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NY不動産サバイバル④ 裁判所との長い戦い – 退去命令が出るまで


【このシリーズについて】
ニューヨークで建築と不動産事業を立ち上げ、順風満帆に見えた矢先に、直面したテナントトラブル…。ニューヨーク屈指の弁護士ですら手を焼いた、まさに"事実は小説より奇なり"な不動産ホラー。足掛け2年以上にわたる攻防の記録を抜粋しながら、試練を乗り越えて得た気づきや実践的な知識をシェアします。
これはまさしくサバイバル。でも、この街には、それを超えるだけの魅力があります。世界中から才能と資金が集まり、不動産市場には無限のチャンスが広がる。-- この20年間、NYの不動産価格は上昇を続けています。

こんにちは、Masaaki Itoです。
前回エントリーから続き、ニューヨーク不動産のリアル をテーマに、
私が手掛ける住居物件の管理の実態をお伝えしています。

悪質テナントとの戦いは「退去命令が行使されるまで」が勝負です。

ただしそれは、裁判所の対応の遅さ、法的プロセスの複雑さ、そしてニューヨーク特有のテナント保護法の厳しさ…と対峙することを意味します。

今回は、裁判から実際の強制退去に至るまでの長い道のりを振り返ります!


裁判の始まりは「忍耐の日々」の幕開け

Aさんの強制退去の手続きを進めるため、まずは60日間の退去通知を送付しました。

その後、ようやく裁判の日程が決まりましたが、ここからが長かったです。

弁護士に進捗を確認するたび、返ってくるのは「期待するな」という言葉ばかり。そして、「裁判システムは終わっているから…」と、まるで愚痴のような、他人事のような言い草でした。

裁判当日、緊張しながらブルックリンの裁判所へ向かいました。

しかし予定の公判時刻になっても裁判官は現れず…。裁判がいっこうに開始されません。その場の、なんともいえない異様な雰囲気を感じ取りました。

ようやく開始されたと思えばノロノロ進行で、裁判所にいる間は、ほとんどが待ち時間でした。

弁護士は時給制のため、この遅れが続くほどコストがかさみます。

さらに問題のAさんも同じ空間にいるため、この精神的な負担も割と大きいものでした。

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ノロノロ進行がどんなものかを補足しておくと、

  • 空調設備がなく(超旧式エアコンがうるさすぎて)裁判の進行が滞る

  • 裁判中に爆音で音楽を聴きながらゴミ回収する清掃員が現れて滞る

  • 6回の公判のうち3回はインターネットのトラブルで遅延(ネットが止まって裁判記録が開けない)

    …え、本当に先進国ですか!?


このような理不尽すぎる裁判所での待ち時間に、私は、周囲の状況や、自分の感情をひたすらメモ帖に書きなぐって、気持ちを落ち着かせていました。

冒頭に感じた「異様な雰囲気」の正体は、
その場にいたのが、

  1. 課題だらけの役所システムに絡め取られる人たち

  2. 全く時間を気にしない被告人(多くは精神疾患や経済的な問題を抱えたテナントたち)

  3. 全くではないが時間を気にしない不動産弁護士(時給が発生するため)

  4. そして、私(ただ一人、焦る、物件オーナー)

だったから。まるで当事者意識のない無気力な社会の縮図で、資本主義の成れの果てを見ているようでした。

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裁判の進行、、異例の事態に

弁護士のススメもあり、裁判をスムーズに進めるために、日本語の通訳を雇いました。提案されたときは「もしかして私の英語力を心配されているのか」と、少し戸惑ったものの、

しかし、これが大正解。

裁判の流れは、こちらが陳述を行い、それに対してAさんが反論や質問をするという形です。

Aさんはには、発言者の陳述を妨害するクセがありました。過剰なリアクションをしたり異議を述べたりするのです。

しかし私が日本語で話している間はAさんには理解できないため、落ち着いて最後まで発言できました。

別の課題はありました。

Aさんは嫌がらせなのか、判決を遅らせたいからか、延々と関係のない話を持ち出し続けます。

  • 「階段の一部が欠けている」

  • 「壁と壁の間に隙間を見つけた」

全く本題とは関係ない指摘ばかりでしたが、裁判長は「物件に関することなので答えてください」とAさんの発言を許可。無意味なやり取りが繰り返され、ここでも時間が浪費されました。

