兵站(へいたん)
ウクライナで理不尽な戦争が始まってしまいました。いかなる問題であれ戦争という手段で解決できることは何もありません。ロシアには即時の停戦撤退を求めます。
さて今回は戦争の話をするのではなく、戦争から派生したものの話です。有名な話ですが、今では誰もが使うインターネットは元は軍事技術です。携帯電話による通信も、皆さんが通販でクレジットカードを使う時の暗号通信も、全部元は軍事技術です。
具体的な技術だけでなく、戦争で用いられる考え方を、ビジネスの競争での参考にしようという動きは昔からあります。元々古代中国の兵法書である「孫子」が今でも読まれているのはその証左です。そして今回扱うテーマ「兵站(へいたん)」もその一つです。
兵站とは?
兵站とは別名「ロジスティクス」と呼ばれます。分かりやすく言えば「補給線」のことで、実際の軍隊では弾薬・燃料・補充・食料・修理部品・交替要員など活動を継続する為に必要なものを届ける後方支援機能のことを言います。そして実は最も重要な機能の一つがロジスティクスと言われます。
紀元ころから5世紀ころの間、今でいう所の北はイングランド、西はスペイン、南は北アフリカ、東はイラクのあたりまで支配した「ローマ帝国」という強国が存在しましたが、「ローマは兵站で戦に勝つ」と言われました。国内に街道を整備し、国境の駐留軍はネットワーク化されており、援軍や物資の輸送が極めて速かったのです。
兵站は戦局を左右する
現代においても兵站は戦局を左右します。かつて日本は愚かな戦争をしましたが、太平洋戦争では伸び切った補給線を攻撃されて前線には物資が届かず前線に兵士は張り付き、対する米国は負傷兵を本国に戻して交替要員を前線に送り込む余裕がありました。結果は皆さんご存じの通りです。
現在起きている悲劇的な戦争においても、一部の報道ではロシアの軍隊が補給が覚束ない状態なのかもしれないといった話もあります。恐ろしい話です。
国際的な非営利組織(NPO)である「国境なき医師団」は医師や看護師以外の募集として唯一「ロジスティシャン」という職業を置いています。衣料品や食料を被災地や紛争地帯に送るプロを募集しているわけです。こういうことからも如何に兵站が重要か分かりますね。
凄惨な話が続いてすみません、ビジネスの本題に戻ります。ビジネスでも当然競争をしていますから、兵站の概念はとても大切です。例えば、増産や開発商品が増えた時の、生産現場員や開発部員の適切な人数は確保できているか、教育は出来ているか、増産する時の材料は確保できるのか、問題が起きた時の代替手段は確保できているか、などです。
ビジネスで兵站が破綻するとどうなるか
戦いであれば兵站の失敗は勝敗という形で現れますが、ビジネスの場合はどうでしょうか。それは「多大な残業が常態化してメンタルを壊す人が出てくる」「忙しすぎて怪我をする人が出てくる」「機械が壊れる」「欠品する」「責任を押し付け合って社内が殺伐としてくる」「品質が保証されない」「赤字になる」といった形で現れます。
従って、私の様な経営者の仕事は「これから自分たちのビジネス環境はどうなりそうか?忙しくなりそうか、暇そうか」「断るべき依頼はどのようなものか」「今の負荷状態はどれくらいか」「要員が不足する場合どのようにして確保するのか」こういったことを考え、的確な判断を下して指示を出すということに尽きます。もちろん「将来に向けて取り組むべきことは何か」「社会から求められる規制や管理基準に適応できているか」「競合はどうしているか」など他にも考えることは沢山ありますが、どれも兵站が整って保たれていて初めて対策できることです。
今まさに普段からの兵站管理が問われる時代に
値上げの話の時にも触れた気がしますが、食品製造業は鉄道会社や電力会社と同様インフラ業だと思っています。「いつでも買うことができる」と皆さんに感じてもらうことはとても大切なことです。その為には兵站を平時からちゃんと整えて、安定して供給する体制づくりをしておかねばなりません。これを供給責任と呼びます。
これまで食品業界は、どちらかというと同業他社が多く、忙しくなるというよりは価格を下げて競争するほかないというケースの方が多い様に思われました。ところが、この「物資が高騰し手に入りにくくなる」という時代が来たということはここ30年ほどで初めてのことです。調達能力も含め、どうやって供給責任を果たしていくかは大きな課題です。
これまではデフレの時代が長く、「如何に沢山生産し、安く作るか」ということが重視されてきました。スーパーのプライベートブランドがその最たるものです。あれはあれで必要とされるものですから悪いわけでは無いのですが、原料の高騰という事態には極めて弱い製品で、作れば作るほど赤字が増えるという現象が起きます。当然値上げもせずそのまま継続するということは非常に難しくなるでしょう。
食品偽装や品質データ改ざんなど最近良く聞く事件を見るにつけ、あれも兵站が破綻したまま放置された一つの結果だと思うことがあります。
物価の高騰や、規制の強化が続く昨今を見て、これまでどうやって兵站を整えて来たか、そしてこの先をどうみて兵站を鍛えていくか、そういうことが問われる時が来たなと思います。
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