あなたはこうやって結婚生活に失敗する(8)の1

結婚17年

あなたたちは恋愛結婚でした。大恋愛というわけではありませんが、それなりの恋愛でした。まぁ、言ってみれば普通恋愛でしょうか。そうは言いましても結婚当初は自分たちの恋愛は「大恋愛」と思っていました。結婚3年目頃までは友人などにも「大恋愛だった」などと恥ずかしげもなくのろけていたものです。

けれど4年目を迎えた頃に冷静になって自分たちの恋愛時代を思い返してみますと他のご夫婦と大して変わらない程度の恋愛感情だったことに気がつきました。若さとは恐ろしくもありおかしくもあり、恋というか愛というか恋愛時代の関係をロマンティック、ドラマティックに思いたがるものです。あなたもそうした一時期の熱病に冒されていた一人でした。

それでも結婚してしまったのですから、「夫婦の幸せは自分たちで作り上げるもの」と自分に言い聞かせご主人に尽くしてきました。生来が生真面目なあなたですから、例え熱病の仕業だとしてもご主人との恋愛時代を過ちとはしたくないという強い思いがありました。ですから、17年の間一生懸命に幸せな家族を作るように努力してきました。そうです。

「幸せな結婚は努力なくして成り立たない」

と、17年の結婚生活を経たあなたは悟っていたのです。

17年を過ぎますと、お子さんたちも高校進学の時期です。中学までは公立校でしたので世間一般の流れに乗っているだけで済みました。しかし、高校進学となりますとそうはいきません。義務教育ではありませんから自分たちで選択する必要に迫られます。つまり子供の将来について考えなければいけません。あなたには高校進学を控える中学3年生の息子さんと小学校6年生の娘さんがいました。あなたは生まれて初めて子供の進学について真剣に悩むことに直面します。

学校での進学相談にはいつもあなたが出席していました。父兄を集めた集団説明会にも毎回欠かさず出席しましたし、個人面接では積極的に質問などもしました。もちろん、学校以外の情報も集める必要がありましたので本屋さんで受験用雑誌なども買い込みましたし、図書館で高校の難易度が書いてある本も読みました。

さて、母親であるあなたは進学に対して必死に準備をし対策を考えていましたが、あなたの息子さん自身は今ひとつ当事者意識を持っていませんでした。それに比例するかのように息子さんの成績はさほど優秀ではありませんでした。一応塾にも行かせていましたが、あまりパッとした成績向上はありませんでした。もちろん、あなたは塾を一度変えています。知り合いの人から評判のよい塾を教えてもらったからです。それでも成績はあまり芳しくありませんでした。そんな息子さんですが、あなたに似ておっとりとしていて焦っているふうもなく受験が近づいてきていても自分のペースを見直す素振りもありませんでした。

夏期講習が終わったあとの中間試験のあと、あなたはご主人に息子さんの進学について相談します。中間試験の結果がいつもと変わらずあまりよくなかったこともありますが、夏期講習で行われた模擬試験の結果がちょうどその時期に送付されてきたからです。模擬試験のシミュレーションではあなたが望んでいる高校への合格予想率はわずか30%でした。あなたはショックを受けます。

夜、軽くお酒の入った状態で帰宅したご主人にあなたは息子さんの成績表を見せます。ご主人は丹念に成績表を読みはじめました。そして読み終えると不満そうな表情をしました。

「なんだ! この成績は…。こんな成績じゃ、ろくな学校に行けないぞ」

あなたは返事に困ります。あなたは返事をする代わりにお茶を入れに立ち上がりました。

お茶を手にして戻ってきたあなたにご主人は追い討ちをかけるように質問をします。

「あいつ、ずっとこんな成績なのか?」

「ずっと、ってわけじゃないけど、まあ…、だいたいいつもこんな感じ…」

ご主人がイラついているのは手に取るようにわかります。あなたは言い訳をするように

「あの子、性格が優しいからほかの子を出し抜くのがあまり好きじゃないみたいで…」

あなたのご主人は世間的に名の知れた大企業に勤めていました。名前を言えば誰でもが羨ましがる超一流会社です。ご主人のモットーは「努力」と「根性」です。学校の成績はこの2つさえあれば「必ず上位に入れる」と考えているタイプの人でした。そんなご主人ですので「学校の成績を上げることほど簡単なものはない」とも思っていました。