ようやく公判が終わるかと思いきや、「被疑者の質問が出尽くしていない。裁判の公平性を保つためには、時間が足りない」という理由で先送りが決定。

その後もAさんは「コロナ感染者と濃厚接触した」と言い出したり、さらに支離滅裂な質問を繰り返し、結局、5回もの延期が続きました。

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そして迎えた5回目の裁判は、ブルックリンではなく、マンハッタンの裁判所で行われました。

法廷の待合室には、近日予定されている裁判リストが掲示されていました。そこに書かれた裁判番号の末尾は、開始年を示していました。

驚いたことに、3〜5年前に始まったケースも珍しくありませんでした。

弁護士は「This is reality(これが現実だ)」と吐き捨てるように言いました。ニューヨークの不動産裁判は、時間がかかるのが当たり前なのです。

もはや私に感情の振れはありませんでしたが笑、その後、全く予期しなかった異例の事態が発生したのです。

ヽヽヽ担当裁判官が解雇 (゚∀゚ ;)

その結果、それまでの審理がすべて無効に。

半年以上かけた裁判が、振り出しに戻ってしまいました。

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ようやく決着へ

さすがに異例中の異例ということで、優先事案としてすぐに新たな裁判官がアサインされ、再び審理が進みました。

実は、この頃には、Aさんの奇行は更にエスカレート、裁判所でも問題視されるようになっていました。(Aさんはイライラして裁判所のトイレのシンクも破壊しました。

周囲の弁護士からも「あなたも大変ですね」と同情の声をかけられる始末…

そんな最中、新しい裁判官のもとで行われた審理でAさんが欠席。すると、驚くほどスムーズに裁判が進み、わずか10分で判決が下りました

「このテナントに未払い家賃の支払いを命じ、強制退去を実施する。」

待ち望んだ瞬間。ようやく勝利が確定しました。

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強制退去が命じられた5ヶ月後、ついに執行へ

裁判に勝っても、すぐに退去命令を執行できるわけではありません。マーシャル(執行官)の手続きに時間がかかり、最終的な強制退去の実行までに結局5ヶ月を要しました。

それほど時間がかかるものなのです。

強制退去が実行される直前、私は警戒していました。最後の数日は「何か反撃を仕掛けてくるのでは?」という不安がありました。

ちょうどニューヨークでは残忍な放火事件や、地下鉄での事件が起こっていたため、念の為に、消火器を準備し、チームで物件に常駐…

そして、迎えた退去当日。

事前のイメージでは、機動隊のような武装した執行官が来るのかと思っていました。

しかし、実際に現れたのは アメリカ国旗のバンダナを巻いたラフな格好のおじさん。

部屋のドアを軽くノックし、
マーシャル:「Hey, It's time! 」(時間だよ〜)
Aさん:「Okay-! Give me 5 minutes.」(オッケー、5分待って〜)

なんと、Aさんは わずか3分で荷物をまとめてあっさり退去 しました。

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退去後の余韻

その後、Aさんがどこへ行ったのかはわかりません。

Order of Protection(接近禁止命令)という、加害者の虐待的・迷惑行動の繰り返しを防ぐために発せられる裁判所からの命令も出ているため、Aさんは私たちに近づくことはできません。

おそらく、味をしめて次のターゲット物件に移り、不法テナントとして居座ることでしょう。

ニューヨークでは、このような悪質なテナントが転々としながら被害者を増やしているのが現実です。

初回トラブルから約2年3ヶ月にも及んだテナント退去への戦いは、精神的にも金銭的にも大きな負担を強いられるものでした。

ニューヨークの裁判所のシステムは(すべてではないでしょうが)機能不全を起こしており、一度テナントを入れてしまえば、退去させることは容易ではありません。

「このシステムは終わってるから」 ー弁護士の言葉が、まさに現実となった例を間近で体験しました。


今日はこのへんで👋

次回は、この貴重な経験からのラーニングと、トラブルを防ぐためにできることを共有します。

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