痴漢をされたのに全く気づかずにスルーしてしまった話

大学生の頃、私は衣料品売り場でアルバイトをしていた。
仕事の内容はレジ打ちや品出し、商品の畳みなおし、試着室での採寸などである。

試着室はポロリの宝庫で、両側からカーテンを合わせて閉めるタイプの部屋でカーテンに背を向けてズボンをはこうとかがんだらしいお客様のお尻がプリッと出てきたことや(慌ててカーテンを被せて何も見なかったことにした)、ベビーカーの中のお子さんがお母さんの姿が見えないことに泣き叫びながらカーテンをめくり上げてしまった(そのままベビーカーにカーテンをかぶせて事なきを得た)ことがある。

そんなお客様も予期せぬポロリだけでなく、お客様がポロリを全く気にしないというケースもある。
「試着室いっぱいなの?じゃあここでいいわ」と物陰っぽいけど全然丸見えの商品棚の隙間で着替え始めるおばさま、ズボンを試着して裾上げの印をつけた瞬間カーテンも閉めていないのにズボンを下ろしてブリーフを露わにするおじいちゃま(めちゃくちゃ多い上に全員漏れなくブリーフ)。そういうケースを見慣れすぎて、自分が痴漢に遭っていたことに、人に話して「それは痴漢だ!」と指摘されるまで気づかなかったことがある。

ある日、30代くらいの男性が試着室に入ってきた。ごく普通のオシャレお兄さんであった。
カーテンを開け、「すみません、はかってもらえますか」と声をかけられ振り返った。

ブーメランパンツ。

黒の、透けてる、透けてない、透けてる、透けてないが交互になったストライプ。なかなかオシャレである。
ご子息の姿もはっきりと視認できる。
一瞬「はかるって、ご子息を?」と思ったが、お客様に対して失礼だ、と思い直した。

「すげーな、この人若いのにおじいちゃま達みたくパンツ恥ずかしくないんだ。」

他のお客様がいらっしゃる時にパンツで出て来られた時は「おズボンはいていただいても大丈夫ですよ〜」と声をかけてはいてもらうのだが、平日の昼間で他に誰もいなかったため「お客様が恥ずかしくないならまあいいや」とパッと採寸してしまった。

「ウエストは○○センチですね〜」
「あ、じゃあ次は、股下お願いします」

ここで私は考えた。
股下を測る時は、足の付け根ではなくズボンの縫い目の真ん中を起点にする。
男性の股間の中央から内腿の付け根を通り、地面まで脚の内側にメジャーを添わせてはかるのだ。
お客様の身体に直接触れるわけにはいかないので、付け根の方はお客様自身におさえていただく。
しかしこのお客様はパンツ一丁だ。

「ズボンの縫い目の真ん中が説明できないぞ・・・?」

お客様にはズボンの縫い目が縦横交差するところがあるのでそこに、とお願いする。しかしこのお客様はズボンをはいていない。これでは説明できない。

仕方なく、私は目測でお客様の股間の中央から内腿の付け根までを測り、その位置を起点にして太ももの外側にメジャーを当てて測定した。
いい加減他のお客様が来そうだ。男性ならまだしも、女性のお客様がいらしたら大変なので、手早く測定を済ませる。
「○○センチでございますね。合うおズボンをお持ちしますか?」と質問した。
「いや、大丈夫です」
なぜだろう。お客様の目が泳いでいる。
「承知致しました。何かありましたらお声をおかけください」
急いでカーテンを閉める。

間も無く交代の時間が来たので、男性のお客様が1名いらっしゃること、採寸を済ませたのでおズボンのご案内があるかもしれないことを引き継いで退勤した。

帰る時間を母にメールで報告すると、ちょうど父の運転で買い物に出ていたところだという。
ちょうどいいので乗せてもらい、雑談の中であのお客様の話をした。「そういえばさ、今日男のお客さんがパンツで試着室から出て来たの。今までおじいちゃんはあったけどあんなに若い人でも恥ずかしくないんだねえ。素敵なブーメランパンツだったよ」
運転していた父が大変に慌てた声で言った。「それは痴漢だからちゃんと店長さんに言いなさい!」

母は私の話に爆笑していたが、父はすごい剣幕だった。

次のシフトで店長に、「すみません、私気づかなかったのですが、前回試着室で痴漢に遭っていました」と報告した。
状況を伝えると店長はみるみる表情を変え、父と同じように焦ったような口調で「なんでその時言わなかったの!」と言った。
「いや、恥ずかしくないお客様なのかなと思って・・・」
「そんなわけないでしょう!!!」
その時同じ部屋にいた女性上司も母と同じように爆笑していた。

男性である父や店長からすれば、そんなことをした男の異常さがはっきりとわかったのかもしれない。
女性である私や母、女性上司にとっては笑い話であるが、女性に下着を見せつける男側の心理を生々しく想像できていたら、こんな風には笑えないということだろうか。

ちなみに下着が透けてる・透けてないのストライプであったことは、父と店長には話していない。
透けて見えていたので「元気になってないから痴漢ではない」と判断していたのを知られるのがなんとなく恥ずかしかったからである。あと、「大人のちんちんを見ても動じない」ということも。

特にオチはない。ただの思い出話である。

よろしくお願いします!