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南町田ビル8F 御幸コールセンター まさ代さん 第4話「アイドルからの告白」ーアイドルデート編・完結ー

「えっと、キミ…非礼じゃないか?」

赤江ハルトは、ホットコーヒーを飲みほして、落ち着いた声で言った。
そして、続ける…

「先ず、自分の名前を名乗って、要件を切り出してもいいんじゃないか?」

そう言われて、小戸流星は、はっとした。いつもなら、見ず知らずの人と話す際、こんな話し方をするハズもない。だが、たまたまファミレスにいた、まさ代を見かけ、一緒にいた男性に対して、頭で考えるよりも先に、口走ってしまったようだ。

「すみません、僕は、まさ代さんの同僚で、小戸 流星(おど りゅうせい)といいます」

それを聞いて、赤江ハルトは小戸流星が唐突に話しかけてきたことの意味を、瞬間的に理解した。

(なるほど、そういうことか)

「…赤江です。小戸くんの質問に答えましょう。今、俺は、まさ代さんとデートをしている。夕方まではデートをするつもりだ。これで質問の答えにならないかな?」

静かに、それでいて丁寧に答える赤い帽子…赤江の言葉は、小戸流星に、ゆっくり染み込む…。

「えっ…?まさ代さんとデート!?」
「そんなに驚くことはないだろう?小戸くん、キミも彼女とファミレスに入ってきたんだろ?」

赤江は、そう言うと、3つほど前の席で、こちらを注視している西池 香(にしいけ かおり)のほうに目をやった。西池 香こと、カオリンは視線を感じたのだろうか、キョロキョロしはじめた。

「ち、違います、その…僕たちは…」

流星が口どもると、赤江は間髪入れず、切り出した。

「いずれにしても、俺はこのあと、東久峰(ひがしひさみね)公園に行って、まさ代さんに告白しようと思っている」

「!?」

流星は、赤江の言葉が上手く呑み込めない…が、やはり、頭で考えるよりも先に言葉が出てしまう…。

「告白?そ、その…でも、何故、そのことを僕に話すんですか?」

赤江ハルトは、小戸流星との会話を楽しんでいるかのようにも見える。
事実、本当にまさ代に告白をするのかも、わからない。

「小戸くんが、彼女とファミレスに来ていると思ったから、俺がまさ代さんに告白を考えていても、何も不都合はないと、思ってね」

「…それは」

赤江ハルトは、何かを確信しているような話し方で続ける。これまで、芸能界で様々な人と出会い、会話をして、観察してきた。話し方や、そのリアクションで、その人がどんな人で、何を考えているか…大方予想をつけることが出来る。でなければ、8年もの間、人気アイドルグループのリーダーは務まらない。

「小戸くん…もうすぐ、まさ代さんが戻ってくるから、先に伝えておくよ。俺が東久峰公園で、まさ代さんに告白してOKだったら、この赤い帽子をまさ代さんに被らせるよ。ダメだったら、被っていない。これでどうだ?」

小戸流星は、赤江ハルトの言っている意味は理解したが…なぜ、そんなことを自分に教えるのか?今度は、その疑問で言葉が出ない。

「さっ、早く席に戻って」

赤江に言われて、流星はハッとした。振り返ると、西池 香が、早く戻って来て!と言わんばかりに手招きしている。どうやら、お手洗いから、まさ代が出てきたようだ。
赤江ハルトは赤い帽子を深くかぶり直し、もう何も言わない。
流星が足早にカオリンがいる席に戻ると、まさ代が赤い帽子…赤江ハルトの席に着くのが見えた。

