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空から降り注ぐ音のはなし

ぶっ飛びすぎだと嘲笑われてもかまわない。

僕は聴いたんだ。
山の上から降り注ぐ音楽を。

その音楽を聴いたのは、関西の海に面した、ある場所で行われているシークレットパーティーでの事だった。

ここで言うパーティーとは、DJがかけるダンスミュージックで踊る、所謂レイブと呼ばれるイベントのことである。

そもそも僕は自分が人一倍飛びやすい体質の持ち主だと知っている。
体質というか、メンタリティの問題だと思うけれど。
脳にそういう回路が開かれている。とよく言われる。

何しろ高校の部活は陸上部で、専門は走り高跳びと幅跳び。

若い頃、夜は布団の中でまで、走って飛ぶ夢ばかり見ていた。
夢の中で一度踏み切れば、身体はどこまでも浮き上がり、街並みが眼下に広がる。今でもたまにそんな夢を見る時がある。

そしてダンスフロアでも、時に気がつくと、頭の中ではとんでもない遠いところまで来てしまっていることに、自分でも驚くことがある。

分かっているんだ。

だけどその時のパーティーでの体験は本当に特別なものだった。

僕は当時、某クラブイベントの仕事をしていて、ちょうど周年パーティーを翌週に控えた11月の最初の週末のことだった。

コロナの影響でまだ外国人が日本に入国できずにいたタイミング。

その周年イベントで僕は日本と海外をオンラインでつないでリアルタイムに配信イベントをすると言う企画を進行していた。

レコーディングされた映像の配信ではなくて、現地と会場をリアルタイムに繋ぎ、お互いの様子も映像のフィードバックで返す。そして日本ではその映像と音で数千人が踊る。というチャレンジングな取り組みだった。実際、日本国内でもそんな取り組みをしているイベントは他で見たことがなかった。

そこにブッキングしていたのが元LOUDのEITANによるソロプロジェクト、OUT OF ORBITだった。

LOUDはKOBIとEITANの二人からなるユニットで、僕の人生の中でも最重要なアーティスト。

そして、パーティー準備の追い込みで、僕はEITANとのオンラインインタビューに字幕をつけようとしていた。更に文字起こしをしたデータを使って記事にするための編集作業をしていた。

いつものようにそんな仕事に追われていた僕は、関西までの新幹線の中でその翻訳と編集にかかりっきりになっていた。

これから向かうパーティーが楽しみで仕方ないのに、神戸に着いても仕事が終わらなくて、レンタカーの中で3時間ほど編集を続けざるをえないような状況だった。

本来であれば暗くなる前に到着するはずだったけれど、仕事を片付け、高速を独りひた走り、到着した時は既に9時近くになっていたと思う。

到着してオーガナイザーに挨拶し、、、
早速フロアに足を踏み入れた僕を迎えたのは、想像もしない選曲だった。

なんと、DJが僕の目の前で、LOUDの曲を立て続けに2曲、3曲とプレイしたのだった。

DJはAK2。

今までも彼のDJを聞いたことはあったけれど、実はちゃんと腰を据えてDJを聴けた機会はなかった。それに加えて、日本ではそもそもLOUDの曲をフロアでかけるDJは決して多くない。

だから、そんなシークレットの森の中のダンスフロアで立て続けにLOUDの曲を聴かされると思わなかったし、一方でAK2も、僕がそこに居ることも、僕とLOUDの関係も知らないに違いなかった。

さっきまで新幹線で血眼になりながらまとめていたそのインタビュー中で、EITANは音楽活動を続けることの苦悩について語り、僕はそんな彼らに思いを馳せていた。

2014年にLOUDをYoutubeで発見してから、僕は彼らの虜になり、彼らを追いかけて世界のフェスを巡った。2015年ハンガリーのOZORA。2016年はポルトガルのBOOMとOZORA。2017年はOZORAとオレゴン皆既日食フェス。
そして彼らは、オレゴン皆既日食でのプレイを最後に活動を休止した。

その間、僕は彼らを3回にわたり日本のパーティーにも招聘してきた。
彼らはサイケデリックトランスのシーンでは数少ない、本当の意味でのライブアクトであり、今や伝説的な存在となっている。
彼らの音楽の旅の、最後の数年をとても近いところで体験できたことは僕の人生の宝物だった。

思い出が走馬灯のように駆け巡り、立て続けにかけられたその曲に完全にノックアウトされて、僕はフロアのど真ん中で号泣し、泣き崩れ、見かねた友人たちに抱えられて引きずられ、フロアの隅でうずくまった。

気がついたら、買ったばかりの5000円もするヘッドライトも無くしてしまっていた。

いきなり初っ端からそんな感じだったので、その夜の僕は大変なぶっ飛び様だった。

実際、パーティーの帰りにもやらかしていた。

二晩踊り倒して、遊び倒して、次の日には午後に仕事のオンラインミーティングがあったので、その時間には新幹線に乗っていようと、午後には会場を後にすることにしていた。

友人や、オーガナイザーに一通り挨拶をして
「また次のパーティーで!」
なんて言って、独りレンタカーで来た道を戻ったのだけれど、途中、何かを忘れているような気がしてならなかった・・・。

ただ、何を忘れたのか思い出せないから、高速を走りながら、車の中で自分が持って来たものを、一つ一つ思い出していった。
パーカー、水筒、帽子、アウトドア用のガスバーナー。
マット、寝袋、テント。。。

ん??
テント、載せてない!!

そうだ!
一昨日に会場に来て以来、最初にテントを張ったまま、一回も入らず、使わずに終わってしまったから、テントを張ったこと自体を忘れていたんだった!!

