猫の目

「ちょっと陸斗、こんな時間にどこ行くの!」

普通の家なら寝静まってるだろう時間に場違いに大きな声が響いてくる。

「暇だから散歩してくるだけだよ。なんも悪い事なんてしないよ」

母親の説教を受け流すように緩い口調で話ながら家を出て行く。

「もう勝手にしなさい」

母親が呆れたように言ったが陸斗は既に家には居なかった。

外に出てみれば街灯と月の灯りがぼんやりと道を照らしている。

当然人は居ないが。

誰も居ない道を特に何も考えることなく歩いて行く。

気がつけばいつもは通らないはずの公園に行き着いていた。

「なんでこんな所にいるんだ……まぁいっか」特に気にとめる事なく公園を通過しようとしたら不自然な光景が目についた。

こんな夜遅くに中学生くらいの女の子が純白のワンピースを着て公園に座り込んでいる。

さすがに陸斗もその子が気になり近寄ってみた。

近寄ってみると女の子の周りに何匹かの猫がたかっている。

どうやら餌をあげてるようだ。

「こんな時間に何してるの?」

陸斗が優しく訪ねた。

………

女の子は何も言わず餌をあげ続けている。

聞こえてないのかな

次はもう少しはっきりと訪ねてみた。

すると女の子もようやく口を開いてくれた。

「あなたは今の世界をどう思う?」

「はい?」

いきなり訳も分からない事を言われ困惑している陸斗を尻目に話し続ける。

「今の世界なんてみんな自分が一番で他の人なんて助けようとしない。

しかも動物となれば捨てられてても見てみぬふり。私はこんな世界が嫌い。…あなたはどう?」

女の子は表情を変えることなく淡々と話した。

「俺は…確かに君が言ってる事も分かるけど捨てられてる動物を見ても助ける気にならないね。」

確かに今の世の中はそんな良いものとは言えないが自分から率先して世を変える気にはならない。

今時そんなに頑張っても周りに馬鹿にされるし、何より面倒くさい。

「…そう」

女の子は無表情のまま答えた。

しかしさっきより悲しそうな声の気がした。

「今日は満月だね。」

女の子は月を見ながら話し掛けた。

確かに空を見上げてみれば綺麗な満月が光っている。

それから下を向いてみたら、女の子の姿が見当たらない。

ただ公園に入るのは陸斗と猫達だけ。

これが始めての出会い

満月の夜だった。

次の日になってもあの女の子の事が気になり、学校をさぼってその公園に行ってみた。

しかし、公園にはゲートボールを楽しむ老人達しかいなかった。

女の子は見当たらない。

その後、公園の周りを一日中探し続けたが女の子が見つかる事はなかった。

夕方にもなっても見つからず諦めて家に帰ることにした。

だがどうしても諦める事が出来ず、また昨日と同じ時間に公園に行こうと自分に誓う。

どうしてこんな必死に女の子を探すんだろう?

自分でも訳が分からず探してるのが馬鹿らしくなった。

でも昨日と同じ時間に、また公園に向かっている自分がいた。

公園に着くと昨日とまったく同じ格好をした女の子がいる。

「こんばんは。

また昨日と同じ時間に何してるの?」

陸斗が昨日と同じように聞いた。

「猫に餌をあげたいの。でも今日は餌を持ってない」

女の子が無表情のまま話す。

「じゃあ俺が買ってきてあげるよ」

そう言い陸斗は公園を走り去った。

それから十分後くらいに陸斗は同じ公園に戻って来た。

もちろん、猫の餌を手にして。

「ありがと」

女の子はまたしても無表情のまま餌を受け取り餌を与え始めた。

「俺も餌あげていい?」

陸斗は女の子に聞いてみた。

すると女の子は何も言わず餌を差し出した。

「ありがとう」

それから暫く二人無言で餌を与えていた。

「昨日はなんで急にいなくなったの?」

陸斗が女の子に訪ねてみると、女の子は上を見上げながら

「今日は満月じゃないね」

と答えた。

当然昨日が満月だったんだから今日は満月の訳がないのに。

「そうだね」上を見上げながら答えるとまたしても女の子はいなくなっていた。

これが二日目の話

半月の夜だった

三日目になってもやっぱり女の子の事が気になり公園に足を運んでいた。

それでも公園に女の子がいることはない。

なんで女の子は夜にしか会えないんだろうか。

それに毎晩何故あの公園にいるんだろう。

やっぱり夜にあの公園に行くしかない。

やがて夜を迎え公園に準備を始めた。

今回は猫の餌も持っていく事にした。

そして最近通い慣れてきた道をいつもと同じ時間に歩いて行く。

公園に着いたら女の子がいつもと同じ格好でしゃがみ込んでいる。

「こんばんは」陸斗がいつも通りの挨拶をする。

「今日はちゃんと餌持ってるんだね

じゃあこの餌は俺があげよ」

そう言いながら陸斗は女の子の横にしゃがみ込み餌をあげ始めた。

「あなたは何故餌をあげてるの?