「お待たせ、ごめんね!ほら、お化粧直しとかいろいろあるのよ」

空になった赤江ハルトのコーヒーカップを見て、まさ代が言い聞かせるように言った。赤江ハルトは、何事もなかったように言う。

「全然平気だよ、これこそが普通のデートの醍醐味だろ?」
「醍醐味?まぁ、デートあるあるね!」

戻って来た小戸 流星の席には、アイスコーヒーが置かれていた。
みると、カオリンも同じアイスコーヒーのようだ。

「小戸さん、きっと喉が渇くと思って…アイスコーヒーで良かったですか?」
「ありがとう、もちろんです!」

流星がアイスコーヒーに口をつけて、一息付けた様子を見終えたカオリンは、いつもの調子で興味津々だ。さっそく流星に口を開いた。

「そ、それで、どうだったんですか?」
「あぁ、ちょっと吃驚したんだけど…」

流星が事の次第を話すと、カオリンが堰を切ったように話しはじめた。

「それって、赤い帽子は、私たちに後をつけて、告白が成功するか失敗するか、見届けていいってことですよね、絶対そうですよね?」

ジョニー・ライアン芸能事務所の人気グループ・大嵐の赤江(あかえ)ハルトを、赤い帽子呼ばわり。もちろん、3席はなれて帽子をかぶる男性を芸能人・赤江ハルトとは思わない。加えて、小戸流星は、赤江が芸能人であることすら知らないようだ。

「じゃ、そろそろ出ようか」

まさ代がコーヒーを飲み終えたのをみて、赤江ハルトが、ドラマのセリフのように言った。いや、これが赤江ハルトの素の部分かも知れない。

「そうね、えっと次は、公園だったわね、東久峰公園。まぁ、景色がいいところだから、リフレッシュできると思うわよ」

会計を済ませる赤江と、その後ろに立つまさ代の姿を、確認したカオリンは流星に神妙な面持ちで言った。

「ど、どうします?一応、後を追ってみます?その、赤い帽子の話だと公認っぽいからストーカーじゃありませんし…」

カオリンは、いわゆる『尾行』したいようだ。それでも、流星の判断に任せるといったニュアンスのほうが強い。

「後を追ってみましょう、西池さん。もし、まさ代さんに気付かれるようなことになっても、休日の会社の鍵を開けてくれたお礼で、食事・ドライブに来ていることは、自然ですよ」

カオリンの表情がパッと明るくなったと思いきや、待ってましたと言わんばかりの笑顔。もはや、小戸流星とのデートが楽しいのか、まさ代と赤い帽子の尾行が楽しいのかわからない。いや、その両方だろう、きっと。

東久峰公園は、ファミレスから車で20分くらいのところにあり、まさ代と赤江ハルトにとっては、この移動時間もドライブ・デートである。芸能人の赤江ハルトは、普段は車を運転することもないという。付き人であるマネージャーが運転するから、移動時間は退屈で仕方がないそうだ。まさ代は通勤で自家用車として運転するから、今日のように彼?が運転するドライブは新鮮だとか、助手席なんて久しぶり!とか、たわいもない話で盛り上がる。

一方、時間をずらしてファミレスを出た、流星とカオリンは、ドライブデートと言うより、車内で作戦会議である。運転する流星に対して、助手席のカオリンは、まさ代に恋人候補がいたことは知らなかった!とか、東久峰公園で、どのくらいの距離まで接近して尾行するか…今日だけ、偽装カップルとして「流星♪」と呼び捨てで呼んでもいいか、私のことはカオリンでOKです、とか、本格的な尾行体制が整いつつあった。

流星とカオリンが東久峰公園に到着したのは正午をまわったところだった。
東久峰公園は高台にあり、風光明媚な公園として定評がある。休日のお昼どきということもあり、訪れている公園利用者も多い。広い駐車場に、先に到着しているまさ代の車を見つけた。

「もう、ふたりとも車を降りたみたいですね…誰も乗っていないみたい」

車を降りて、流星も一応、確認する。運転席も、助手席もガランドウだ。別の車と間違えていないか、ナンバープレートも確認する。

「034…まさ代さんの車です、間違いありません」

先に車を降りていたカオリンは、探偵助手みたいな口調で、ナンバープレートの車番を読み上げた。指差呼称(ゆびさしこしょう)までしそうな勢いだ。

「西池さん、とりあえず作戦どおり、カップルとして、まさ代さんと赤い帽子を探しましょう」
「はい、り…りゅう…せぃ♡」

語尾が聞き取れない呼び方だ。
公園の中央にある噴水まで来たが、人も多い。家族連れやカップル、ジョギングを楽しむランナーまで、公園利用者の層は厚い。だが、目印はある!あの、赤い帽子だ。まさ代さんを探すのなら、赤い帽子を探せ!は、流星とカオリンの作戦会議での共通認識だ。

「あっ、いた!いました、赤い帽子!!」

見つけたのはカオリンだ。やや、丘になっている見晴らしの良い展望広場のようなところに、赤い帽子とまさ代がいる!

