自分の好きなものを他人に知らせる
相変わらず書くことが定まらず、先ほども一本書きかけのエントリのお蔵入りを決定した中の人です。書きかけで一晩経ったらオチを忘れました。脳みそクオリティがニワトリ並みです。
※ヘッド画像は遠藤達哉著「SPY×FAMILY」第一巻からの抜粋です
さて、先日Twitterで面白い話が流れてきました。
会社の若者に「どんな音楽聞くの?」と聞いたら「そんなセンシティブなこと聞かないでください」と言われた。昔とは違うんだなぁ。
ということでした。
この話にはいろんな意見がついており、面白いなと思ったのは「自分の大事なものを知られる様で嫌だ」「伝えたときに優劣つけられたら嫌だ」という意見があって、なるほどなと思ったわけです。
どこかで聞いたなと思ったら
これに類する話をどこかで聞いたなと思ったら、以前「映画を早送りで観る人たち~ファスト映画・ネタバレ――コンテンツ消費の現在形」という本の話をこのnoteでしましたが、そこの一節にあった話でした。そこで語られていたのは「若い人たちは何かに詳しくなりたいと常々思っているが、YouTubeやSNSを見ると自分より遥かに詳しい人が散見されて、とてもじゃないが○○が好きなどと軽々に言えないと感じる」という文脈に添えて「だから何が好きかは簡単に他人に言えない」と結んでいたように記憶しています。(うろ覚えです)
私が若いころは「アニメが好き」とか「電車が好き」とか「アイドルが好き」と言うと「えーオタクー」(当時のオタクは蔑称)と言われる時代で、恥ずかしくて言いにくかったということはあります。判定基準が変わったとはいえ、「誰かにバカにされるのが怖い」というのは人間の本能のようなもので、今も昔も同じなのかもしれません。
先述の話題を出していた方は「相手を理解したいと思って、会話の一つのとっかかりにしたいのに、難しいのだなぁ」とも言っていて、悪意があるわけではないことは申し添えておきます。
面接で聞いてはいけないことは案外多い
何を聞いてよくて何を聞いたらいけないか、最近はハラスメントだのなんだのでこういう話が多いですが、実はもっと前から明確に規定されていた世界があります。それは「面接」です。
採用面接をする際に「信仰している宗教」「支持政党」「親の職業」などは聞いてはいけないのです。これはひとえに差別を防止する観点からできたルールで20年前には運用されていました。実はこれに関連して「好きな本が何かも聞いてはいけない」ということになっていました。(私の知る限りです)
これは当時趣味の欄に「読書」と書く人が多かったことと、本の内容は先ほどの宗教や政党などに密接に関わる場合があるのでダメということになっていました。今はもしかすると若い人はあまり本を読まない傾向にあり、聞いても面接にならないかもしれないので、自然発生的に聞くことは減っているかもしれません。
ということで、「センシティブなので聞いてほしくない」という若者の感覚も間違っているわけではなく、以前から問題になっていたテーマではあるのです。
好きなものを語る人は魅力的
個人的に「オタクは蔑称」から時代が変わったなーと思ったのはTVのアメトークでした。wikipediaによると、2006年にスタートしたこの番組は、当時の芸人人気から「たくさんの芸人を一気に出して盛り上がる」というスタイルのトーク番組としてスタートしました。大人気を博した番組ですが、2009年ごろに「家電芸人」で話題をかっさらったように「何かニッチなことにやたら詳しい芸人に、詳しい人にしかわからないようなトークをさせて笑いを取る」というスタイルが定着します。この辺りはMCの捌きがホントに難しいのですごいなと思いましたが、家電芸人、ガンダム芸人、とたくさんのキーワードを生み出してきました。
この辺りから「大体の場では何の役にも立たない知識」や「ほかの人には理解できない知識」を大量に持っている人(つまりオタクですが)に対するポジティブな反応が出てきた気がします。いやぁ芸人さんの力ってすごいですね。
それから時代は下って現在、「推し活」は普通のことだし、若者の一部からは「自分には好きで詳しくなるようなものが何もない」と逆に悩み始める人が出始める始末で、隔世の感があります。
私はオタクっぷりについては自信があり、かなり色んな無駄な知識を積み上げていますが、どれも結局「好きで見たりやったりしてたら知らぬ間に詳しくなっていた」だけです。小さい子供がウルトラマンや仮面ライダーに詳しくなるようなものです。好きから始まるとは限らず、見てるうちに好きになることも多いので、趣味が無いなどとお悩みの方は取り合えず手を付けてみたらよいのではないかと思います。
というわけで私の最近のお気に入りを聞いてほしい
