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【人材開発研究大全③】第17章 経営理念と人材開発 高尾義明

 三本目は、経営理念についての研究を取り上げたい。
著者は、東京都立大学の高尾義明先生。私の勤務先でも経営理念をとても重要視しているため、大変興味深く読んだ。


概要

タイトル通り、人材開発の観点から、経営理念の浸透や共有の効果を検討している。

 本章では、経営理念の位置づけの変化を確認したうえで、経営理念の浸透・共有の促進要因と経営理念の浸透・共有がもたらす効果についての先行研究レビューを足がかりとして経営理念の共有と人材開発のダイナミズムについて検討を行う。

なお、本章において、経営理念の定義は、高尾・王(2012)に習い、以下の通り定義する。

組織体として公表している、成文化された価値観や信念

経営理念の浸透ってどういうこと?

 本章を読んで、理念浸透について、様々な先行研究があるんだなあと思った。 

まず経営理念には、色々なタイプがあるとして、以下の分類を紹介する。

「自戒型」 経営者の行動を戒める
「規範型」「方針型」 企業内部の管理・統制的性格を持つ
なかでも「方針型」とは、企業の経営戦略・方針あるいは企業が直面している諸問題について、社内はもとより、社会一般に訴えかける意図をもつもの
(鳥羽・浅野 1984)

その中でも、近年は、「方針型」の理念が掲げられることが多くなっているという。

方針型は、「組織の基本方向や戦略的使命を示していることから、同時に社内的にも指導性・拘束性をもつ」ため、対外的な表明と同時に従業員への浸透が問題になる。

雇用の流動性、グローバル化の進展、ダイバシティの増大などによって、遠心力が増大するほど、求心力が必要となってきている状況となっており、その会社ならではの価値観・信念である経営理念の浸透が注目されているのだろう。

経営理念の浸透とは、具体的にどういうことなのか?

マクロレベルで言うと、経営理念が事業や製品・サービス、制度などに反映・体現されていること(野林 2015)であるが、組織成員個々人というミクロのレベルでは高尾・王(2012)では、以下のような構造、レベルがあるとする。

「情緒的共感」経営理念の内容に対する共感
「認知的理解」経営理念の内容理解
「行動的関与」経営理念内容の行動への反映

そして、重要なのは行動への反映であるとして、情緒的共感と認知的共感が行動的関与に対しての影響を分析する。両方とも行動的関与に正の影響があるが、認知的理解の方が、影響が強いという結果がでたことを紹介する。

一方で、行動を内省することで経営理念の理解が深まるというフィードバックも生じているいう先行研究も紹介する。なかでも、なるほどと思ったのが、以下の指摘である(田中 2013)。

経営理念の内容表現が具体的であれば、「理解→行動」というプロセスを取り、抽象的な場合には、行動することで意味を理解していくという「行動→理解」というプロセスになることを示している。

確かに自分の行動を振り返ったときに、後から振り返って、これって企業理念に当てはまったりしていると、行動→理解というプロセスを感じることはよくあるなと思うし、そのことが自分自身の内省を深めてくれるのという効果もあると思う。

 理念の個人への浸透について、高尾・王(2012)では、「理念的カテゴリーによって定義される組織アイデンティティと個人アイデンティティの融合プロセス」と定義する。

 洗脳や価値観の注入と経営理念の個人への浸透の違いの指摘も興味深かった。

洗脳や価値観の注入では、創業者や経営者の価値観を白紙の状態にある受動的な組織成員に一方的に注入し、組織成員を同質化することが目指されている。しかし、多くの経営理念は、行動や意思決定の同質化を導けるほど具体的に内容は記述されていない。したがって、組織成員個人が経営理念を能動的に読み込み(北居 1999)、自身の行動にどのように経営理念を反映させるかを組織成員個人が自ら考える必要がある

 そもそも同質化のために、経営理念の浸透をするのかについては、以下の見解が私としてもしっくりときた。

異なる能力やアイデンティティを持つ組織成員が、そうした個々の違いを活かしつつ協働する共通分母に経営理念がなりうる

理念共有が人材開発にもたらす効果

 いよいよ本題の経営理念と人材開発についてである。

経営理念の浸透は、組織市民行動や革新志向性に正の影響を及ぼす(高尾・王 2012)。
職務や組織に対するこうしたポジティブな態度や行動は、職場の活性化や職場内でなされる人材開発に間接的につながっていくことと考えられる

 これは、肌感覚と合う部分である。
また面白かったのが、経営理念の浸透が、個人のアイデンティティ発達につながるという論考である。

例えば、本章では、田中雅子先生の論文(若手成員の経営理念浸透プロセスとシンボルの重要性、経営哲学 Vol.11、2014)において、若手成員の経営理念浸透プロセスを検討し、
「本人が理念に見出す意味が、その後の理念の理解だけでなく、職業人生の指針になる可能性」を指摘していることを紹介している。

それを受けて、本章では以下のように言う。

経営理念の共有が、個人のアイデンティティ発達という個人の成長にも影響を及ぼすとすれば、広い意味での人材開発に寄与していると言ってよいだろう。

 経営理念は、創業者の考え方、哲学を反映していることが多いと思うので、理念を通じて、自分の働き方、もっと言えば生き方にまで、思考がおよび、アイデンティティの発達や個人の成長につながっていくというのは理解できる。

アメーバ経営においてコンフリクトへの直面がきっかけとなって、経営理念についてのアメーバリーダーの解釈が進むとともに、リーダーしての考え方が修正され、アメーバリーダーがメンバーに新たな考え方を伝えるというプロセスを紹介している(寺本2015)。

コンフリクト解決プロセスに典型的にみられるように、理念に則った行動をとるように働きかけることが、多く組織成員のリーダーシップ発揮を促すことになりうる。

そのような、コンフリクトの際に立ち帰ることとして経営理念が機能しているというのは、経営理念浸透の証であるし、リーダーシップ開発のプロセスと言うのもなるほどと思った。

感想

 経営理念の浸透についても、様々なアプローチによる研究があるのだなと言う印象をもった。私としては、個人のアイデンティティ形成に、経営理念の浸透や内面化が影響しているというのは興味深かった。確かに創業者やトップの哲学、考え方を踏まえて経営理念はつくられており、従業員個々人のアイデンティティ形成にも影響を与えるのは間違いないと思う。本書で触れられているように、注入や洗脳ではなく、浸透というような形で根気よく、そしてプロアクティブに捉えていく仕組みが必要なのではないかと思う。

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