仕方がないので、1時間弱来たところで高速を降り、会場へとUターンした。

会場に着くとみんなが不思議な顔で出迎えてくれる。

「あれ?オバリンさっき一度帰ったよね?」

「かくかくしかじかで。。。汗」

事情を話すとみんな爆笑。
テントはキャンプサイトの端に、ピーンと美しい弧を描いて、シワひとつない姿でそのまま残されていた。

我ながら可笑しかったし、恥ずかしかった。

オンラインミーティングはリスケするしかなかった。

とまあ、そのくらいパーティーを楽しんでいたわけである。

中央寄りの黄色いテントがまさに僕のテント

そして、ここからがやっと本題なのだけれども、冒頭に書いた「山の上から降り注ぐ音楽」を聴いたのは、そのパーティーの2日目の午前中のことだった。

一晩踊り倒して朝日が登り、美しい朝焼けを見た。
落ち着けずに眠れなくなってしまった僕は、人気のない場所を求めて、少し離れた駐車場に歩いて移動した。

その場所は、フロアからは小さな山を隔てた向こう側で、フロアの音は微かにしか聞こえないような場所にある。

なるほど、シークレットパーティーができる場所というだけある。

フロアは海に面した断崖に面していて、音は全て海へと吸い込まれていく。

そして僕は、ひとときの静寂を求めてやってきて、マットだけを敷いて駐車場の隅で「寝れなくてもいいや」と横になってみた。

時間は9時とか10時とか。。。

既に太陽は高い位置に来ていて日差しは暖かく、11月の頭だけれど寒くはない。

砂利の駐車場にマットを直置きで空を仰ぐと、数羽のトンビが円を描いて飛んでいる。トンビの鳴き声が聞こえる。

それでもまだ落ち着かなくて、場所を少し変えてみる。

駐車場には誰もいない。

朝日に輝いていたススキが綺麗だったな。。。

そんなことを思っていたところで、ふと気づいた。

ん?? 何か音楽が鳴っている?

でもこれは明らかにフロアで鳴っているダンスミュージックとは違う音だ。

しかも、フロアとは反対側の山の向こう側から聞こえる。

人が歌っているような声も聞こえる。

起き上がり駐車場の中を歩いてみる。
確かに聞こえてはいるが、フロアの音ではない。。。

山の向こう側に、人が集まる施設か何かがあって音楽を流しているのか?
あるいは、お寺のようなものでもあるのだろうか?

そこで携帯を取り出して、山の向こうに何があるのか調べてみた。

何もない。

航空写真には見事なまでに鬱蒼とした森と、その向こうに海が広がっているだけ。。。

どういうことだ??

少し考えてみた。
そして、音の降ってくる方向をよく注視してみた。

歩きながら音を聴き比べてみると、立つ場所によって音色が変わっていくことが分かる。

分かった。
要するにやまびこの原理なのだ!!!

ダンスフロアで鳴った音が数十メートルの山を越えて飛んでいき、駐車場を挟んで反対側のさらに小高い山に向かって飛んでいって、空気の塊や風によって変調され、山肌や木々の葉っぱに反射して、ある帯域は合成され、ある帯域は減衰し、全く違う音楽として、僕の耳に届いているのだと理解した。

普通のやまびことは違う。そのままの音で跳ね返っているわけではない。山と森がフィルターの効果をはたして別の音になって聴こえる。

しかも、それが山から聞こえるのではなく、山の上から降り注いでいるように聴こえるんだ。

なんということだろう。
僕には山全体が楽器に見える・・・。

驚いた僕はこの感動を伝えたくて、フロアに戻ることにした。

そして、たまたま近くにいた初対面の人にその話を興奮気味にしてみたのだった。

『何言ってんの?お前、ぶっ飛びすぎだろ。』

そっけない返答だった。笑

ぶっ飛び過ぎは自分でも百も承知だけれど、それが本当か嘘かをこの状況で議論しても意味ないな。そう悟って、話はそこで終わりにした。

実際、スマホでも撮ってみたけど、遠くで微かに聞こえるダンスミュージックは再生されても、僕の耳に聴こえたあの音楽はスマホでは捉えることはできなかった。

だけれど、今冷静な頭で考えても、人の耳はそのくらい微かな音を聞き分けられるし、あり得る話だと思っている。

それから3年が経った今年のゴールデンウィーク。
参加した新潟のパーティーの駐車場で、この一連の話をふと思い出して、数人の友人に聞いてもらった。

みんなは僕の体験を・・・
山と森と空気が、ダンスミュージックを別の音楽に変えて聴かせてくれる。
そんなことが起こり得る可能性を信じてくれる??

そして話を終わって、その場を離れ、自分のテントに戻ろうと少し歩いたところで、踵(きびす)を返して、また彼らのところに戻って来た。

さっきの話の続き、、、
ここから先はスピってるみたいで嫌なんだけれど、、、

そういえば今日、この地球の真裏のブラジルでLOUDが、数年ぶりの再結成のライブをやっているんだよね。
しかもメチャクチャでかいフェスのステージで。

空は繋がっていて、もしかしたら、地球の裏側で鳴った音が、今僕たちの上から降り注いでいるのかもしれないね。

ただ僕たちには聞こえないだけで、世界は互いに影響を与えあっている。

そんな話をした。

LOUDに"Shores of Titan"という曲がある。

Titan = タイタンは土星の最大にして第6の衛星で、海も山も川もある、まるで地球のような星。
Shores of Titanを聴きながら、僕はタイタンの岸辺で寄せては返す、波の音を想像していた。

ここ地球で僕らが鳴らした音もまた、世界へと放たれ、姿を変え、もはや音とはいえない波となってもまだ、宇宙の果てまでも広がってゆくのだろう。

そんな想像力の彼方に存在する音楽を、僕は信じている。

PHOTOGRAPH BY NASA


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