あなたはこうやって結婚生活に失敗する(13)の3
あなたの目の前をたくさんの人が通り過ぎて行きます。そうした中、あなたは恋人同士と思える男女が仲良く歩いている姿が目につきました。たぶん、普段ならあまり目につかなかったでしょう。しかし、そのときは恋人たちばかりが目に映っていました。あなたはそうした恋人たちにかつての自分たちを重ね合わせていました。
しばらくすると、あなたの携帯電話がなります。奥さんからでした。
「あなた、ごめん。どうしても仕事が片付かないの。悪いけど今日はキャンセルにさせて」
あなたは一瞬声を詰まらせました。しかし、すぐに思いなおしできるだけ明るく返事をしました。
電話を切り花束に目をやります。…あなたはあたりを見渡しました。少し離れた場所に女性が一人で立っていました。あなたは女性に近づき声をかけます。
「これ、よかったらどうぞ」
あなたは花束を手渡すと待ち合わせ場所を立ち去りました。
それから2週間後、仕事から帰ると奥さんが珍しく先に帰宅していました。最近は、あなたより奥さんのほうが帰宅時間が遅くなっていました。晩ご飯も一緒に食べたことはありません。
あなたがスーツを脱ぎリビングのソファに座ると、奥さんがお茶を持ってきました。
「話があるの」
奥さんの顔を見ますと、表情が硬くなっているのがわかりました。
「私…、ヘッドハンティングされてるの」
「ヘッドハンティング?」
あなたの驚いた表情を見ながら奥さんは続けます。
「先々月くらいから誘われてて…、ずっと悩んでいたんだけど今の話受けようと思う…」
「ヘッドハンティングって、突然言われても…」
あなたが戸惑うのも当然です。しかも奥さんの話では、新しい職場はなんとアメリカになるということでした。
「じゃぁ、単身赴任するのか?」
あなたはこのように言うしかありません。奥さんの転職に合わせてあなたが会社を退職したのでは笑いものになってしまいます。奥さんはあなたの質問に答えることはせず、ただうつむきました。あなたはしばらく考えたあと尋ねます。
「おまえ、仕事好きか?」
少し間が空いたあと奥さんは答えます。
「うん。今、仕事が楽しくて仕方ないの。あなたには悪いと思うけど自分の人生を生きてるって感じ…」
あなたは奥さんを見据えさらに質問します。
「もし、仕事と俺、どっちを取る? と聞かれたらなんて答える?」
奥さんは首をかしげ腕組みをしました。あなたはあなたで、奥さんが答えたあとの「あなたの答え」を探していました。奥さんの答えによってはあなたも決断しなければならないからです。
しばらくして、奥さんは姿勢を正しあなたの目を見つめました。
「ごめんね…。仕事…かな」
今度は、あなたが腕組みをし首を傾けました。あなたの仕草を見て奥さんは小さな声で謝ります。
「すみません…」
“ごめんね”ではなく“すみません”。この他人行儀な言葉遣いがあなたに踏ん切りをつけさせました。
あなたは背中をソファにもたれ、腕組みを外した両手を頭の後ろで重ねゆっくりと話し始めました。
「なんか、最近、俺、考えてたんだよ。俺たちの関係って昔と変わっちゃったよなぁって。別におまえを責めてるんじゃないんだ…」
奥さんは落ち着いた声で問いかけました。
「私たちの関係って?」
「なんて言うか…、カッコつけて言えば、愛…かな」
あなたは、本当は「愛」などという陳腐な言葉は面映くて使いたくありませんでした。けれど、それ以外に言葉が見つからなかったのです。あなたの答えに奥さんが自分の思いを語ります。
「そうね。私も最近思うことあるの。愛情がなくなったわけじゃないんだけど、昔みたいに燃える気持ちはなくなったわね」
あなたは奥さんの冷静な物言いにダメ押しをされたような気分になります。
「そうだよなぁ…。愛って長続きするものじゃないよな。…映画と現実は違うよなぁ…」
あなたはひとり言のように呟きます。しばらくの沈黙のあとあなたは奥さんに向かって言います。
「ここで…一区切りつけようか」
奥さんは声は出さずにゆっくりと頷きました。
あなたはこうやって結婚生活に失敗します。
若い時の恋愛は感情の赴くままですが、それはそれで悪くはありません。例え、周りから勘違いと言われようとそうした体験をすることは貴重な財産となります。勘違いは人間としての幅を広げるための肥やしになります。また、愛を全うできなくなったとしても気にする必要はありません。ドラマの主人公と違い、現実の世界で生きているあなたは、愛が長続きをしなくとも不思議でもなんでもありません。
つづく。