動物を助ける気は無いって言ってなかった?」

珍しく女の子の方から陸斗に訪ねてきた。

「…なんでだろう

君にあってから動物を助けるのもありかなって思えてきたんだ」

本当に何故だろう

今まで自分以外はどうでも良いって思っていたのに…

女の子には不思議な力がある気がした。

女の子の言う事には何故か心が動かされてしまう

「そう…」

女の子が小さく呟いた。

でも女の子の顔には少しだが笑みがあった

女の子が笑う顔を見たのは始めてだった

「君が笑う顔、始めて見たよ」

陸斗が微笑みながら言った。

「…そうだね」

女の子は少し照れくさそうに言った。

「今日はもう帰るね」

女の子が珍しく立ち上がり足早に公園を去って行く。

突然の出来事に何も言えなかった陸斗。

その後、一人で空をボーっと見上げていた。

これが三日目の話

月は…天気が悪く見えなかった

ここ最近、と言うより女の子に出会ってから生活が前より楽しくなってきた気がする。

女の子に会うのも楽しみだし。

この感情は恋なんだろうか?

でもそうじゃない気もする。

それに女の子の事は、まだ分からない事の方が多いし。

毎回聞きそびれてしまうが彼女は何故、毎日あの公園にいるのだろうか。

あんな夜中に外出して親は心配しないのだろうか。

そこで陸斗は決心した。

今日、女の子の事を色々と聞こうと。

そんな中、迎えた夜。

いつも通り公園に向かうが今日はいつもより騒がしい。

暴走族でもいるのだろうか。

女の子の事が心配になり、少し急ぎ足で公園に向かった。

公園に着いたらいつも通り女の子はいた。

どうやら暴走族はまだここを通ってないようだ。

「こんばんは」

陸斗が女の子に話し掛けた。

「こんばんは

…今日、餌忘れちゃった」

女の子が陸斗に悲しげに言った。

「ごめん

俺も忘れちゃった」

陸斗も今日、女の子に色々と聞くことしか考えてなく餌を持ってくるのを忘れていた。

「じゃあ餌買ってくるね」

陸斗が急ぎ足で公園を出て行った。

「行っちゃだめ!」

公園を出た直後に女の子が大声で叫んだ。

横を見ると猛スピードでバイクがこっちに突っ込んでくる。

…早く避けないと!

陸斗の脳裏はそう言っているが体が恐怖でか、全く言うことを聞かない。

もうだめだ!

今更体が動いても間に合わない。

……ドン!!

何かがぶつかった様な大きな音が響いた。

誰かがひかれたような大きな音が。

…俺、死んだのかな。

目を開けたら天国なのかな。

恐る恐る目を開いてみたら天国でも何処でもなく公園の前だった。

何故俺は生きている?

あの状況、俺は絶対にひかれてるぞ

それに周りを見渡してもバイクの姿なんてないし。

道端で状況整理するのも危ないし、とりあえず公園に戻ってみると公園に女の子がいなかった。

それに猫達もいない。

いるのは陸斗だけ…。

これが四日目の話

中途半端な雨が降っていた

次の日になっても何故自分が生きているのかが分からなかった。

もしかしたら夢だったんじゃ…とか考えたがあの後、家に帰って寝たからそれはない。

それに女の子はなんで危ないって分かったんだろう。

と言うより女の子や猫は何故いなくなったのだろうか。

疑問ばっかが出てきた頭がパンクしそうだ。

夜になったがやはり公園に行くのが一番だろうと思い、公園に行く支度を始める。

今回は猫の餌もきちんと用意した。

そしていつもと同じ道を通り公園に向かう。

今日は昨日と違い、いつも通りの静さで一安心できた。

やっと公園にたどり着いたが公園には昨日と同じく誰もいなかった。

当然、猫達もいない。

「なんでだろう…」

陸斗はいつも女の子がしゃがんでいる場所に座り込んだ。

そして何か考える事なく無駄な時間だけが過ぎていった。

時間が経つにつれ、寂しい気持ちがどんどん大きくなっていく。

もう女の子も猫も来ないのかな?

すると陸斗の横に猫が一匹すり寄ってきた。

女の子が着ていたワンピースのような純白の毛皮をした猫だった。

それを見た陸斗から一筋の涙が流れてきた。

これは…悲しみの涙?

それとも、安堵の涙?

でもその猫はどことなく女の子に似ている所がある気がした。

だからこの涙は、安堵の涙だろう。

その後、涙を拭いその猫を撫でながらずーっと空を見上げていた。

空は五日前に見たはずの満月の空だった…

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