短編 月影のなき秋にぞ想ふ
短編 月影のなき秋にぞ想ふ
あなたとお逢いすることがなくなって、随分久しくなりますね。
こちらはもうすぐ木枯らしが吹き、秋雨が降り続き、周囲の山々の峰に雪衣を纏わせてしまえば、あっという間に冬となるでしょう。
……あれは偶然だったのか、必然だったのか?
先日、久しぶりにあなたの御姿を拝見いたしました。
天の采配があまりに巧妙であったからか、わたしはしばらくの間、それがあなただと気がつきませんでした。
勿論、今でもそれは明確ではありませんし、その事実を確かめるために、それをあなたに問うだけの勇気は、
今のわたしには・・・
いいえ、おそらくこれからもずっと、わたしには御座いませんでしょう。
わたしがそう感じたのは、わたしが初めてあなたにお逢いしたあの夜と同じように、心も、そして身体も、ガタガタと震え、その震えは指の先へまで及んだからでした。
わたしはその自分の身体の反応から、唯そう思い込んでいるだけなのかもしれません。
あなたの横顔と、振り返ったその時の笑顔は、あなたの営みで溢れていました。
そしてその笑顔がわたしに示していたのは、あなたの瞳に映る、時々の風景であり、あなたの日々に欠かせない人や物や色、香りであり、様々なあなたの心の象でもありました。
そしてそれは、あなたとお逢いしていた時も、また、お逢いすることがなくなった今でもやはり変わらず、わたしとはかけ離れた、遠い遠い異郷の風景でもありました。
テレビのモニターを介してはおりましたが、その御姿を嬉しくもあり、寂しくもあり、懐かしく、その情景の中に溶け込んで、わたしは眺めていたように思います。
あなたは、相変わらずわたしのこころを揺すり、揺らし、その振動は、心から全身に伝わり、わたしの指先まで浸透していきます。
そしてそれが、あなたとお逢いできなくなった理由でございました。
今こうして再び、偶然あなたの御姿を目にしたことが、わたしにどのような影響を及ぼすのか、及ぼさないのか、わたし自身にもわかる術はございませんが、偶然目にしたあなたの御姿を、わたしは自分の心に、刻みつけてしまったのだろうとは思っております。
そして、あなたの瞳が映していた遠い遠い異郷のような景色の中の処々に、蜉蝣のように浮遊するわたしの亡骸をみつけるにつけ、過去であったにせよ、記憶となってしまったにせよ、あなたとわたしが同じ空の下で触れ合っていたことに気づき涙するのです。
”あはれ知る人失ひて久しきを 月影のなき秋にぞ想ふ”
寒い、厳しい季節がもうすぐやってまいります。
どうぞご自愛くださいませ。