<本当の本人>
*この記事は「脱サラをする前に」というサイトから転載したものです。
兵庫県知事選は結局、前知事が再選されて決着を見たのですが、当初の「斎藤前知事が不利」という予想が覆る結果となりました。そうした状況を示すかのように、選挙中盤から流れが変わり、終わりのほうでは斎藤候補者の演説カーの前には多くの聴衆が詰めかける映像になっていました。僕の斎藤知事に対する印象も幾度か転換し、正直現在は斎藤知事の実像がわからいないのが実際のところです。
兵庫県知事が最初に注目されたきっかけは「パワハラ」でした。職員に対して権力を振りかざした事例や、またいわゆる「おねだり」などがマスメディアで幾度も報じられるようになっていました。そして、百条委員会が開かれその様子が報じられたり、最終的に議員全員から不信任をつきつけられ失職した結果の県知事選でした。
ここまでの流れを見ていますと、僕も含めてほとんどの人は「斎藤知事は悪人」の印象を持ったのではないでしょうか。ですが、前にこのコラムでも書きましたが、ほかのマスメディアとは異なる視点で、「擁護」とまではいいませんが、「パワハラ」や「おねだり」について丁寧に解説しているジャーナリストもいました。僕にはその意見が新鮮に思えたのですが、「悪人」が覆るほどではありませんでした。
そうした印象が一気に変わったのは選挙期間中です。SNSを使って応援する人たちが結構いることがわかったからです。そして、お騒がせ政治家の立花孝志氏が斎藤前知事を応援しはじめてその流れが一気に加速したように思います。立花氏は「自分の政治活動への利用」を目論んだ感もありますが、強力な応援になったのは間違いありません。結果、不利と思われていた斎藤氏が勝利することとなりました。
こうした結果を見て、「マスコミがSNSに負けた」などと評する声もありましたが、有名な芸人さんによる「兵庫県民の選択は間違っている」と兵庫県民を批判するSNSの投稿などもありました。「騙されている」と非難していたのですが、米国のトランプ大統領の当選と重ねた印象を持った人も多かったのではないでしょうか。
ところが、日を待たずにしてそうした意見に反論する意見も出てきました。「斎藤氏の選挙戦を細かく分析すると『地道に活動していた』」と評価する意見です。こうした意見も意外に多くいろいろなメディアで見かけるようになっていました。また、こうした意見は「パワハラ」や「おねだり」という批判も「実は、それほど非難されることではない」という評価に変わっていくことにつながりました。結局、斎藤氏に投票した県民たちは「マスメディアで報じられているほど悪人ではない」と考えを変えたことになります。
そして、この評価のとどめは「投票率の高さ」です。前回よりも15%もアップしたのですが、僕はこれが「兵庫県民は騙されていない」ことの証明になっているように思います。「わざわざ投票した」ということは、斎藤氏に共感し自分の意思を表明したことです。トランプ大統領の岩盤支持者が投票に行くのは当然の行動ですが、斎藤氏の場合はいわゆる無党派層です。岩盤支持者でない人が投票に行くのはそれだけの「強い気持ち」が必要です。噂レベルの情報ではなくまたマスコミから報じられることだけでなく、SNSも含めて自ら様々な情報を取りに行き決めた選択です。騙されるほど「県民のレベルは低くない」ことの証明となっています。
ところが、ところが、ここにきて、また新たな展開がありました。斎藤氏をサポートしていたコンサルタント会社(以下コンサル会社)の代表が「選挙サポートの裏側を解説した動画」をネットに投稿したのです。これが実に細かく解説してあるのですが、SNSの使い方やそこで使用する言葉まで事細かに作戦を練っていることがわかる内容でした。現在、問題になりそうなのは「選挙サポートが買収にあたるか、否か」です。
金銭を支払っていたなら買収にあたるそうですが、斎藤氏は「法には触れていない」とコメントしています。しかし、コンサル会社代表のネット記事を読みますと無報酬とは思えない内容です。この後どのように展開するのか注意深く見ていく必要があります。それはともかく、先ほど斎藤氏の選挙活動を「地道に活動」と評価する声を紹介しましたが、それらが「実は、コンサル会社のアドバイス」と知ってしまいますと興ざめしてしまいます。
