『アンジョーヤリーナ』が私の人生を少〜し変えた
号泣するくらいの感動を 一生一度の冒険を
味わいたいんだ それは贅沢じゃない
愛せ 君の人生 アンジョーヤリーナ
こんなにも人生を真っ直ぐ肯定してくれる歌詞があるか??
私は今会社の昼休み、冷暖房も曖昧な真っ白いフリースペースの椅子で、何故だか昨晩眠れなくて3割も動いていない脳みそから文章を垂れ流しています。
そんな夢も希望も無い私をも照らしてくれる、優しくてあったかい曲。アンジョーヤリーナ。
この記事はずっと私の話になってつまらないと思うけど、アンジョーヤリーナが変えてくれたひとつの人生の話として記録しておきたい。
だからこの記事は、レポとか考察ではなくて『アンジョーヤリーナ』に寄せたエッセイということにしている。
これを読んでくれる人がいたなら、あなたの人生の話も聞いてみたい。重岡くんがよく言う、「みんな同じことで悩んで、同じようなものと戦ってる」をもっとリアルに感じたいの。
生きるって大変!
有難いことに五体満足だし概ね健康、私は恵まれた生まれだと思う。
田舎に生まれたけれど親のお金で大学まで行かせてもらって、バイトしたお金のいくらかは遊びに使えた。こんなに有難いことはない。学費の心配もご飯の心配もせずに生きられる。
なのにどうしてか、私は変に悩みやすい性格に育ってしまった。「なんでも人並みにくらいできなきゃ」の呪いが、特に大学に入ったあたりで強くなった。高校までは勉強さえ出来れば評価される環境で、幸い勉強だけは少しできたから良かったんだと思う。でも都会の大学に進学したら、全く違う世界だった。
入学式でもう気の合う人を見つけて、毎日遅刻せず授業に出て、サークルに馴染んで人を笑わせて、可愛くてオシャレで、ひとつふたつ得意なことがあって。周りの人が皆そんなふうに見える。
そのくせ私はオシャレもメイクも分からない、地元にひとつだけあるショッピングモール以外どこで服買えば良いの。同じ高校出身で同じサークルに入ったあの子は先輩にすぐアダ名をつけられて、私は面白くないからいつまでもさん付け。大学の研究って何すれば良いの? 就職先ってどうやって決めるの? 私は何を武器にして、どこに居ることなら許される?
毎日色んな人の真似をした。ダサくない服を着てメイク道具をたくさん買って、料理やお菓子を作って、それらしい時期になったら就活をして、女の子の前では赤裸々に恋愛話と失敗談を語り、男の子の前では何もなくともにっこり笑う。基本的に明るく笑っていた方が他人は優しい。パンケーキの焼き方。ご飯の炊き方。ベースメイクの順番。
ひとつひとつ、本当なら中高生くらいで自然と学んでいそうなことを今更に言語化して学習した。やっぱり私は「勉強」しかできないんだなあ。
でもそのおかげで、未だに何かと失敗する事はあるけど、きっと今普通の社会人ができている。
普通自体が難しい時代に
もがき続ける僕ら一体なんなんだ
余裕で笑える人は別世界で
パリピだリア充だ やかましいわ 黙ってくれないか
真面目だね、って言われても困った。私は生まれ持っての資質が良くないから、この程度の努力はしないと人並みでいられない。
というか他人が見てない所では思い切りサボってるから実は真面目でもない。今の仕事だって、本当はもっと資格勉強も作業の細部も作りこんでやらなきゃいけないのにやり切れない、そのくせ家も汚い。
自分の中の「普通」を満たすのって、大人になってもすごく大変。
WEST.を知って数週間後だったか、初めてアンジョーヤリーナを聞いた時、このパートをよりによって特段顔が綺麗でキラキラアイドルの藤井・小瀧が歌うのかよって笑った。どう見たってパリピでリア充の顔してるやんけ。
いいな。
私もほんとは楽しいことを仕事にしたかった。文学が大好きだから本に携わる仕事をしたり、人の役に立つのが好きだから芸能マネージャーもいいな、なんて。誰しもそのくらいの夢、見るでしょ。
でも実際は、そこそこ回る頭を活かせて、辛くないけど楽しくもない、生活に困らないくらいにはお金を貰える仕事に就いた。何度も転職を考えるけど、この安定を手放せないまま何年も経つ。そんなんじゃ夢を叶えるどころか夢を見ることすらできやしない。今やりたいことを考えても、「できるのか? どうせやらないだろう」って声がする。
このまま変わり映えしない人生を送って何となく死ぬのかなって、数年働いてふと怖くなった。
そんな時にWEST.にハマったことに、私はすごく後ろめたさがあった。一生懸命輝く人を見て応援して、それで喜びを得るなんて失礼な気がして。
自分は何にも熱中できず立ち止まったままのくせに、他人様の努力を消費して楽しんでる。自分に夢が無いからって、他人様の夢に相乗りして勝手に感動して。
