すべてを回避することは不可能

私はよく次のような思考をする。
「何かすれば自分にとって不都合なことが起こるかもしれない。何もしなければ絶対に何も起こらない。だから何もしないほうがいい」

 回避性パーソナリティめいた思考である。仮に行動を起こすことにより膨大なメリットが得られるとしても、わずかなデメリットを重く見て何もしないことを選択してしまうのである。
 だって何もしなければ何も責められることはない、何も起きないんだから現状維持がいいに決まってる。部屋に引きこもってそれで生きられるならそれでいいと思ってしまう。

 しかしこの思考には危うさがあるということに最近気がついた。

 例えば、ここに赤ちゃんと母親がいるとしよう。母親は赤ちゃんを溺愛している。だから、母親は赤ちゃんに絶対病気にならせたくない。そう、強く思っていることにしよう。

 外界には危険がたくさんある。インフルエンザウイルス、コロナウイルス、マイコプラズマ肺炎もあるし、食中毒でいえばO157なんかもあったりする。母親は赤ちゃんをこれらの危険から守るために、生涯赤ちゃんを無菌室に入れておくことに決めた。無菌室には、ウイルスや細菌は存在しない。赤ちゃんは、先に挙げた脅威から守られたのである。めでたし、めでたし。

 ……とはならないだろう。こんなことをしてしまえば、赤ちゃんは一生無菌室から出られない体になってしまう。天変地異で無菌室が破壊され、外に出なくてはならなくなったときに致死的なダメージを負う。
 そうならなかったとしても、この赤ちゃんは、ふつうの子供が得られるはずの膨大な人生経験を失う。精神的に著しく不安定になるのは明らかである。運動習慣も消滅してしまうから、健康的な体力すら失われてしまう。
 ある特定の危険だけを闇雲に回避しようとした結果、それと同じ、あるいはその数百倍の危険を背負ってしまうのだ。

 何もしなければ何も起きない、というが、正直それすら怪しい。一ヶ月部屋に引きこもったとき、本人的には「何も起きていない」と言うかもしれないが、実際には何事か起きている。体力の低下、生活習慣の崩壊、精神状態の悪化などである。物理的な変化が何も起きていなくても、「一ヶ月部屋に引きこもった」体験をしている以上、変化が一切ないわけがない。

 英語にdo nothing(何もしない)という表現があるが、この事実を的確に言い表している。何もしないのではなく、何もしないことをするという表現は言い得て妙である。現実世界において、選択しないという選択肢は存在しないのだ。

 結局デメリットからは、どうしたって逃れられない。飛行機だともしかしたら墜落して死ぬかもしれない、だから歩きで行こう。そういう選択肢を選んだとしても、歩く途中で死ぬ危険からは逃れられない。そもそも、普通に生きているだけでも、脳卒中や心筋梗塞で突然死する可能性は万人にある。
 その可能性から完全に逃れるためには、もはや死ぬしかない。だからといって自ら命を絶ってしまうのは本末転倒である。死ぬのを回避するために死ぬという、よくわからないことになってしまう。

 で、どうすればいいのかって? 私が知りたい。
 傷つくのを受け入れるしかないんだと思う。私は完璧主義なところがある。人に弱みを絶対に見せたくないのだ。友人とボードゲームをしているときも、同じチー厶に迷惑をかけたらどうしよう、定石から外れためちゃくちゃな手を打って人に責められたらどうしよう、そんなことばかり考えてしまう。とても楽しめたものではない。それを避けるためにできるだけそういうゲームを避けている。
 めちゃくちゃな手を打ってしまったとしても、周りは気にしない、もし言ってきたとて、別に大したことではない(罰金を取られるわけでもないのだから)。もしそれでも強く責め立てる人がいるのであれば、それはそいつがヤバいだけなのだ。
 そういうことを身を持って体感しないとだめなのだ。頭でわかっているだけではダメで、実際にやってみて何も起きなかったという経験を積む必要がある。
 
 なにも率先して自分が貶められるようなことをする必要はない。これまで自分がやりたかったことの中で、自分が傷つくかもしれないとおもってやってこなかったことを一つずつやっていくのである。
 行動の前後で具体的に何が変わったかを注視する。それをしたことで本当に侮辱されるような言動は受けたのか? 嫌われたり人間関係が悪化したりといった変化は本当に現れたのか? 
 その言動はその場限りの小言であって、次の日になれば発言した人は忘れてしまっているその程度のものなのではないか?
 完璧な人間など、この世には存在しない。むしろ欠点がある人間の方が人に愛されるものなのだ。
 少しくらい失敗してもいいじゃないか。間違ってもいいではないか。弱いところを人に見せたって問題はない。

 ゆっくり一歩一歩積み重ねていくしかない。道のりは長そうだ。

いいなと思ったら応援しよう!