あなたはこうやって結婚生活に失敗する(12)の2

ある日のおかず。その日はカレーライスでした。あなたは奥さんがよそってくれたカレーを見て違和感を持ちます。ひとつひとつのジャガイモが大きいのです。しかも、お肉がサイコロ状なのです。あなたが子供の頃、あなたのお母さんが作ってくれたカレーライスのジャガイモは一辺が2センチくらいの大きさでした。ましてやお肉がサイコロ状の形だったことは一度もありません。

あなたはカレーライスを口に入れながら奥さんに聞きます。

「カレーライスの作り方は誰から習ったの?」

「母よ。うちの母、カレーにはうるさかったから」

あなたは結婚前にグルメを気取って奥さんと食べ歩いた頃を思い出していました。イタ飯、フランス料理、ベトナム料理…。あなたは気づきます。

奥さんとはよく食事に出かけましたが、それらの多くはいつもかしこまった料理でした。いわゆる家庭的な料理は一度もなかったのです。庶民的なお店にも行きましたが、そうした店のメニューもやはり新し物好きや珍しい料理を好むお客さんに出すのに相応しい料理でした。

確かに、あらたまった料理、レストランで食べた料理などプロが作る店で食べた料理の味については二人の感想は一致していました。けれど、家庭で食べるような料理は一度も一緒に食べたことがなかったのです。あなたは結婚して初めて家庭料理の味について奥さんと違いがあることを知りました。

あなたはカレーを半分くらい食べたあとに奥さんに言います。

「このカレー、ちょっと違うんだよね」

「なにが違うの?」

「あのさ、俺が食べていたカレーと違うんだ」

あなたが言うと、奥さんの表情が一瞬こわばったのがわかりました。誰でも、自分が作った料理に難癖をつけられてうれしいはずはありません。奥さんは遠慮しがちながらも反論します。

「でも、カレーは料理の基本中の基本だし。私のお母さんはいつもこういうカレーを作ってたのよ」

奥さんとしては、自分の母親が否定されたように感じたのかもしれません。しかし、あなたが奥さんの作ったカレーを認めてしまうことは、反対に、あなたのお母さんを否定することにつながってしまいます。

あなたはつい言ってしまいます。

「俺はお袋が作っていたカレーが本当のカレーだと思うな」

奥さんは少しあなたを嘗めたような表情で微笑み、諭すように言います。

「あなた、いつまでも親に縛られているのはちょっと問題よ」

あなたはこの奥さんの言いようにも不快感を持ちましたが、それよりも強い憤りを感じたのは奥さんの「人を馬鹿にしたような表情」でした。あなたは今までの鬱憤を晴らしてしまいます。

「あのな、今まで我慢してたけど。あの味噌汁はなんだ。あんなもの味噌汁じゃないぞ。百歩譲って味噌汁だとしてもだよ。あれは、朝っぱらから飲めるしろものじゃないぞ。人が我慢してるのも知らないで」

…よく言いますよね…。売り言葉に買い言葉。

「あなたこそ、なによ。どうして朝ごはんの前に歯を磨かないの? そんな不潔な口の中で味噌汁の味がわかるわけないじゃない」

そうでした。あなたの習慣は、歯を磨くのはご飯のあとでした。それがあなたの育った家庭だったのです。しかし、奥さんの育った家庭環境は違っていました。歯磨きは、朝起きて一番にやる行為でした。

あなたは、奥さんが場違いなことを言い出したことが不愉快極まりないものに感じました。あなたはさらに怒りが募ります。

「そんなこと言うんだったら、なんだ、あのパン」

「パン?」

「そうだよ。食パンの焼き具合だ。あんなの焼いたうちに入らないだろ。あれじゃ、マーガリンなんか塗れないじゃないか」

「食パンはね。焦げすぎると味を損なうのよ。それより、朝食をパジャマで食べるのは簡便してよね。だらしないの、嫌いなの。私」

「自分の家でくつろいだ格好でご飯を食べてどこが悪いんだ。家はな、くつろぐためにあるんだよ」

「あなた、親しき仲にも礼儀あり、って知らないの? 冗談じゃないわ」

奥さんは話しながら声が上ずり身体が震えていました。ヒステリックに叫ぶと勢いよく立ち上がりそのまま外に出て行ってしまいました。

あなたはあなたで怒りが収まらずスプーンをテーブルに投げつけ部屋に入ってしまいます。

その夜、奥さんは帰宅することはありませんでした。

翌日、あなたはちらかった台所のテーブルを横目に見ながら会社に出勤しました。人間は中途半端に怒りを発したままだと、スッキリするどころか怒りが頭の中で渦巻いてしまいます。あなたはその日、一日中気分が晴れませんでした。

仕事を終え、あなたは足取り重く家路に向かいます。マンションの外から部屋の窓を見ますが、電気は点いていません。あなたは鍵を開け、玄関に入ります。真っ暗な玄関を通り、外の明かりが僅かに照らしている台所に入ります。あなたは電気を点けました。そこには、あなたが朝出かけるときに見た光景がそのまま残っていました。

あなたはしばらく立ち尽くしたあと、思います。

もう、無理だな。

あなたはこうやって結婚生活に失敗します。

結婚生活は日常です。高級レストランで一緒に食事をすることは非日常の世界です。非日常の世界でどれだけ感覚が同じでも、日常生活の中で感覚が違うなら結婚生活がうまくいくわけがありません。日常生活において欠かせない食事という風景、そこでの違いを「たったそれくらい」と思うなかれ! 夫婦が大喧嘩をするときって、些細なきっかけから始まるのがほとんどです。

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