あなたはこうやって結婚生活に失敗する(5)の1
結婚3年
あなたは子供が成長し少しずつ手がかからなくなったことを喜んでいました。朝から晩まで子供に自分の時間を取られることに苛立つこともなくなりつつありました。このように書くとあなたがまるで母性本能がない冷たい母親のように思われますが、そうではありません。あなたは母親として充分、いえ、充分以上の働きをしてきました。それをこなせたのもあなたの母性本能が強かったからこそです。
子供が生まれたばかりの頃、あなたは自分の実家にも世話になりましたが、ご主人の実家にも大変お世話になりました。あなたの義父母はあなたにとても気を配り優しく接してくれました。そんな義父母を見ていますと、あなたは今のご主人と結婚して「本当によかった」と心から満足していました。
ただ一つ、気になることはありました。それは子供を連れて義父母の家に遊びに行ったとき子供の教育についてあなたの考えている方針と違うことを言ってきたことです。その頃はまだ子供も小さくそれほど大きな相違に発展することはありませんでした。あなたも子育ての方針が少しくらい違うことは、「年代の違い」があるのですからある意味当然とも思っていました。
あなたは一度、ご自分の実家でそのことについて話したことがあります。あなたのご両親はそんなあなたをたしなめました。
「ウチにとっては外孫だけど、あちらさんにとっては内孫だから『自分たちの孫』という意識は強いだろうし…。できるだけあちらさんの顔をたてるようにしないと…」」
あなたのご両親の言うことがあなたは今ひとつピンとはきていませんでした。義父母が『自分たちの孫』と思っていても、基本的には『私と主人の子供』であることが大前提になっているからです。
ある日、あなたたち家族はご主人の実家に遊びに行きます。その日はたまたまご主人のお姉さんも遊びに来ていました。ご主人より3才年上の義姉は8年前に大手企業に勤めるエリートと結婚していました。義姉の子供は7才で私立学校に通う小学1年生です。
食事も和やかに終わりくつろいでいるとき義姉がご主人に話しかけてきました。
「幼稚園はどうするの?」
ご主人は義姉には頭が上がらないようでした。それは今まであなたが見てきたご主人の義姉への接し方でわかります。どことなく自信なさそうで遠慮がちに話していたからです。
「まだ、先のことだから考えてないよ」
ご主人の返答に義姉は大げさに驚いたように言い返しました。
「なに言ってるの? すぐよ!」
ご主人は義姉の言い方にたじろいだように黙ってしまいました。二人の会話を聞いていた義父が言葉をつなぎました。
「そうだよ。子供の成長は早いぞ」
義母も続きます。
「やはり子供にきちんと教育を受けさせるのは親の務めだからね」
ご主人は3人に責められたように感じ、薄ら笑いを浮かべるだけでした。そんな弟を見て義姉はあなたのほうに向き直り言います。
「ねぇ、子供の教育って大切よね」
あなたはご主人のほうをチラッと見てから曖昧に答えるしかありませんでした。
「ええ、まあ…。そうですよね」
その日はそれ以上話が進展することはありませんでしたが、家に帰ってからもあなたもご主人も後味の悪い感じは消えませんでした。就寝の支度を整え布団に入りながら、あなたはご主人を見ます。ご主人はすでに目を瞑り寝息を立てているように見えました。それでもあなたは試しに独り言のように呟いてみせます。
「あなたのお姉さんって教育ママなのね」
あなたはご主人の返答を期待していませんでしたが、意に反してご主人は目は瞑ったままでしたが口を開きました。
「姉貴、昔からしっかり者だったから…」
あなたはご主人の横顔を見ながら電気を消しました。
数日後、あなたは義母から電話を受けます。
「この前の件だけど…」
あなたは最初、「この前の件」の意味がわかりませんでした。返事のしようがなく黙っていると義母が続けました。
「幼稚園に入る前に塾に通わせる人もいるそうよ」
この台詞を聞いてあなたはやっと「この前の件」の意味が理解できました。子供の教育のことです。あなたは一応返事だけはしました。
「そうなんですか。今はなんでも前倒しで始めるのが流行ってますものね」
あなたが答え終わる前に義母は続けます。
「パンフレットも幾つか集めてあるのよ」
義母の話によりますと、先日みんなで集まった数日後、ご主人の義姉がパンフレットなどいろいろな資料を集めて届けてくれたそうです。
「今度、取りにきてね」
あなたは姑の一方的な話しぶりに不愉快な気持ちになりはしましたが、そこは嫁と姑の関係、その難しさをあなたは実母から聞いていましたのでこらえることができました。
義母から、最近の幼児教育の実態や今後の展望などを聞かされたあと、漸く電話から開放されました。電話を切ったあとあなたは居間で楽しそうに遊んでいる子供を見ました。
その日、あなたはご主人が帰宅するなり昼間の義母からの電話について報告しました。あなたにとって「あまり気分がいいものではない」ことも含めて…。
ご主人はあなたの話を聞き終えると面倒臭そうに話ました。
「姉貴たちも困ったもんだよなぁ。でも姉貴、本気みたいだね」
あなたは他人事のように話すご主人に失望感を持ちます。残念ながらご主人はあなたの気持ちを察することはできないでいました。
つづく。