そうされるのがアイドルって存在なのかもしれないけれど、私は手放しに受け入れられなかった。そんなの推しに失礼だ。
ごめんなさいごめんなさい、って思いながら、でもあの7人の楽しそうな姿を見てしまった日から目を離せなくて、届きもしない謝罪と応援の言葉が溜まっていく。
そんな時にYouTubeで「アンジョーヤリーナ」を観たんだった。
日常はそんなにド派手じゃない
ルーティンワークは間違いな訳じゃない
君の毎日に 君の日常に 影がさしたら呼んでおくれよ
びっくりした。月並みすぎる感想だけど、私のド真ん中に刺さる歌詞だと思った。きっと理由は違えど皆がそう思える曲だからこの曲は特別愛されているんだろう。
毎日大した進歩もしないで、ただ日々の仕事をこなすだけの私でも、彼らを応援していいのか。
歌って踊る彼らを見て感動したいと思っていいんだろうか。アイドル本人からそんな、そう受け取れる言葉を貰える事があるのか、私ごときが。
号泣するくらいの感動を 一生一度の冒険を
味わいたいんだ それは贅沢じゃない
愛せ 君の人生 アンジョーヤリーナ
驚いている間にも次の歌詞が、都合が良すぎるほど今欲しい言葉が飛び込んでくる。私のようなものでも彼らの歌を聞いて泣いてもいい、その体験を人生で一番楽しかったことだと思ってもいい、のかもしれない。
ファンクラブにようやく入会した。こんな私でも冒険に連れて行ってくれるなら、一番端っこの最後尾でいいから、彼らの目指す場所を私も見たい。
今でも仕事は辞めてない。人生の目標も見つけられてない。
相変わらず大した変化は無いままでも時間は進んでて、その間に私はちょっと大きな仕事を任されたりして、今の会社で目指す立ち位置が見えてきた。それはそれですごく大変。未だに私は怠惰だから仕事も不足だらけだし、そのくせしっかり落ち込むし。
プライベートはWEST.でいっぱいになって、彼らの事をもう少しよく知った。
今年でデビュー10周年。芸能生活で言うと20年くらいになるらしい。あんなに綺麗な小瀧くんも流星くんも、明るく元気な重岡くんや照史くんも、表現の才に恵まれた淳太くんや濵田くんや神山くんも、いっぱい悩んで苦しんできたことを知った。
あの事務所でデビューできるほどに綺麗で魅力的で才能ある人達でも悩むんだ。そりゃそうか。
というか、悩み抜いて努力した結果が今の華やかな姿なのか。そうだよね。勝手に羨んでごめんね。
この記事の書き始めも昼休みだったけど、あれから仕事の合間や退勤後に書き進めて、今は数日後の昼休み。
午前中に例の大きいお仕事の会議が終わって、たくさん話して疲れ切ってるけどやることは山積み。毎週定期開催の会議だから、毎週資料準備して会議して報告資料作る。ひと段落する間もなく、また次の準備して会議して結果まとめて。
繰り返す。しんどい。最終的に何が出来るかまだ分からない。うまく結論がまとまらなければ、何百時間もの私の頑張りは全部無駄になる。もしうまくいったら嬉しいかな。どっちにしても期日が来たら終わって、また別の仕事が始まる。繰り返し繰り返し。
感動も冒険も無いけど、不思議なものでこの生活も嫌いじゃなくなってきた。ほんの少しずつでも出来ることは増えていて、1ミリくらいは誰かのためになる仕事ができている。
そう思えているのは、「やりたい事があればやってみよう」と思えているからな気がする。どんなに無謀でも不安定でも、夢を追いたいと思っていい。輝かしい人生を夢見ていいと大好きな人達に言ってもらえてから、少しだけ変化が怖くなくなった。何か素敵なことを見つけたら、仕事も住む場所も好きに変えていい。
そう思うと何故だか今の仕事も頑張れるようになる。気の持ちようでしかないけど、「選ぶ勇気も無いから仕方なくここにいる」と、「どこにでもいける状態で今この場所を選んでる」とでは、大分違うみたい。
いつでも去れる場所だけど、自分の強みを活かせて自分で選んだ仕事だからまだここに居る。せっかく人並みに振る舞えるよう頑張ってきて、そうやって身につけた愛想や知識や見た目を褒めてくれる人がここにはいる訳だし。つくづく私は環境に恵まれてる。
今はまだ、WEST.が見せてくれる景色が一番キラキラしてるような人生です。歌もお芝居もお笑いも、私の生活でこんなに楽しいものはない。毎日すごく面白い。
でもいつかは必ず、きっとそう遠くないうちに、私の冒険を始めたいって思う。ライブや動画の興奮なんか目じゃない、私の人生にしかないキラキラを探すような。それは新しい仕事か、趣味か、それとも結婚や出産なのか、もっと想像もつかない何かをしたくなるのか。全然見えてはない。
具体性も現実味も無い「キラキラ」を追い求めるこんな人生、案外ちょっと楽しい。ありがとう、WEST.。
あんじょーやるよ。