「この人の多さが幸いしたよ、カオリン!行こう、人に紛れて近づける!」
「…か、カオリン♡、了解しました、りゅうせい♡♡」

尾行中の、探偵インスタント・カップルは
展望広場の赤い帽子を目指して駆けていく。

●●

高台にある東久峰公園は、見晴らしの良い、展望広場で有名な場所だ。
わざわざ隣県から、夕日を見に来る利用者も多い。

まさ代は展望広場にある野外時計を見ていた。ベンチのすぐ横に設置されている環境配慮野外時計だ。

「12時半ね…この公園、夕日がキレイなんだけど、まだ早いわねぇ」
「まさ代さん、この日常的な感じがいいんだよ。お昼どきは、お昼どきの賑わいがあるだろ?あっ、ベンチに座ろうか」

赤江ハルトは、腰掛けると広場から見える景色を眺めた。まさ代も、隣にちょこんと、座る。ハルトは、青空の広がる景色からまさ代に目を移すと、独り言のように話し始めた。

「8年間、走り続けた。そりゃ、忙しい時もあったけど、楽しい時間もあった。でも、こんなふうに街の景色を眺めるたびに思うんだ。何か忘れていないかって。ガムシャラに駆け抜けている途中で、見てこなかった景色、見ることが出来なかった普通の日々ー」

ハルトは今度は、しっかりとまさ代に語り掛ける。

「俺がもし、芸能界を離れて、まさ代さん、あなたと真剣に交際をしたいと言ったら、受けてくれる?」

まさ代は、一瞬ビックリしたようだったが、一呼吸おいて、口を開いた。

「アタシだったら、今…芸能界を離れないあなたとなら、お付き合い、考えてもいいわ!年下が好みじゃなくっても、きっと、ひとりの男性として考えるわ」

赤江ハルトは、ハトが豆鉄砲をくらったような表情をしている。
意外…だったからだ。
俺は、あなたとお付き合いする代償として、芸能界を離れるという対価、つまり…芸能界で活躍する今のステータスよりも、お付き合いをする女性を大事にしたいとう意図を伝えたつもりだった。だが、まさ代の返事は、それを求めてはいない。
しかも、午前中から、デートしてみて、まさ代さんが芸能人である自分に興味を持っていないことも承知している。そのうえでの、この返事…。

「アタシが言っている意味、おわかりになるかしら?」

「わかるよ、まさ代さん。芸能人の赤江ハルトが好き!という意味じゃない。まさ代さんは、芸能界を去る理由として付き合って欲しくないし、きっと俺が、芸能人でなくとも、仕事をしながら、充実した状態で告白をして欲しいってことだろ?」

赤江ハルトは、ゆっくりと、すべてを言い終えた。
まさ代はハルトの隣で、頷いてから口を開く。

「そう、あなたが逃げの気持ちから、告白していないのもわかるの。これからをどう生きるかに、迷った状態だから、そして、いつもとは違う今日の楽しさから、素直に出た言葉かなって、そうも思うわ」

ハルトは黙って聞いている。

「それにほら、アタシ自身…先ず企画ありきで、デートをしているから、あなたをキチンとみていなかったのかも知れないわ。だけど、デートをしてわかったの。あなたが真摯な気持ちで人と接している、仕事もそうだと思うの。」

