物語を紡ぐ作業
最近映画を見たり小説を読むように意識しはじめたことについて。
元々文章を読んだり書いたりするのは嫌いではない
私は子供の頃からそんなに本は嫌いではありませんでした。凄く本を読んだ時期と、ホントにマンガしか読んでなかった時期があり、ムラッ気も凄いんですが、基本的に読むことも書くことも苦ではありません。
ところが、社会人になってからは仕事柄もあって、報道記事や専門のレポートにばかり目を通すことが多く、手に取る書籍も新書や専門書に偏りがちでした。読みたいから読むというよりは、必要だから読むに傾いていたわけです。
それはそれで悪いわけではないし、元々好奇心の赴くままに、知識欲のままに読んでいたので、満足していたのです。とはいえ、中学生が薬物依存の本部屋に転がしてたら親は肝が冷えたんじゃないかとは思います。笑
(薬物別の中毒性と毒性を整理した弊害学習目的の新書本です念の為)
「読む」「書く」と「語る」は違う
会社を率いる身になると(人を率いる様になると)少し事情が変わってきました。集団の力を活かす為には方向を決めなければなりません。「俺達はこっちに向かっていって、こーゆー存在になるぞ」というやつですね。いわゆる目標や目的というやつです。しかしこれは「具体的にどういうことなのか」「なぜそこなのか」を説明し、関係者にある程度は納得させなければなりません。
会社の方向を決める時には、これまで培った情報や知識、理論が中心になります。そうでなければ導き出されませんし、ノリと勢いだけの半丁博打のような方針などもってのほかです。が、散々考えに考え抜いた、調べに調べまくった内容を突然話して、1回で全員に理解させるなんてことは不可能です。こっちは何日も何週間もかけて考えており、聞かされる側は前提となる知識も全然無いのですから、いきなり聞かされてもキョトンですよ。
必要な要素だけ抜き出して、出来るだけ分かりやすいように「語ら」ねばなりません。「はー。なるほどなぁ。そう言われれば思い当たることもあるし、生き残るにはそうするしかないかもしれんなぁ」と思わせる必要があります。「理解」とは別です。理解にはもっと時間がかかるし、話を聞くだけでは無く、実際にやり始めてわかることも多いのです。必要なのは「おっしゃ、じゃあ取り敢えずその方向でやろか」と思う「納得」です。
物語という技術
物語には色々な技術があります。「起・承・転・結」や「三幕構成」、「葛藤」、「カタルシス」など、どうやら挙げたらキリが無い様です。「小説の書き方」なんて本も沢山ありますよね。私達は今「物語性」(ナラティブ)がやたらと求められる時代に居ます。小説を書いて出版するようなことが無くても、先述の小説のような物語を作る際の技術を多少なりと使いながら物語性を持たせるとコミュニケーションがすんなりいくことが多いのです。
「1+1は2」だ。「1+1+1は3」だ。だから「2+3は1+1+1+1+1だから5だ」という話(これを三段論法といいます)をしていても、それが正しくても伝わり難い。こういった論理的に話を積み上げていくのは「学術論文」の話法です。ルールを分かっている人同士(つまり研究者や学者)では効率的にこれに勝る議論の仕方はありませんが、一般的な人たちはそのルールを知らないのでとても難解に聞こえてしまうのです。
ですから小学校の算数の教科書にはこう書いてあります。
「みかんが2個あります。ここに3個もらって来ると何個になるでしょう?」
子供達にはとたんに分かりやすくなります。きっと自宅のテーブルの上を想像するでしょう。「1が5つある」と考えるよりも「自分が食べられるみかんが何個になるか」と考えた方が分かりやすいのは、イメージしやすいからです。
これと似たような方法を使った方が、仕事でも家庭内でもコミュニケーションが上手く行くことが多いと思っています。
実はどこでも使える物語性
誰かを説得したい場合、注意したい場合、諭したい場合、色んな場面で実は論理的な正論や感情論を吐くより、お話っぽい仕立てにした方が伝わりやすいことは多々あります。大仰な話にしなくても「例えば~」という話に置き換えたり、「今話題の○○の事件と本質は大して変わらないじゃない」と言えるとグッと伝わりやすくなります。例を挙げます。
今色んなものが値上がりしている関係で当社も値上げをお願いするケースが増えていますが、
「会社も厳しいので何とかお願いして来なさい」
と言うのではなく、私は
「例えば醤油は「味をつけて美味しくする」以上の機能は無い。それが変わらないまま値段が上がるというのはなかなか納得して貰えないだろうと思う。個々には皆さんの判断に任せるが、お客さんによっては「作る量を大きくして少しでもコストダウンする」ことや「他のことにも使える味に仕立て直す」こと、「配送する量を見直して運賃を節約する」ことなど、少しでもお客さんにメリットがあることを提案して、結果私達の採算も改善するような話をしたら良い。その為の原価計算や見積もりのやり直しの手間は全社で協力してお客さんに提示できるようにすることは約束する」
という指示を営業部員にしました。彼等とて値上げの話は相手の機嫌も悪くするのでしたくありませんから、この指示を受けてあれやこれや色々と知恵を絞って頑張って交渉してくれているようです。ここで私が使ったテクニックは「具体化」です。こうすれば彼らはやるべきことがイメージしやすく、彼らなりの自社やお客さんの知識を合わせてアイデアを考えやすくなります。
物語性はゼロからは生まれてこない
こういったやり方は私がひらめいたものではありません。私がどこかで見たり読んだり聞いたりした中で「この人、この作品は読みやすいなぁ聞きやすいなぁ」と思う中で少しずつ私の中で積み重なっていった結果です。その為には色んなお話に触れている必要があります。本でも映画でもマンガでもゲームでも何でもよいのです。全てがいい作品とも限りません。見てみないと分かりませんから。でも「あれはいい作品だったなぁ」「あれはイマイチ面白くなかったなぁ」と思っても、どこでそう思ったのかを考えてみると、割と自分の話に生かせそうなことがあります。「何かを学ぼう」なんて肩ひじ張った感じでは無く、ただ「浴びる様に次々と接する」ことによって得られるものがあると思います。現にこのnoteもダラダラととにかく続けることを目標に書き続けた結果が最初の頃よりまとまりが良くなってるはずです。はず。笑
そんなわけで、ちょっと一回新書とか読みやすいものに手を出すのを我慢して、映画や小説といった物語がしっかりしたものに努めて触れるようにしています。続けていればいずれ良い積み上げ効果もきっとあるでしょう。続ける為にも無理はしません。1日何本とかノルマは課しませんし、信じられないかもしれませんが、映画を小分けに見るのもしばしばです。集中力持たないんですよ老化で。笑
それでもやってると良いものにも出会います。先日NETFLIXで見た「ある男」という映画は考えさせられるとても良い映画でした。見た後こんな複雑な気持ちになるのは邦画では「おくりびと」以来かなぁ。あまり映画見てこなかったこともあるかもしれませんが。興味がある方はトレーラーを見て、作品も是非どうぞ。おすすめです。俳優さん達の演技がどなたもホントに素晴らしいんだ。日本アカデミー賞総なめにしたのも分かります。
こういったものに触れながら、のちのちこのnoteがまた更に良くなる日が来ることを(いつか分からんけれども)ご期待ください。
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