滑走_100日チャレンジ(99日目)
「自分に逆風が吹いている時には、思い出そう。
飛行機は向かい風によって離陸するのであり、追い風に乗ってではない。」
アメリカの自動車王、ヘンリー・フォードが残した言葉です。
飛行機が飛ぶ原理を知らないと、へぇ~と思うかもしれません。
ジャンボジェット機の総重量は約350トン。
この鉄のかたまりが、空を飛ぶなんて不思議ですよね。
実は翼が持つ揚力(浮く力)によって、空を飛ぶことができます。
揚力は翼の上面と下面を流れる空気の圧力差によって生じるのですが、向かい風を受けた方が揚力が大きくなり、空に浮かび上がることができます。
離陸の際には向かい風に向かって滑走した方が早く浮かびますが、風が弱い時、追い風の際には、滑走を長くとることで離陸しています。
風が強い時や、滑走路に対して横風が強い時には離発着が難しくなります。
機体が浮かびあがると、エンジンを使った推進力で前に進んでいます。
推進力に対する抗力、揚力に相反する重力と4つの力が必要と言われます。
これら4つの力に加えて、気流の影響などを考慮して、飛行機は設計されています。
日本での飛行機の歴史は、110年前にさかのぼります。
1910年12月19日。徳川好敏大尉が代々木練兵場(現在の代々木公園)で日本で初めて動力付き飛行機で飛行しました。
最初の飛行機は、フランスから輸入されたアンリ・ファルマン機に搭乗し、翌1911年には、日本初の所沢飛行場で同じく徳川大尉により飛行しました。
その後、日本初の軍用機として会式一号機が製作・飛行となり、飛行機産業が発展していきます。
零戦を設計、制作した堀越二郎は映画「風立ちぬ」の主人公です。
敗戦後、航空機の製造は禁止されていましたが、その後国産飛行機として、YS-11が開発され、長らく日本の空を飛行しましたが、1973年に生産終了となり、その後飛行も終了しています。
2000年代に入り国産ジェット機MRJが開発されていましたが、残念ながら今年の2月に開発中止となり、国産航空機は長らく製造されていません。
飛行機が飛ぶ原理は難しすぎて、いまだに上手く説明できません。
しかし、航空機と日本の飛行機の歴史については少し知っています。
所沢航空発祥記念館に勤めていたことがあり、今でも時々、資料を調べたりしているからです。
所沢航空発祥記念館には、先に紹介した会式一号機のレプリカも展示してあります。また、堀越二郎生誕120年で、企画展もあとわずかですので、ぜひ訪問してみてください。
最後に、堀越二郎の生涯を考えると、冒頭の言葉通り。
零戦での逆風に立ち向かうことで、国産旅客機YS-11の開発に結びついたのかと思うと感慨深いです。
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