私はオタク度合いの深浅など気にしないのであけっぴろげにお話しします。笑わば笑え。貴方が笑顔になるなら本望です。笑
今回は私の好きなマンガ。好きであることを知ってほしいというよりは、もし読みたくなったら買ってみて欲しいというのが本音です。作者さんに経済的にも還元されて欲しいと願っているからです。
では一つ目。
Artiste(アルティスト)
パリに住む料理人見習いのジルベールという青年がマルコという青年と出会うことによって道を切り開いていく…という簡単なあらすじにするとありがちなお話なのですが、登場キャラクターが割と多く、その人間模様の中で出てくる葛藤や問題が「他人からはささやかに見えるが、本人には凄く重大な問題」という生きていれば誰しもぶつかるものになっていて、キャラへの感情移入がハンパではない。「あああああああ!あるよなぁぁぁぁぁぁそれ!!!」って何回膝を叩くか。そしてみんながちょっとずつ分かり合ったり、ちょっとずつ変わっていくのです。各話何がしかの問題が一定の解決を見たときのヌケ感が爽やかで重すぎないのが本作の良いところです。必殺技とか難解なストーリーとかそういうものではなく、日常の心の動きを感じたい方、ささいな悩みに振り回されがちな方にお勧めです。
図書館の大魔術師
ファンタジーものです。大きな戦争を経験して平和を取り戻した世界。本を通した知識はあまねく共有されるべき、と図書館を通して知識を管理することで安定した社会で、貧しくも本好きの主人公シオ=フミスは運命的な出会いを経て中央図書館の職員を目指します。しかし戦争後の多民族世界には差別や民族対立が山盛りで…。
現在の私たちの世界も民族差別や戦争が再燃しているので身につまされます。差別されたことがたくさんあったからこそ前向きに進む主人公の姿が刺さる作品です。各部族民族の風俗装束や宗教の設定がめちゃくちゃ細かくリアリティがあり、作者の世界史が好きが伺えます。「他人が自分とは違う」と分かった時、どうするのか。難しい問題ですよね。
ボールルームへようこそ
競技ダンスを描いた作品で、この後漫画界ではダンス物がちょっと流行った先駆けです。私はアニメから入ったんですが、その出来が素晴らしく、後から原作に進みました。作者も競技ダンス経験者のようですが、それに加えて武蔵野美術大学のご出身であるせいか、めちゃくちゃ人体デッサンが上手い!だからダンスシーンがとにかく美しい。
マンガというのは大体ディフォルメ(描きやすく・読みやすくするための変形)されているものですが、本作は昔の劇画調(北斗の拳とか)とはまた違う、鍛え抜かれたダンサーの写実的な美しさが激しい動きの迫力とともに迫ってきます。井上雄彦先生のスラムダンクやバガボンドに近いです。格闘技でもない、ボールも使わない、それでもこんなに凄まじくも美しいスポーツがあるのだと知りました。
最近電子コミックの隆盛とともに、漫画の作者は増加傾向にありますが、案外デッサンをキチンとできている人は少ないです。勿論デフォルメされたかわいい絵柄が好きなのだという方もいると思いますが、絵からストーリーに引き摺り込まれる作品に興味がある方はぜひ。
乙嫁語り
私の中で「何でアニメ化しないんやランキング」筆頭です。多分理由は考証がしっかりしすぎててとんでもない作画コストになるからだと思うのですが…。
本作舞台は19世紀あたりの中央アジア、部族同士のつきあいで夫12歳妻20歳という年の差夫婦となることになったカルルクとアミル。この二人を中心に様々な夫婦の話がオムニバス形式で連なっていく作品です。平和なシーンばかりの作品かと思いきや、部族同士の諍いや、領土を圧迫してくるロシア帝国の影などハラハラする要素もしっかりあります。
作者の森薫さんは「エマ」という英国のメイドの作品で有名になった方ですが、メイド文化であれ中央アジア文化であれ、好きになったものは半端なく調べて描き込む方なので、その世界の空気感さえ伝わってきます。これがアニメ化の障害になっている気がしなくもないのですが、作品の大きな魅力であることは疑いようがありません。ファンタジックというにはリアルな、それでいて便利な機械など出てこない世界での「結婚するのが当たり前」「親の差配で結婚することも多い」そんな世界にもある素朴な恋模様の作品です。
そして、この乙嫁語り、6月23日までですが姫路文学館で原画展をやっています。お時間ある方はぜひ。中央アジアが描き込まれまくった原画が見れますよ!
他にもまだいっぱいあるんですが、万人受けしないものもあるので、こんなもんでやめときましょうか。
この夏も暑くなりそうですから、エアコンのきいた部屋でマンガ読むのもいいと思います。あ、お昼にそうめん食べる時にはウチのつゆでお願いします。笑
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