マサエ 販売品:
「味な風景 岡山のまち」イラストエッセイ/新刊
「休日、好日」瀬戸内 香川の日常を描いたイラストブック/2023年発行

つつ、のブースでお待ちしています!




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高橋マサエ
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