ご主人が言いますには「社会に出ると、人間関係や上司の評価など努力と根性だけは報われない要素がたくさん絡んでくる。それに比べて学校の成績は自分の努力だけで結果を出せるのだから簡単なんだ」ということです。このご主人の言葉は裏を返せば「成績が悪いのは一重に当人の努力不足」ということです。実際、ご主人は努力と根性で一流大学を卒業していました。

「こんな成績じゃ、まともな高校に行けないだろ。恥ずかしくて親類にも報告できないよな」

ご主人が成績表を眺めながら言います。あなたはうつむいたままです。ご主人が続けます。

「子供の学校のことはおまえに任していたのに、どうしてこんな成績しか残せないんだ。やっぱりおまえが勉強できないからか?」

あまり偏差値の高くない短大卒のあなたは言い返すことはできません。ただうつむいているだけです。

「まだ少し時間はある。これから成績を上げるようになんとかしろ!」

そう言うとご主人はお酒の臭いを残してリビングを出て行きました。あなたは息子さんの成績表を手元に引き寄せまじまじと眺めました。

「お父さんが言うのも仕方ないか…」

あきらめに似た言葉がつい口を出てしまいました。そして大きなため息をつきました。

翌日、あなたは息子さんにご主人の方針を伝えます。あなたの話を聞き終えると息子さんは言いました。

「勉強…、あまり好きじゃないんだよね」

あなたは小さい頃から息子さんの優しいおっとりとした性格が好きでした。人によっては「のろま」に映ることもありましたが、あなたはそんな息子さんが好きでした。でも、今回ばかりは息子さんの将来がかかっています。あなたは息子さんに諭すように言います。

「でもね、勉強しないといい高校にいけなくて、そうするといい大学にも行けなくて、そうするとお父さんみたいな一流の会社にも入れないのよ」

あなたの言葉に対して、いつもならどんなに自分が不愉快に感じることを言われても決して表に出さない息子さんが一瞬ふて腐れた表情を示しました。あなたは息子さんの表情を見逃しませんでしたが、敢えてなにも言いませんでした。

その1週間後。あなたはお子さん二人と済ませた晩ご飯のあと、ひとりでのんびりとテレビを見ていました。そこへご主人が帰って来ました。お酒を飲んできたようで少し赤みを帯びた顔をしています。

「おい、そんなのんびりテレビなんか見ている余裕あるのか?」

あなたは嫌味を感じさせるご主人の意地悪な語り口に反感を覚えますが、「お酒のせいだろう」と思い返事をしないでいました。すると、ご主人はあなたの横を通り過ぎテレビの前に行くとスイッチを切ってしまいました。

「おまえ、息子の母親だろ。息子のことが心配じゃないのか?」

さすがに、勝手にテレビを消されてあなたも憤慨します。

「お酒を飲んで帰ってきて、その態度はなんなの?」

「好きでお酒を飲んでるんじゃない! 仕事だ。それに比べておまえはテレビなんか見やがって」

あなたはご主人を睨みつけます。その目つきがさらにご主人の怒りに火をつけました。ご主人は目を吊り上げ激しい形相で言葉を投げつけようとしました。その瞬間、あなたは言葉を遮ります。

「あなた、今酔ってるから。進学についてはまた今度素面のときに話し合いましょう」

あなたはそう言うと寝室に入ってしまいます。暗い部屋でひとりになると無性に悔しくなってきました。

つづく。

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