【第4話】 アメリカで韻を踏め!
アメリカに来て一週間ほどたったある日、帰宅すると隣に住んでいる男の子たちが家の入口の前でビールを飲んでいた。暑い夏の日だった。外で飲むビールがやけにおいしそうで、思わず彼らのほうを見るとそのうちのひとりと目が合った。「日本人?」と聞かれた。そうだと答えると、彼らのなかにも日本人がいるから一緒に飲もう、と言う。そういえばここ一週間ずっと緊張しっぱなしだ。一息つきたい。危ないのではないか。そう思ったが、いざとなれば隣なのだし逃げ帰ればいい。思い切って仲間に加わることにした。彼らの家に招き入れられると、大量のビールの空き缶とトランプが床に転がっているのが目に入った。ビールの缶を脇にどかした床にどかっと座って、彼らは談笑しながらまたビールを飲みはじめた。20代前半とみえる男の子が4人。見た目は全員アジア人だ。そのうちのだれが日本人なのか話している言葉のアクセントからは聞き分けられない。たまに飛んでくる質問にビクビクしつつもなんとか会話についていこうと全神経を集中させた。それにしても散らかっている。家具やカーペットの色もちぐはぐだ。おなじつくりの部屋に住んでいるはずだがまったく別物に見える。なにかあったらいつでも逃げられるよう玄関のドアまでの動線をシミュレートしておく。
そのうちにだれかが「ゲームをしよう」と言いはじめた。ゲームをして負けた人はお酒を飲むらしい。いわゆる「飲みゲー」である。アメリカにもあるのか。いつのまにか彼らは輪のような陣形で座り、その真ん中にショットグラスより少しおおきいグラスを置き、ビールをなみなみと注いだ。
最初にはじまったのはこんなゲームだ。まずひとりがあるカテゴリー(「動物」のような)を決める。順番にそのカテゴリーに当てはまるものを言っていき、途切れた人が負け。あ、これはアレだ、とすぐにピンときた。日本人だというミチくんに「山手線ゲームってことだよね?」と日本語で聞いたが、ミチくんは答えなかった。その代わりほかの仲間に「彼女は理解したようだよ」と英語で言った。ミチくんはこのあとも私がどんなに困っても決して日本語を使うことはしなかった。
ゲーム開始。「ポテトチップスの銘柄」あたりはまだよかったが、「スーパーボウル(アメフトの決勝大会)の出場チーム」「メジャーリーグの選手」などになるともうお手上げだ。輪のまんなかに置いたビールを飲み干すのは毎度私だった。このときばかりはお酒に耐性のある家系に生まれたことを感謝した。私の順番がくる。なんのカテゴリを選ぶか困っていると「俺たちがわからないものを選べばいいよ。Pad(生理用品のこと)とかさ」とだれかが言うので、「じゃあPadで」と言ったものの、アメリカに来て一週間の私が生理用品の商品名をスラスラと言えるわけもない。一周回ってきたところで答えに詰まった。また飲んだ。
つぎのゲームに移る。「Never Have I Ever をやろう」と言う。お題を出す人は、自分だけが体験したことがありそうなことを言う。ひとりでもほかにおなじことをしたことがある人がいたら負け。これは圧倒的に私に有利である。「東京の学校に通ったことがある」「空手の黒帯を取ったことがある」「スカートを履いたことがある」無双状態だ。今度は男の子たちが代わる代わる飲む。みんな負けたのにゲラゲラ笑っている。入口のドアのことはもう忘れていた。
さて、今度は韻を踏むゲームだという。韻は英語で rhyme(ライム) だが、英語で韻を踏むとはどういうことか。いまいちわからないが、おそらく単語の最後がおなじであればいいのだろう。「最初は簡単なものから」という前置きがあり、最初の人が 'Player' と言った。つぎの人が 'Slayer' と言う。それぞれの単語を頭の中で綴ってみる。P-L-A-Y-E-R。それから、S-L-A-Y-E-R。私の順番がきた。'Flavor' と言ってみた。それまでノリノリだった男の子たちの顔が急に怪訝な表情になり、'It doesn't rhyme.'(韻踏んでないよ)と言った。韻を踏むって最後の文字(この場合 [r] )を合わせるという意味じゃないのか? 頭が真っ白になる。場をしらけさせてしまった。なにか言わなくちゃ。とっさに 'Mayor' と口に出た。だけどまた 'That doesn't rhyme either.'(それも韻踏んでない)と言われる。観念してまんなかにあるグラスを手に取る。ゲームは続いていく。"Prayer"、"Buyer"、"Payer"。再度、頭にスペルを思い浮かべる。すべて [er] で終わっている。なるほど単語の最後の母音から先が合えばいいのか。順番が回ってくる。'Later' と言う。やっぱり「ちがう」と言われる。ビールを飲む。"Player"、"Slayer"、"Prayer"、"Buyer"、"Payer"、ぐるぐる頭の中で唱えていると、もしかしてと思った。「音」か? お題はつぎへ移っていた。一人目が 'Station' と言う。[ion] の音をとらえればいいのか? 頭の中で発音してみる。[ion] の音とおなじものはなにか。"Station"、 "Nation"、"Action"と続いていく。私の番がきた。'Inflation' と言ってみる。おぉ! と歓声が上がる。「そうだよ! 合ってる!」敵が正解したというのにみんなずいぶん嬉しそうだ。そのあとも"Cat"、"Rat"、"Hat"、"Bat" (【æt】の音)"Clear"、"Near"、"Fear"、"Engineer"、"Disappear"(【ɪr】の音)などゲームは白熱した。長い単語を言うとよりすごいのだ、ということもわかった。
気づけば午前3時になっていた。明確な終わりの合図はなく、だれともなしにダラダラと片付けがはじまり、短く挨拶をしてそれぞれ散っていく。翌日はテストがあったが案の定遅刻した。答案用紙には向かったものの睡眠不足と二日酔いでまったく集中できない。頭のなかではまだ前夜のゲームの続きがおこなわれていた。”Take”と韻を踏む単語はなにか。"Cake"、"Make"、"Snake"、"Earthquake"。テストがさんざんだったであろうことは、結果を見るまでもなかったが、そんなことは気にならなかった。長い一日を終え帰路につくと、隣の家のベランダが目に入る。だれかがビールを飲んでいるようだ。
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