黙って聞いていたハルトから笑みがこぼれる。

「こいつは、1本取られたなぁ…いや、きっと俺、誰かに今の俺の現在地の確認を、してもらいたかったのかも知れない」

まさ代は照れたように付け加える。

「あら、アタシったら!何だか、おせっかい焼いちゃったかしら?」
「いやいや、バッチリ、ここに響いたよ!」

そう言って、ハルトは自分の胸のあたりを親指でツンツンと指さす。

「俺、芸能人として頑張って走って来たつもりだけど、それ当たり前なんだよな。どんな仕事でもきっと。だけど、ふと自分を省みた時、やっぱり誰かに認めて欲しい、知って欲しいし、言葉にして欲しいんだ。」

ハルトは申し訳そうに続ける。

「それを、まさ代さんに言わせるなんて、俺、まだまだだなぁ…嬉しいけど」

まさ代は、ハルトの本音を聞けたような気がした。彼の顔から迷いがとれたような清々しさが伝わってくる。多分、この人…また芸能界で走り続けると思う、そう確信出来た。だからこそ、ひと言付け加えた。

「ふふっ、そうね!ハルトはまだまだだけど、これからをもう決められるハズよ!わかってると思うけど、あとは…あなた次第だから♪」

「まさ代さんが、言いそうなセリフだねぇ…まったく」

楽し気な会話が、青空の展望広場にひろがった。

●●●

カップルたちのデートコースとしても人気がある東久峰公園。ましてや展望広場から見渡せる景色は、デート・スポットとして欠かせないだろう。
そんな展望広場から距離を置く、探偵?カップルの流星とカオリンは
距離感の難しい尾行を継続中だ。

「小戸さん…あっ、じゃなくで、りゅうせい♡ まさ代さんと赤い帽子の会話までは聞き取れませんが、仲睦まじい感じですね。これは、ひょっとして、ひょっとするかも知れませんね、表情がもう少しわかれば…」

「むむむ…そうですね…もうちょっと近くに行ってみましょうか、カオリン……! あっ、動き出した!」

小戸流星が話し終える前に、まさ代と赤い帽子は、展望広場のベンチから離れ…広場の昇降階段を下りはじめた。公園内にある野外時計は、13時をまわっている。

探偵カップルの流星とカオリンに尾行されてるとは思いもしない、まさ代と赤江ハルトは広場の階段を下り、自動販売機でドリンクを選び始めた。
歩いて話して、このお天気だ。喉も渇く。

「えっと、ここはアタシに奢らせて!ハルトはドリンク何がいいの?」
「あっ、じゃぁ…グレープ・ジュースかな」

赤江ハルトは、とことん男の子のようだ。ファミレスでは、ホットコーヒーの前に、メロンソーダを飲んでいたし、今度は、グレープジュース。
…案外、芸能活動の公の場ではコーヒーなどを選び、本当に好きなジュースや炭酸飲料などは、控えているのかも知れない。
そう思うと、自然とまさ代の口元は緩む。微笑ましい限りだ。

「まさ代さん、コーヒー好きだね~!」

アイスコーヒーを選ぶまさ代を見て、ハルトがつぶやく。
まさ代の口元は緩むいっぽうだ。ハルトに言い返してやりたい、
(アンタも色のついたカラフル・ジュース好きでしょうが…って)
でも、笑顔のハルトに、そんなことは言いたくないから、やめた。

