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【人材開発研究大全⑬】第19章 管理職のトランジション 中原淳

 久々の人材開発研究大全。
今回のテーマは、管理職へのトランジションである。

 私の身近でも担当時にすごく優秀だった方で管理職になっても、担当を手放せず、チームとしてのパフォーマンスが伸び悩むというケースをよく見聞きするので管理職へのトランジションはとても興味深いテーマだと思う。

 本章でも引用されるが、「ミドル・アップダウン・マネジメント」(野中郁次郎)こそが日本企業の強みと言われていた時代から「管理職の罰ゲーム化」などと言われるような時代に日本企業を取り巻く環境は大きく変化してきた。そのような中、どうやって管理職を育成していくかは、企業の競争力を高める上で、ますます重要になっていると思う。


管理職育成の社会的状況の変化


 2012年に発行された経団連の調査報告書「ミドルマネジャーをめぐる現状課題と求められる対応」では、「職場の司令塔であるミドルマネジャーが、日々の業務に追われて、本来求められてる職場全体の管理や、部下指導・育成が疎かになっている」と指摘している。

 2012年といえばちょうど私が管理職になった頃である。
確かに私が若手だった時代には、管理職の下に若手の世話を見てくれる先輩方がたくさんいた。しかし私が管理職になる頃には管理職の下にそのような人は全くいない状況に変わっていた。

 そんな日本の管理職を襲う3つの変化として本章では以下の3点をあげる。

(1)組織のフラット化
(2)管理職のプレーヤー化
(3)職場の多様化・高齢化

なかでも(1)組織のフラット化については、意思決定の迅速化、組織の活性化、上層部と現場の距離の短縮化を目的として行われたが、一方で以下のような意図しない副作用をもたらしたと指摘する。

 ①管理職候補者が管理職就任前に管理職代行経験を持つことを阻害した
 ②フラット化は、マネジャーが管理する部下の人数の増加をもたらした

研究知見では、一人の管理職が管理できる部下の人数である「スパン・オブ・コントロール」を5、6人程度であるとするが、今では、人を束ねる経験のない中、新任管理職となり、適正と言われる以上の数の部下を束ねなければならない。
 これは、かなり大変であり、管理職を計画的に育成していけるかは大きな課題である。

管理職育成につながる研究の知見


「管理職の育成」
を以下のように定義する。

「管理職に就任した従業員が、管理職に必要な資質・能力・スキル・信念を身につけ、成果を出すプロセス」

 本章では、管理職育成の考え方やアプローチとして、以下の3つのアプローチがあるとする。

(1)業務経験による管理職育成
(2)フィードバックとコーチング
(3)トランジション支援

そして、この3つのアプローチには、以下のような共有点がある。

①管理職にとって必要な資質を「生得的」と考えない。
②従来の管理職育成で中心的であった、仕事の現場から離れて、管理職に必要なスキルを公式の研修や教育の場で獲得させることを目的とする「教育的アプローチ」をあまり重視しない。

本章で紹介する先行研究の中で面白いと思ったものをいくつか紹介したい。

まずは(1)業務経験による管理職育成についてである。

 この分野の基盤にマッコールの研究がある。
本章では、マッコールの掲げた信念として以下の2つを紹介する。

「成果をあげる管理職は、自分で実行し、他人が挑戦することを観察し、失敗することによって学ぶ」
「管理職のリーダーシップは天賦の才能ではなく、後天的に学習・開発可能なものである」

 また日本の研究では、量的探求として、松尾(2013)のコルブの経験学習理論を下敷きにした管理職の成長プロセスについての研究を取り上げる。

データ分析の結果、管理職の成長のためには、「変革への参加経験」「部門の連携経験」「部下の育成経験」が重要であることを明らかにした。

 またこの研究では、「先行する経験が、後続する経験を呼び込む」ということも明らかにしたと言うが、この経験することが、資産になっていくという考え方は好きである。

次に(3)トランジション支援としての管理職育成アプローチについてである。

トランジション支援としての管理職育成アプローチを以下の通り定義する。

実務担当者から管理職、あるいは下級管理職から上級管理職にいたる役割移行(Transition)のプロセスを組織的・戦略的にサポートすること

ベースにある考え方が、Charan et.al (2001)の提示したリーダーシップパイプラインと呼ばれる仮説である。

リーダーシップパイプラインとは,組織において,ある個人が実務担当者から係長,係長から課長や部長と、職位と階層を昇進していくのにしたがって、それぞれの段階で挑戦課題が生じ、それまでの職位では通用した知識・スキル・信念等を一部は学習棄却(アンラーン)し、新たな役割に適応するため,学習を繰り返す必要があるとする考え方

