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【人材開発研究大全⑫】第18章 元外国人留学生の組織社会化 島田徳子

 本章は、外国人留学生の日本企業への適応についての論考である。
組織社会化については、他の章(第9章)でも取り上げているが、「元外国人留学生」ということで、日本の企業文化への適応という面も加わりとても興味深い内容であった。


企業と留学生の意識の差

まず、面白かったのが採用段階の企業と留学生の意識の差である。

企業は日本語力に優れ日本人と協調できる「日本人性」の高い人材を求めているのに対し,留学生はそればかりではなく「日本人と異なるメンタリティー」や「日本人にない発想」など「外国人性」も認めてほしいと望んでいるという.採用段階から企業と留学生では「外国人であること」についての意味づけが異なる

 これは、大きな差だなあと思うが、わりと古めの日本企業に勤めている身としては、確かにこの指摘の通りな面はあるなと思う。

 また元留学生を待ち迎える、日本企業のコミュニケーションスタイルについて、以下の通り指摘するが、これも元留学生の組織社会化には高い壁になるなあと思いながら興味をもって読み進めた。

日本的コミュニケーション・スタイルとは、間接的であることを好み、言葉そのものの意味よりもその意図の解釈を相手の判断に委ねたり、断定的でない認知の仕方にもとづくコミュニケーションということになるだろう」と述べる.日本語母語話者ではない元留学生社員がビジネス場面において,このような日本的コミュニケーション・スタイルと,上述の新入社員に求める能力として期待されている「的確に説明・報告する能力」を兼ね備え,状況や場面に応じてこれらを使い分けて業務を遂行し成長していくことは容易なことではないだろう.

先行研究から

 著者は、元外国人留学生の組織社会化を、「グローバル化社会における異文化間の社会化」と位置づけて、組織適応に加えて、異文化適応の視点を持つ必要があると指摘する。

 本章では、そのような元外国人留学生の組織社会化を2つの研究を通じて論述する。
 研究の具体的内容に入る前に、先行研究紹介などでいくつか印象に残ったことを紹介したい。

組織社会化

現在の組織社会化研究の一般的な枠組みとして以下のように説明する。

組織的な働きかけや個人の能動性の影響を受けながら,さまざまな学習をすることによって,職務遂行や業績の高まり,あるいは職務態度の向上がもたらされると説明される(Ashforth et al. 2007,小川・尾形 2011)

 本章で紹介する研究も、環境要因(外部からの支援)と個人要因によって、どのような学習をして(組織社会化の1次的成果)、それによってどのような成果をもたらすか(組織社会化の2次的成果)という構成をとる。

経験学習サイクル

異文化適応に関連する先行研究として、Yamazaki& Kayes(2007)では、異文化学習に必要な能力・特性をコルブの経験学習サイクルの4つの段階に紐づけて分類する。

「具体的経験」 対人関係スキル「人間関係構築」「異なる文化を持つ人の尊重」
「内省的観察」 情報スキル 「傾聴と観察」「曖昧さへの対応」   
「抽象的概念化」分析スキル 「複雑な情報の解釈」
「能動的実験」 行動スキル 「率先して行動する」「他者のマネジメント」

 経験学習モデルは、従来、個人の学習に焦点化されていたが、最近では、学習の社会的で相互作用が必要な面が考慮するとして、上記でも相互作用を考慮する。

異文化間ソーシャルスキル

 具体的経験における他者との対人関係スキルとして役立つ技能として、「異文化間ソーシャルスキル」(田中 2010)を紹介する。

母国で社会的適応性を備えていた人も異文化間ソーシャルスキルを学習し習得する必要があり、また異文化間ソーシャルスキルには、異文化に接触した際に使用可能な文化一般的スキルと当該文化圏での特徴的な行動などの文化特異的なスキルの2つがあるという(田中 2010)

 後程触れる本章で紹介する研究では、異文化間ソーシャルスキルとして、「積極性」「配慮と遠慮」「間接性」を挙げる。

「積極性」自ら積極的に周囲に働きかける
「配慮や遠慮」周囲に対して気をつかったり遠慮する
「間接性」相手に配慮して間接的に表現したり相手の気持ちや期待を察した行動をしている

「積極性」は、文化一般的スキル、「配慮と遠慮」「間接性」は、日本文化圏での特異的なスキルと言えるであろう。

本章で紹介する研究の概要

 本章では、「元留学生社員は、日本企業にどのように組織社会化(適応)しているか?」という研究について2つの実証研究を紹介する。

【研究1】元留学生社員の日本人上司による支援と組織社会化の関係(島田・中原 2014)
【研究2】 元留学生社員の組織社化のメカニズム(島田・中原2016)

その枠組みは以下の図の通りである。

人材開発研究大全 第18章 図1


【研究1】元留学生社員の日本人上司による支援と組織社会化の関係

概要

元留学生社員が最初に配属された職場の日本人上司による支援をどのように認識し、その認識が彼らの組織適応にどのように影響しているのかを定量調査に基づき検証

上司の支援内容を仕事面の支援文化面の支援に分けて尋ねた。
仕事面の支援 「業務支援」「精神支援」「内省支援」の3因子で測定
文化面の支援 「相手文化理解支援」「日本文化説明支援」「異文化内省支援」の3因子で測定