自動販売機の近くに置かれている簡易テーブル付きの椅子に座り、グレープジュースを飲みながら、ハルトが話し始める。

「グレープ・ジュースで思い出したんだけど、あっ、この紫色でね!俺たちの今度の曲『アメジスト』ってタイトルなんだ」

ハルトがジュース缶の紫色のデザインパッケージを見ながら話す。

「あぁ~、アレね、婚活パーティーの『アメジスト・ホール』と重なる部分があるって紹介されていた曲」

まさ代がアイスコーヒーを口に含み、思い出したように答える。

「そうなんだ、アメジスト…紫水晶の石は、精神的な不安や怒り、迷いを退け、心の安らぎをもたらす…そんな意味もあるんだって」

「へぇ、そうなのねぇ」

「だから、その時の俺にピッタリだったんだ。大嵐のグループ・メンバーにも『このタイトルで出したい』って言ったほどでね。」

普段、メンバー仲間の気持ちや意見を尊重してきた赤江ハルトにとって、
いわゆる、自分の我を押し通す…めずらしいことだったらしい。
赤江ハルトはそう話して

「だけど、今日の俺なら曲のタイトルに、こだわらないだろうね。」
「…あら、まぁそうね。会った時よりも、吹っ切れていて、憑き物が取れたカオしてるわ」
「まさ代さんのお陰だよ、話を聞いてもらえて、欲しかった答えをもらったような気がするんだ」
「えっ?アタシ、交際OKしてないわよ、まだ」

赤江ハルトは、今日いちばんの笑い声で笑って、まさ代にこう言った。

「…まさ代さん、今までの俺じゃダメだったんだ、芸能界も、まさ代さんに交際を申し込むのも。フラれて当然さ!だから、出直す、出直せる自信がある!そう、今からの俺は違う、だから…芸能界、続けてみるよ!」

●●●●

自動販売機近くの簡易テーブルで談笑するまさ代と赤い帽子が、間近に見える木陰に、探偵カップルの流星とカオリンはいた。
(14時を過ぎた…そろそろ赤い帽子は、まさ代さんに告白するかも知れない!)
そう思うと、流星にも焦りが出てきた。

「りゅうせい♡さん、あの赤い帽子、まさ代さんに告白して、まさ代さんがOKだったら、赤い帽子をまさ代さんに被せるって言ったんですよね」

「うん、そうです…まだ、被っていないようですが…あっ、いや、被ったほうがいいのか、被らないほうがいいのか、僕には決定権はないのですが…」

まさ代と赤い帽子を尾行する、探偵カップルの煮え切らない会話が続く。
ただ、まさ代と赤い帽子の会話は声は聞こえないものの、楽しそうにみえる。

「もう少し、近づいてみますか、カオリン…」
「えっ、もっと接近するんですか、ヤバくないですか?…でも、話している内容もここじゃ、聞こえないですからね…うん、接近してみましょう、りゅうせい♡さん!」

りゅうせい、と呼びすてるより、りゅうせいさんと呼ぶほうがシックリくるカオリンは、いわゆるZ世代。この状態をリードできるのは、今、恋心を抱く男性・流星と疑似とは言え、カップルとして行動できている自分が眩しい・素敵・控えめに言っても今、私は輝いている!そんなカオリンだけだ。

「じゃ、行きますよ、りゅうせい♡さん!」
「あ、あぁ…行きましょう」

流星は、もう少し近づいてみようと切り出したものの、いや、慎重さも必要かも知れない…などと考えを固めきれずにいたが、結局、カオリンの行動力・勢いにのることに決めた。

探偵カップルが木陰を出て、まさ代と赤い帽子のほうへ歩きはじめた時だった。なんと、まさ代と赤い帽子も、自動販売機近くの簡易テーブルの椅子から立ち上がり、こちらに歩き出したのだ!

(…しまった!タイミングが悪すぎる!)

距離にして、25メートル…いや、20メートルくらいか。カオリンも気づいたようだ…マズい!このまま歩けば、2組のカップルはお互い、正面を向いてすれ違うことになる。そうなれば、いくらまさ代でも、流星・カオリンの顔を見る機会があり…

こんな至近距離で、気が付かないワケがない!

…だが、探偵カップルが、いきなり後ろに振り返り、進行方向とは逆に、歩き出すのも不自然すぎる。これは出来ない!まだ、ごく自然に、このまま前方方向に歩いて、気づかれないまま、すれ違う…神業をやり遂げる方法しかない!

そんなことを考えて歩いていると、前方のまさ代が、赤い帽子の帽子を取り上げて…つまり、赤い帽子を取って、頭に被った。

「なっ…!?」
「あっ、まさ代さん、被っちゃった!」

探偵カップルは、歩くのも忘れ、その場で立ち止まり、同時に声が出る。
すると、赤い帽子を被ったまさ代が、こちらを見て、駆け寄ってくる…!?

