古びていくこと
きのうぼーっと見ていたテレビで隈研吾さんが「いつまでもつるつるピカピカというのが工業製品の美学だったけど、それはけっこうストレスになっている」というようなことを言われていました。
木を使った建築の経年変化について語られるなかでのお話しだったように思います。
それを聞いていて、自分の感覚を言葉にしてもらえたような気がしました。
私は糸を編んでアクセサリーを作っているわけなのですが、金属みたいにつるっと汚れをふき取ることもできないので、丁寧に使っていても時間が経てばだんだん使用感が出てきます。
そういうものだと分かっていながらも、これが好きなのは「古びていく」というところも気に入っているからなのかなぁと思っていました。
私は自分が好きなものを作るということを大事にしているので、日頃からアクセサリーは自作のものばかり着けています。
5年くらい使っているイヤリングは、やっぱり作り立てとは変わってきます。それを体感しても、これがいいと思うのはなんなんだろう。その答えが先の隈研吾さんの言われていたことと近いなと感じました。
ジュエリー(本物の宝飾品)じゃなくて、もっと気軽なアクセサリーに興味があるというのも、宝石や貴金属の永遠性みたいなものに恐れおののいているところがあるような気がします。
もって100年くらいのこの体と一緒に、あるいはそれより先に、古びていくものに安心を感じているようです。
もう少し時間をかけて、この自分の気持ちを整理していきたいです。「古びます」というだけでは無責任ですし。
でも、言葉にはうまくできていなくても、自分が一番使っているというのが私のアクセサリー作りのポイントなので、なぜか言えないけどこれを可愛いと思ってくれる人に手に取ってもらえていると信じてはいます。
まとめきれない話になってしまいましたが、今日はここまでです。
隈研吾さんのテレビは、アナザースカイでした。
https://www.ntv.co.jp/anothersky2/articles/218d87ha7kuve0haqb6.html
それではまたー。