あなたはこうやって結婚生活に失敗する(16)の1

結婚22年

おめでとうございます。あなたは奥さんと結婚して22年過ごすことができました。この事実は、紛れなくあなたが必死に努力を重ねてきたからにほかなりません。一生懸命仕事に励み、生活費を稼ぎ、それをなんの疑いもなく家族のためにつぎ込み、そして当然のごとく家事も分担し、浮気をするでもなく賭け事にのめりこむでもなく、休日を平凡に過ごし、ただひたすら地道に生きてきた結果です。あなたは家族に、特に奥さんには感謝されこそすれ虐げられる理由はこれっぽっちもあるはずがありません。あなたは家族の大黒柱として立派に役割を果たしてきました。

今から22年前、あなたと奥さんはお互いに惹かれ合い愛を育んで結婚に至りました。当時、奥さんはなによりもあなたを優先させあなたのために尽くすことが生きがいでした。そして、それにあなたも応えるだけの愛情を注いでいました。現在はと言えば、20年も時が流れていますので「当時ほどの愛情を持っているか」と問われれば確かに少しは減ってはいます。しかし、だからといってそれまでの22年間に積み重ねた愛情が些かも否定されるものではありません。

そんな22年間を経た日を過ごしているあなたですが、最近少し不満に感じることがあります。それは奥さんのあなたに対する接し方です。以前に比べて「粗雑」なのです。もっとわかりやすく言うなら、あなたを「軽んじて」いることでした。

例えば、一緒にスーパーに行ったときあなたが食べたい食材を言うと、わざとそれをはずしたおかずを作ったりしていました。あなたは、最初は単なる「偶然」かと思っていました。しかし、そうしたことがあまりにも続くので、あなたは奥さんが「故意」であることに気がつき始めていました。

また違う日に、スーパーに一緒に行ったとき、奥さんはあなたに2つの食材を示しながら「どっちがいい?」と聞いてきました。あなたがそのうちの1つを選ぶと、必ず「でもね」と言いあなたが選んだのと違うほうの食材を買うのでした。こうしたことも1度や2度ではなく毎度のことでした。あなたは心の中で思います。

「どうせ、いつも俺が選んだのと違うものを買うんなら、わざわざ俺に聞くな!」

しかし、あなたは口に出して言うようなことはしません。なぜなら「大人気ない」からです。

いつからでしょう。あなたは晩ご飯のおかわりを自分でするようになっていました。それは、奥さんに「おかわり」をお願いすると奥さんがあからさまに「不愉快な顔」をするようになったからです。そして、終には「自分でやって」と言われる始末でした。

また、いつからでしょう。奥さんは晩ご飯のときにあなたが飲む「お茶」も用意しなくなりました。あなたは晩ご飯を食べるとき、席に着く前に自分でお茶を入れるのが慣わしになっていました。奥さんは、晩ご飯の支度をするだけで自分の役割は終えている、と思っているようでした。それ以上のことはあなたが自分でやるのが当然と考えるようになっていました。22年前、あなたの身の周りのことをかいがいしく世話をすることが生きがいだった奥さんはどこかに消えていなくなっていました。

奥さんは「あなたに尽くすこと」をしなくなりました。このことは奥さんが「男女平等」を主張しているのかもしれません。今の時代は「亭主関白」などという言葉は死語となっていますし、男性でも家事に協力するのは当然という世の中になっています。ですので、奥さんがあなたにお茶を用意しなくてもそれはあなたに対する愛情が薄くなったこととは関係ないかもしれません。

しかし、あなたには腑に落ちないこともあります。それは、奥さんが「あなたのお茶は用意しません」が、息子さんが晩ご飯のときに飲む「ミネラルウォーター」は用意をすることでした。

「どうして夫のお茶は用意しないのに、息子のミネラルウォーターは用意をするのか?」 それがあなたの最近の不満でした。

あなたは決して、家父長制度を声高に叫ぶタイプの人間ではありません。学生時代も運動部に属していたわけでもありませんし、儒教の影響を受けたこともありません。あなたは家庭でも民主的な父親でした。娘や息子を頭ごなしに叱りつけることもしなかったですし、奥さんを見下すような態度をとったこともありません。奥さんの気持ちを最大限に尊重し家族みんなで仲良く暮らすのがあなたの考える理想的な家族でした。

ある日、あなたは奥さんと二人で晩ご飯を食べていました。たまたまその日、娘さんは友だちと外で食事をすることになっており、息子さんはまだアルバイトから帰ってきていませんでした。元々、息子さんはほぼ毎日バイトが終わるのが遅く土日を除いては一緒にご飯を食べたことがありませんでした。普段から平日は奥さんと二人きりで食事をしていたのです。

その日のおかずは「肉じゃが」でした。あなたは「肉じゃが」が大好物というわけではありませんが、好きな部類のおかずでした。あなたの大好物はお肉です。お金さえ余裕があったならあなたは毎日でも分厚いお肉を食べるでしょう。それほどお肉が好きでした。

しかし、我が家が贅沢を言えるほど余裕がある家計でないのはあなたも承知していますので「肉じゃが」でも「充分立派なおかず」と考えていました。ですので、あなたはなんの不満も感じず、寧ろ幸せを感じながら晩ご飯を食していました。

あなたはご飯のおかわりをするために食卓から立ち上がり炊飯器の置いてあるキッチンに行きます。ご飯をよそい、なにげなく炊飯器の横を見ると、ステーキが1枚乗っているお皿を見つけます。お皿にはラップがしてありました。あなたは一瞬、奥さんが「出すのを忘れた」のかと思いました。しかし、1枚しか乗っていない意味に気がつきます。あなたは奥さんのほうを見ました。奥さんはテレビを見て笑っていました。あなたはなにも言わずに席に戻ります。

夜、あなたは居間でひとりで新聞を見ていました。そこへ息子さんが帰ってきます。奥さんが猫なで声で「すぐに食べる?」と尋ねているのが聞こえてきました。

しばらくして、あなたは息子さんが晩ご飯を食べている台所に向かいました。台所の食卓では息子さんが食事をしている最中でした。向かいの席には奥さんが座り息子さんが食べている様子をうれしそうに見ていました。あなたは水を飲みにきたように装いながら食卓の横を通ります。通り過ぎながらあなたは食卓に並んでいるお皿を確認します。食卓には、「肉じゃが」のお皿のほかに、あなたがご飯のおかわりをしたときに見つけた「ステーキが1枚乗っていたお皿」もありました。

つづく。

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