予期せぬ出来事とは、まさにこのこと!
まさ代は、20メートルくらい先の尾行中の探偵カップルを流星とカオリンだと見抜いたのだろうか?そんなハズはない!こちらからでも、まさ代の顔は良く見えないというのに。こちらは、前方のカップルが、まさ代と赤い帽子と知っていて尾行しているが、向こうは知らないはずだ。

赤い帽子を被ったまさ代が、どんどん近づいてくる!
立ち止まってしまった手前、これは、もう避けようがない。カオリンも駆け寄って来る赤い帽子を被ったまさ代を、ただ見つめることしか出来ない。

「すみませーん、写真を撮ってもらってもいいですか?」

いつもの聞きなれたまさ代の声がした。…そうか、カメラ!スマホで、まさ代と赤い帽子のツーショットを撮影したいから、こちらに…。公園を歩く見知らぬカップルに声がけするために…今頃、気がつくなんて…。

「すみま…あ、あれ?なんで、流星とカオリン…?」

「あっ、ま、まさ代さんじゃないですかー?あれー…き、奇遇ですねー」

カオリンが大根役者のような棒読みセリフで、会話を成立させる。
もはや、カオリンの出来る精一杯がコレだ。

「ふたりとも…え?東久峰公園で何…あっ、え?ひょっとして…そうなの?」

何がそうなのだろう…十中八九、言いたいことはわかる…誤解するのは、それこそ当然で…。

「あっ、今日…会社に忘れ物を取りに行ったら、鍵が閉まっていて、明日の鍵当番だった西池さんに鍵を開けてもらったんで、そのお礼を兼ねて、ドライブをしていたんです…天気もいいですし」

何とか、言えた。だいたい合っている…こんな時のイケメンは落ち着いている。そう、朝からの出来事を伝えればいい、焦らず、ゆっくり。

「あっ、なるほどね!びっくりしちゃったわ、アタシてっきり…」

てっきりの先の言葉も十中八九、予想できる。的中させる自信さえある!でも、そんなことはどうでもいい。今、目の前にいるまさ代さんは、赤い帽子を被っている…そのことのほうが重要だ。

「…そうそう!カオリンが、お天気も良いし、ドライブもいいかなって。それで、りゅせ…あっ、小戸さんに公園でも行きましょうって言ったんです。…で、えっと、まさ代さんは…アレ?もしかして、後ろにいらっしゃる方は…?」

流石、西池さん、カオリンだ!上手い具合に、会話に赤い帽子の男性を引っ張って来る!そうだ、結局、赤い帽子の告白は…まさ代さんが、帽子を被っている時点で、成功しちゃったのか…。

流星が複雑な気持ちでいることは、まさ代もカオリンも知らない。知っているとすれば、あの赤い帽子ー。

「あぁ、話すと長くなるんだけど、彼ね…」

まさ代の話の途中で、赤い帽子が、いや正確には、もう帽子を被っていないので、赤江ハルトが、駆け寄ってきた!

「…おぉ、小戸流星!流星じゃないかっ」
「えっ?」

流星が驚きとともに、口をぽかんと開ける。もう、この先の展開が読めない!予期せぬ出来事が続発して、頭が回らない。探偵業は廃業だ。

「まさ代さんと、流星は知り合い?えっと、そちらは彼女さんかな?はじめまして、俺は赤江ハルト。今日は、事務所の企画で、まさ代さんと1日デートさせてもらっているんだ。それで2人で写っているSNS用の写真が必要だと、まさ代さんに話をしたら、近くにいるカップルに声を掛けてみるってことになったんだよ」

まさ代は、うんうんと頷いている。話す手間が省けた…そんな感じだ。そして思い出したかのように聞いてくる。

「でも、流星とハルトが知り合いだったなんて、世の中繋がるモノねぇ…」

そんなわけないです!とも言えず、帽子を被っていない赤江のほうに目をやると、ここは任せろ!というような顔をしている。
(…ん?この顔…どこかで)
帽子を被っていない赤い帽子・赤江の顔を見て、流星は、はっとした。
(あれ?テレビや雑誌で見覚えのある顔だ…赤江?赤江ハルト…!)
遅まきながら、流星は赤い帽子が、ジョニー・ライアン芸能事務所の人気グループ・大嵐のリーダー、赤江ハルトであることに気がついた!