「地道に活動」からは斎藤氏の素朴で真摯な人間性が感じられますが、それらがコンサル会社からのアドバイスだったとしたなら、その「素朴で真摯な」人間性は斎藤氏の本当の姿ではない、ことになります。なので「興ざめ」なのです。そうなりますと、やはり、「兵庫県民は騙されていた」という評価は当たっていることになるかもしれません。
今の時代はいろいろなツールを駆使して、多くの人に自分の印象を「いかによく見せるか」が勝負です。そうした状況に合わせて、それを仕事としている業者がコンサル会社です。僕がコンサル会社の投稿を見て、真っ先に思い浮かんだのは「戦争広告代理店」(https://gendai.media/articles/-/60220?imp=0)という本でした。これまでに幾度か書いていますが、この本はボスニア紛争を舞台にしたモスレム人とセルビア人との内戦における情報合戦の内幕を解説しています。自らを「善玉」にするために「広告代理店」がいろいろと作戦を練っている様子が描かれているのですが、広告代理店の手法によって世論が操作されていくのがわかります。
実は、この本では「広告代理店」を批判はしていません。なぜなら、依頼主に報いるのは「広告代理店」として当然の業務だからです。法に触れない限り罰せられることはありません。しかし、僕は社会的責任という観点において、やはり批判されるべきものと考えています。法的に問題がないなら「どんなやり方で儲けていい」という考えは倫理的に許されないと思うからです。
先に斎藤知事の「コンサルタント会社代表」の話を書きましたが、代表が選挙戦の裏側を投稿したことで、現在斎藤知事は窮地に追い込まれそうな気配になっています。僕が不思議なのは、SNSなど投稿サイトの効力などすべてを知り尽くしているはずのコンサル会社の代表ともあろう人がサポート内容を投稿サイトに開示したことです。斎藤知事が窮地に陥ることを予想しなかったのでしょうか。一つ推測するなら、「自らの会社の宣伝」ですが、それもあまりに軽率の謗りを免れません。
最近、「経営者の発信をサポートする」という広告を目にすることが増えています。編集者界隈の仕事に就いていた人が新たに作ったカテゴリーのように思いますが、SNSなどITツールを使って「社長の思いを伝えること」をサポートする仕事です。魅力的な言葉や文章を作るのは簡単ではありません。経営者は経営の能力はあっても「言葉の発信」がうまいとは限りません。そうした問題点を「社長の思いを伝える言葉や文章を作るサポートをします」という謳い文句で経営者に宣伝しています。
こうした仕事は以前はありませんでしたので、新しい仕事を発見・発明したことになります。それ自体は新しいことに挑戦するという点において素晴らしいことですが、僕の中で同時に浮かんだのが「戦争広告代理店」でした。倫理的にはどうなのだろうか、と。
社長が自らの考えや思いを社内や社会に発信するのは間違いなく企業にとっていいことです。しかし、問題はその発信する内容が本当に社長自身を表しているのか、ということです。サポート会社は言葉や文章を作るプロですから、経営者が作るものよりは素晴らしいものができるはずです。しかし、そのサポートを受けた、言い換えますと添削を受けた言葉や文章は本当に社長の実像を表しているのでしょうか。もし、社長の実像よりも映えていたり魅力的な雰囲気を感じさせていたなら、その被害を受けるのは言葉や文章を受け取る社員や消費者です。まるでロマンス詐欺のようなものです。
たとえ、つたない言葉や文章であろうとも経営者自らが作った言葉や文章で情報を発信することは情報発信者の最低限のマナーのように思います。本当の本人をさらけ出すことでしか、信頼関係は築けません。
もし、あなたがもらったラブレターが本人ではなく代筆者が作ったものとわかったとき、そんな彼氏・彼女とつきあいますか?
じゃ、また。