わかったこと

・全体的な傾向として仕事面の支援は高く、文化面の支援は低い
・上司の支援は、「組織目標・価値観」「人間関係」などの文化的社会化に影響を与え、業務遂行に関する「言語」「職務熟達」などの技能的社会化には差がみられず
・上司の支援を受けていると知覚している人といない人では、組織コミットメント、キャリア展望、職務満足ともすべての面で差がある

【研究2】 元留学生社員の組織社化のメカニズム

概要

研究目的は、日本人上司の支援を得やすい個人とはどのような意識・行動・スキルを持った個人であるのか、業務遂行に関する技能的社会化に影響を与える個人要因は何か、また個人要因と環境要因が元留学生社員の組織社会化とどのように関連するか,その心的なメカニズムを実証的に示すこと
 具体的には、経験からどのように学んでいるかという「経験学習行動」と、文化背景の異なる他者との対人関係の形成・維持・発展に役立つ技能としての「異文化間ソーシャルスキル」の2つの個人要因が,環境要因としての「上司による支援」の獲得や,組織社会化の1次的成果(個人の学習内容)と組織社会化の2次的成果(個人の適応成果)にどのように関連するかを、図2のような分析モデルを仮定して検証した。


人材開発研究大全 第18章 図2


わかったこと

分析結果のパス図は、以下のとおりである。

人材開発研究大全 第18章 図3

このパス図から、様々なことが言えるが、概要を記載していく。

「経験学習行動」について
・人が経験から主体的に学ぼうとする「経験学習行動」が「技能的社会化」(決定係数 .48)や「文化的社会化」(決定係数 .45)に影響を及ぼし、その説明力も大きい.
・また「経験学習行動」は、「文化的社会化」を媒介して、組織社会化の2次的成果(適応成果)の3つの変数「組織コミットメント」「キャリア展望」「職務満足」に影響を及ぼしている。
・「経験学習行動」が、組織社会化の2次的成果に影響を与える度合いについて、直接効果と間接効果を合わせた総合効果を算出すると、「組織コミットメント」(決定係数 .57),「キャリア展望」(決定係数 .33)、「職務満足」(決定係数 .35)となる。
・これらから、元留学生社員の組織社会化の心的なメカニズムにおいて、「経験学習行動」をより多く実践しているという知覚の果たす役割の大きさがうかがえる。

「異文化間ソーシャルスキル」について
・「異文化間ソーシャルスキル」の3つの変数の中で、「間接性」の知覚のみが、「上司による仕事面の支援」と「上司による文化面の支援」を得ているという認識に影響を及ぼしていた
・「配慮や遠慮」の知覚は、「上司による仕事面の支援」(決定係数−.17)に対する有意な負のパスが見出され、上司による支援を得ているという認識に否定的な影響を与えていた。
・「間接性」の知覚は「上司による仕事面の支援」や組織社会化の1次的成果(学習内容)の「文化的社会化」を媒介して,組織社会化の2次的成果(適応成果)の3つの変数「組織コミットメント」「キャリア展望」「職務満足」に影響を及ぼしていた。
・積極性」は,「文化的社会化」に直接影響を及ぼしており、その説明力は「間接性」と同程度(いずれも決定係数 .20程度)である.

メカニズムについて
・1次的成果のうち「文化的社会化」のみが2次的成果に作用しており、単に業務を遂行する能力を身に付けたという認識だけでは不十分であり、組織の文化面の学習の成否に対する自己評価が大きな影響を及ぼすことが確認できた。
・「文化的社会化」には、「経験学習行動」と「積極性」からの直接のパスと、「間接性」からの環境要因としての「上司による文化面の支援」を媒介したパスが認められ、「経験学習行動」とソーシャルスキルの「積極性」をより多く実践しているという自覚は,「文化的社会化」の学習成果を肯定的にとらえることにつながるとともに,ソーシャルスキルの「間接性」をより多く実践しているという自覚は、「上司による文化面の支援」を得ているという認識を高め,その結果「文化的社会化」の学習成果を肯定的にとらえることにつながることがうかがえる.
「上司による仕事面の支援」は、組織社会化の1次的成果を媒介せずに、2次的成果に作用していた。

感想

 ビジネスのグローバル化や日本の人口減少によって、外国人留学生は、日本企業の採用リソースとして重要性は増していくと思う。
受け入れ側としてどのような環境を整備していくべきなのか?また留学生の中でもどのような資質をもった人を採用していくべきなのかのヒントになる論考である。
 また2つの研究を見ていくと、研究者として関心を持った領域を深掘りしていくプロセスのようなものを少し感じられ、研究するということの凄み、研究者というものの凄みの一端を垣間見ることができたように感じる。
 やっぱり研究者ってすごいなあ。


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