ハルトは、まさ代に自慢そうに言う…

「流星とは昔からの友達でね、なっ!流星」

流星は、二度ほどうなずいて、ハルトの話に合わせる。赤江ハルトのアドリブ・演技は見事なものだ。
まさ代は、信じて疑っていない。納得の表情だ。

「そうなのねぇ、今度、流星とハルトとの出会いも聞きたいわ♪ ねぇ、カオリン」

西池 香ことカオリンの返事がない。まさ代の話を聞いていないようだ。

「カオリン、聞いてる?」

…あっ、そうだったわね!カオリンは、ジョニー・ライアン芸能事務所の人気アイドルグループ・大嵐の大ファンで、中でも推しは、リーダーである、赤江ハルトだった!そのことを思い出したうえで、カオリンを二度見すると…

気絶一歩手前の状態であることが、一目瞭然だ。

それもそのはずだ。まさ代とデートする男性を、赤い帽子呼ばわりして、探偵を気取って尾行。その赤い帽子が、まさか人気アイドルグループ・大嵐の赤江ハルト(推し)であることがわかった、カオリンの心境がどれほどのものか、計り知ることが出来ない。

「ねぇ、ハルト!4人で写真撮れば、アタシが帽子を被る必要もなさそうね!」
「そうだな、グループで楽しんでいる写真に、アンチなコメントを送るファンは少ないからな」

聞けば、ハルトが友人でも知人でも、異性(女性)とのツーショット画像をSNSにアップすると、熱烈なハルト・ファンから、嫉妬のようなコメントが数多く寄せられるという。だが、帽子を被り写真に写った画像は、そのようなコメントが少ないという。顔がハッキリ見えずらいことから、書き込むコメントも、概ね柔らかいらしい。今回は、事前に婚活イベントの1日デート企画開催の趣旨がアナウンスされていることもあり、熱烈なファンにも周知されている。炎上などはしないと思われるが、一応念のために帽子を被って写ろう、という配慮からだった。

「じゃ、あの帽子は…」

小声で声に出した流星を見て、赤江ハルトが耳元まで近寄って耳打ちする。

「あぁ、安心していいぜ、告白したけど、ダメだったよ」
「えっ…」

赤江ハルトは、まさ代たちに聞こえないように続けた。

「でも、俺は諦めないぜ!今の俺じゃダメだったって、気づかされたんだ。だから、また告白するつもりだ、2年後、3年後になるかも知れない。自分で納得できる状態になった時、自信をもって、まさ代さんに言う」

流星は、ただ黙って聞くしかない!そう、この人・赤江ハルトの本気が伝わってくるからだ。

「だから、小戸くん…いや、流星!もし、流星が…まさ代さんを想う気持ちが本物なら、急げよ!俺が告白するまでに、奪わないと知らねぇぞ。同じ女性を好きになる可能性があるヤツにはちゃんと言っておきたい、それがハルト流なんだ」

「!」

「な~に、今すぐじゃなくてもいい。自分の気持ちを整理して考えてみることだ。俺も2~3年は芸能界で、まだまだ暴れるつもりだよ。そう、大嵐・グループ結成10年は目指したいところだからさ!」

どうやら、正気を取り戻したカオリンと、まさ代が写真を撮ってくれる公園利用客を見つけたようだ。

「ほら、ハルト!流星!何してるの?SNS用の写真4人で写るわよ♪」

まさ代が、こっち、こっちとせかす。
笑顔のハルトと流星が肩を組み、まさ代とカオリンも笑っている。
後日、赤江ハルトの公式SNSにアップされた画像には、好意的なコメントが数多く寄せられた。画像のタイトルは『最高の東久峰公園』。
赤い帽子は写っていない。






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