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【人材開発研究大全④】第25章 若手教員の経験学習 町支大祐

 四本目は、教員を対象にした論考である。「経験学習」については、松尾先生の「経験学習入門」を読んでから、もっと深めたい分野だなと思っており、興味深く読んだ。


概要

 タイトル通り、若手教員の経験学習について論じている。
ビジネスパーソンと共通する部分も多いなと思いながら読み進めた。

教師という仕事の特徴

先行研究なども紹介しつつ、教師の仕事の特徴として、以下の2つを挙げる。

(1)不確実性(Lortie 1975)
(2)複雑性(Lampert 1985)

(1)の不確実性は、「思った通りにならない」ことであり、子どもの行動は、大人の想像をはるかに超えて、予想しづらい部分があり、教員はいつも不確実性に直面しているとしている。
(2)の複雑性は、教員の仕事には、複雑な価値観が絡み合っている事が多いとする。例として、授業において子どもが何か思い立って発言した場合、クラスの規律と子どもの主体性どちらを優先するのかということが挙げられている。また保護者、地域、教育委員会など様々な異なる価値観を有するステークホルダーがいるということも確かに複雑性に満ちていると言えるだろう。

教師の熟達とは?

 それらの教師の仕事の特徴を踏まえて、教員にとって、「力をつけること」=熟達するということはどういうことかについての論考にすすむ。

 熟達には、「定型的熟達」「適応的熟達」があるとする(波多野・稲垣 1983)が、教師における熟達には、その不確実性や複雑性を踏まえると、適応的熟達が必要とされるとするが、昨今では、ほとんどの業務が適応的熟達が必要だろう。

「定型的熟達」
ある分野において、「こういうときにはこれをする」といった形の手続き的知識を蓄積し、ある課題状況に対して、すばやくそれらの知識を検索しうて実行できるようになっている者
「適応的熟達者」
概念的知識を持ち、環境や課題状況の変化に対応し、状況に応じてそれまでの知識を拡張したり、柔軟に改変できるようになった者

 また初心者と熟達者の思考様式を比較した佐藤ほか(1991)の研究も引用するが熟達するとはどういうことか考える上で興味深い。

熟達者は、①豊かな即興的思考を持ち、②状況に積極的、完成的、熟考的に関与し、③授業者、観察者、子どもの視点などを総合しながら複合的に授業に接近し、④授業と学習の文脈に即した思考を行い、⑤その授業に固有な問題の枠組みを絶えず構成し、再構成している

上記のような要素は、教師ならずとも、多くの職業で求められている事だと思う。

熟達していく教員の専門家モデルとして、多くの研究が依拠しているとして紹介するのが、ショーンの「反省的実践家」(reflective practitioner、省察的実践家として訳す書もあり)である。

反省的実践家とは、自らの行為や経験について振り返ること(省察)を通じて、目の前の場や対象に関わりながら、その場に適する働きかけができる専門家である。

なぜ若手教員に着目するのか?

 これは、ビジネスパーソンにも一般的に言えることではないかと思うが、団塊世代の大量退職とそれを補う形での若年層の大量採用による影響である。層の厚い50代と大量採用した新人、ミドル層の少なさという年齢構成により、若手に取って頼るべきミドル層の身近な先輩がいないという状況である。因果関係は不明であるが、若年層の離職率の高まり、メンタルヘルスの悪化などは、一般企業とも共通する喫緊の課題の一つであろう。

どのような経験から学ぶのか?

 その経験・転機がどのような場面で生じるかといった点に関する定量的な分析と、それぞれの経験の個別性に寄り添った定性的な分析、両方の研究群がある。

前者では「課題のある子どもの指導」「子どもの能力差に対応すること」「適切な質問をして子どもの思考を発展させること」など、学級指導・教科指導の面での困難な経験克服が成長につながったという研究結果を紹介する。

 後者では、山崎(2012)が行った「ライフコース研究」について紹介する。20年以上前から近年までの世代の、静岡大学の卒業生を対象にした継続的な調査である。1人ひとりの口述をもとにそれぞれのキャリアについて抽出するという分析であるが興味深かった。
これは、教師という仕事ならではの個別性による面白さと言っていいかもしれない。引用元の論文も読んでみたい。
 例えば、保護者との対応に悩みながらも、自分の配慮不足や説明不足に気づき、その後移動した先の特別支援学校では、保護者とともに子どもの成長を喜べる関係まで築けるようになったという若手教員についてなどの個別具体的な事象の積み重ねはとても興味深い。

どのように経験から学ぶのか?

 ここでもショーンから引用する。

反省的実践家が学んでいくうえでは「行為の中の省察」「行為についての省察」という2つのタイプの省察がカギになる。

 あらためてどんなことかをまとめてみると、

「行為の中の省察」とは行為をしながら、その行為自体について考えることを同時に継続的に行っていく。

ただし、「行為の中の省察」のみを行っていると、目の前の状況に対応することに終始し、長期的な視野から力量形成につながる学習はむずかしくなる

そこで重要になってくるのが「行為についての省察」である。

「行為についての省察」とは、自分の行為が妥当であったか等の点をあとから考えること

 行為についての省察については、Kolbの経験学習モデルや、KorthagenのALACTモデルがあるが、本章では、Kolbの経験学習モデルを紹介する。(ALACTモデルは27章で紹介)

 Kolbの経験学習の循環型モデルについて、一度きりの学習が行われるモデルと循環型の学習が行われたモデルを共分散構造分析をし循環型の方が、適合度が高かったとする研究結果を紹介する(脇本(2015))。


人材開発大全 第25章 図7

この研究によりわかるのは以下の3点である。

・若手教員の経験からの学びは、循環的に経験学習サイクルを回す形で行われている
・授業に関しては振り返ることそのものが重要
・学級経営に関しては、日々、意味のある実践によって具体的な経験を積み重ねていくことが重要

感想

 教員という職種による特殊性もあるが、環境変化によって置かれた状況は、ビジネスパーソンにも共通する部分があると感じる。経験学習モデルやALACTモデルについては、もう少し深めて勉強したい。ショーンもしかりである。

 教員の特殊性という観点で行くと、教員になるとその時から、独立して活動し、複雑で不確実な環境に「教師」として投げ出されることを考えると、経験学習を行い、自ら成長していくという事の重要性は他の職業よりも重要なのかなというのは感じた。また昨今の社会問題化している教員の働き方をみてもどのように人材開発をしていくかはとても重要であると感じる。



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