 また日本において、実務担当者から管理職への移行問題にいち早く目をつけ実証的な研究を行ってきた、元山年弘の研究を紹介する(元山2008、2013)

元山による新任管理職の管理職務遂行にまつわる課題は以下の通りあげる。

①日常のタスク管理を怠る
②戦略やビジョン策定を十分行えない
③部下の活用や育成でつまずく
④ネットワークの構築に失敗する
⑤ワーク・ライフ・バランスをくずし,私生活に悪影響をあたえ,
⑥現場から離れるのに寂寥感を持ち
⑦業績の達成に不安を抱き
⑧上に立つ孤独感や疎外感を感じ
⑨理想の管理職像とのギャップにリアリティショックを受ける

また定性的なヒアリング調査によって、職務適応を果たせるようになるためにどのような態度や行動を取るべきかも以下の通り整理する(元山2006)

①実務担当者時代の仕事との不連続性を意識する
②フィードバックの探索や活動
③経験の意味づけ
④過去の経験の応用
⑤実践重視の態度
⑥積極的な学習姿勢
⑦自己統制
⑧支援を求める
⑨自然体で臨む
⑩ポジティブに解釈する
⑪問題を放置しない
⑫ありのままを受容する
⑬使命感
⑭準備意識

 私としては、管理職の方が、非定型的業務が多く、いろいろな経験ができやりがいあって面白いと思っているが、確かになかなか大変な仕事である。

著者による実践


研修転移知見によれば、以下の2点がわかっている。

①管理職研修は、熟練者を対象とするよりも、管理職になりたてのエントリーレベルで行うのが効果が高いとされている。(Chochard & Davoine 2011,Powell & Yalcin 2010)
②管理職研修の効果継続には事後のフォローアップが重要であることがわかっている。(Sitzmann, et al. 2008,Alliger et al. 1997, Tews & Tracy 2008, Burke & Day 1986)

それを踏まえて、著者が実践した事例として本章では、
(1)「マネジメントプレビューワークショップ」
(2)「マネジメントフォローアップワークショップ」
を紹介する。

各々のワークショップの概要は以下の通りである。

(1)マネジメントプレビューワークシップ

管理理職候補生や新任管理職を対象にした4時間ほどのワークショップ

管理職になる前の事前学習として、①マネジメントとは何かの把握、②実務担当者とマネジャーの違いの理解、③部下を動かすためのコーチング・フィードバック・リフレクション手法のスキル習得を行う.ワークショップの最後には,管理職候補生が団結して、この挑戦的課題に取り組むことができるよう自己効力感を高めるエンディングを用意する.

Hill(1993)が「生まれ変わり」と述べたように,管理職への生まれ変わりは「実務担当者のコミュニティ」から「管理職のコミュニティ」への移動とも考えられる.よって,実務担当者から管理職へのトランジションプロセスにおいては,実際に,管理職コミュニティに参入した際に起こりえる内容を事前にプレビューし、現実的職務予告として機能させることを狙っている.

 たしかに管理職のコミュニティと担当者のコミュニティは全く違うといってもよいほど異なる。
 どんな世界が待っているのか、事前にワークショップを通じて体験的に知れるのは有益であろう。

(2)マネジメントフォローアップワークショップ

管理職就任後,半年から1年ほどたったあとに実施されるワークショップ

これは、管理職が現在抱えている職場や部下の様子を、レゴブロック作品制作や360度フィードバックなどの手法を用いながら可視化し、それらをもとに相互に対話を繰り返すことで、現状をリフレクションし、将来を構想するワークショップである。管理職就任後しばらくすると、部下育成、組織内政治交渉、部下評価などで多くの管理職はつまずきや葛藤を抱える。これらの状況をいったん外化させ、それへの対応策を管理職相互に助言・吟味しつつ、将来をともに構想するのがマネジメントフォローアップワークショップ

 自分の仕事を振り返る経験を持つというのもなかなか意識しないとできない。
 とりわけ、管理職になりたての忙しい時期ならなおさらである。
こちらもなかなか面白そうなワークショップである。

感想


  管理職大変だけど、やりがいあるし、自分がやりたいことがやれ、幅が広がるという意味では、素晴らしいことだと思う
 非定型業務が多くなりい、ろいろな経験がつめるという意味では、チャンスがある人には、ぜひチャレンジしてほしい仕事である。
 そのチャレンジをサポートする意味で、著者が紹介する管理職育成研究踏まえたワークショップはとても興味深い。


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