非結核性抗酸菌症の診断がつくまで
そもそもの始まりは、マイコプラズマ肺炎に罹患したことだった。
最初は軽い風邪症状から始まり、ものすごい悪寒から高熱が出て、
コロナかインフルエンザだと思っていた。
翌日すぐに病院へ。
コロナとインフル検査をするも陰性。
ただ、子供が先にマイコプラズマに罹患してたのでうつったかもしれないことを
先生に伝えると、「うーん。。マイコプラズマはもっと若い人しか基本的にかからないからなあ。」と先生。
そりゃあ私は45歳(当時)ですけど!
マイコプラズマも視野に入れた抗生剤などを処方してもらい帰宅。
私が思うマイコプラズマの厄介なところは、
コロナやインフルのように迅速検査が限られた病院しかできないところ。
マイコプラズマに効く抗生剤(プラス種類の選択が大事)がないと
すぐに治らないのに、診断がすぐにつかないので、ただの風邪とか、
長引くと気管支炎とか言われて、周りにもどんどんうつっちゃう。
子供もそれで中々診断がつかなかったけど、
病院を変えたところ、そこではマイコプラズマの迅速検査があったので、
やっとその場で診断がついて抗生剤をもらったら一日で復活。
私の話に戻ると、処方された抗生剤を飲んでも日々症状が悪くなるばかりで
高熱も下がらないし、咳はだんだんひどくなっていった。
再度、最初の病院に行って血液検査をしてみたらCRPという炎症数値が27!
正常値はわずか0.3未満だから90倍の値が出て、大きい病院へすぐに行きなさい!となった。
酸素濃度80%台を叩き出して即入院。
人生で初めての救急車にも乗った。
確かに家でもトイレに行くだけではあはあ息が切れてたわけだ。
抗生剤の投与をしても熱が下がらず、ステロイド投与でようやく解熱。
最初は鼻から酸素を吸入し、パルスオキシメーターを24時間装着。
これが煩わしくて、ちょっと指から外そうものなら看護師さんがすっ飛んでくる。すぐそばのトイレに立つだけでも全力で走った後くらい息が切れる。
2週間ちょっと入院した。
その大きい病院にその後今に至るまでかかっているのだけど、
担当の先生が言うに、私の不幸は最初の抗生剤の種類が違うものだったら
その段階ですぐに治っていたかもしれないということ。
最初の抗生剤とはジスロマックだったわけだけど、子供が罹患して処方された
クラリスロマイシンとか、クラビット、その後もよくお世話になることになる
レボフロキサシンだったらこんなことになっていなかった可能性が高い。
そもそも若い人しかマイコには罹らないなんてことを言う先生の病院に
行ってしまったことを何よりも悔やまれる。
でもまあ退院したし、このまま良くなるばかりだと思っていたのに、
ここから私の非結核性抗酸菌症への道が始まってしまうことになる。
無事に退院したものの、わずか3週間後に今度は肺炎球菌にも感染して
まさかの2度目の入院。。。
ステロイドは免疫が下がるみたいなのと退院後の体力が十分戻っていないことで
感染を起こしたみたい。
その後も、毎月のように風邪から肺炎に発展して体調を崩し続けて
夏が近づくにつれて安定してきた。
でも咳と痰の症状が一向に治らない。あと声枯れも。
これも喘息→びまん性細気管支炎→アスペルギルス症の疑いと
診断が変わっていき、ちゃんと確かめるために検査入院することになった。
長くなったので、検査入院の話はまた次の記事に。