「植物は植物として扱うべし」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十七)丸山健二
常緑針葉樹のなかで好きなのは、ツガよりも葉が小さいコメツガです。
これを我が庭へぜひ取り入れたいと思い、知人の許可を得てその山を駆けずり回ったのがもう三十数年ほど前のことです。ありふれた樹木であるのになぜそこまで探し回ったかと言いますと、より小さな葉のものを欲していたからです。つまり、同じ種類であっても微妙に個体差があり、なかには盆栽仕立てが似合いそうな細かい葉のコメツガも稀に混じっていて、それに限りなく近いものを求めました。
二週間ほど山を駆けずり回った果てに、二十数株ほどの若木とも呼べない、高さ三十センチ前後のコメツガを手に入れました。そしてコメツガの庭を想定し、全体に散らばせて植えました。イメージとしては申し分ありません。何しろ、そんな庭など滅多にありませんから。
しかし、現実は厳しく、当初はすくすくと育っていたのですが、やがていかなる薬剤も効果がない、圧倒的にしぶといカイガラムシにやられて次々に斃れてゆきました。生き残ったのはわずか四本でした。その後かれらは、生来の生命力を存分に発揮したのでしょう、無事に生長をつづけ、今では十メートルに迫る勢いです。もちろん、本来の在るべき姿の樹形からすればまだまだ未熟で、迫力に欠けていることは否めません。それでも若葉を出す季節が訪れるたびに、ささやかなときめきを与えてくれ、そうした感動もまた幸福の一部であることを教えてくれます。
育つにつれて葉が普通のコメツガのものと大差なくなるのではと心配しましたが、依然として小さな葉を維持しつづけ、背後に控える蓮華岳の麗容の引き立て役を務めるまでになりました。
しかもなお、「真なる世界とはなんぞや」というもうひとりの私の問い掛けに対する答えを、実像として実証しているように思えてならないのです。
そんなこんなを真面目くさった顔つきで思考する私のことを、タイハクオウムのバロン君が鼓膜破りの甲高い声をもってからかっています。
「やだなあ、小説家って奴は。物事にいちいち屁理屈をくっつけるんじゃないよ」
「植物は植物として、動物は動物として受け止めろ。それ以上でもそれ以下でもないんだからな。そのことをゆめゆめ忘れるなよ」
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