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ティッシュ158円!

 買物における主婦の「少しでも安く買いたい」という思いはもはや比較するものがない。たかが1円2円と馬鹿にするなどもっての他、その執念たるや我々男どもは足元にも及ばない。
 しかしながらその「わずかな金額でももったいないと思う感覚」は、その金額が自分の目で直接確かめられるものに限る。手間と労力についてはタダだと思っているし、中でも旦那が片付けや掃除をしようがそれは無償である(笑) 主婦にとって「手間」というものの位置付けはタダだからね。

 外食をしていても小鉢や一品料理になにかとうるさい。「こんなもん皮剥いて切ったら終わりやん」とか「チンしただけのモンにようこんな値段付けるわ!」みたいなことを言ったりする。皮を剥くことも、切ることも、皿に並べて盛り付けることも、そのセンスや労力、食器類の価値には頭の中で金額換算はしない。ついでに言えば新鮮さや親切、雰囲気の良さなんかも主婦にとっては同じタダだ。きっと我々男はそれをタダだとは思っていないんだろう。労力をどこかでその程度に応じて評価し、頭の中で報酬換算している。

 もう随分前のある週末。我が家から2.5kmほど離れた所に新しくドラッグストアができたことを新聞の折り込み広告で知った。そのチラシを見た妻が驚いたように叫んだ。「ティッシュ158円やて!明日買ってきて!」。私は乗り気ではなかった。なぜならオープン直後の大型ドラッグストアなどというものには、うっとうしい雰囲気がプンプンしているからである。ウサギかなにかの着ぐるみが入口で子供に風船を配っていて、自意識過剰な私はそのウサギと対峙した時の顔を持っていないし、帰りは帰りでいくらも買ってないのに誘導されるままに福引をガラガラ回すことを強要され、ハズレて残念賞をもらう。

 さらにこの158円のティッシュは5箱入ったものがお一人様1パックまでなのである。ティッシュの1パックは、ドラッグストアで200円前後でセールをしているが、それと比べて安いという基準だ。要するに40円得することがすごいことだと彼女は思っている。以下、その時の私と妻のリアルなやり取りを紹介しよう。

妻「明日1パック買ってきてな」

私「いくら安いの?」(行きたくないオーラをプンプンさせながら)

妻「普段なら安くて198円が 158円やねんて!」

私「40円安いだけやん」
 →これは禁句だった。このやりとりはダメなフレーズを含んでいる。私は彼女の地雷を見事に踏んでしまったのだ。普段から1円2円にこだわっている人に対し、たかが40円位、と言ってしまった。何故ならその時私は若かった。妻の言い方に意地になってしまったのである。私は続けた。
「でもな、車に乗ってそこに行って帰ってくるという労力があるやろ。たった40円でそんな手間は釣り合わんわ!」
 →これもダメだった。主婦にとって、夫の手間は無償なのである。

妻「そんなもん、タダやないの!」

私は作戦を変えた。
「あのな、そこに行って帰ってきたら大体5キロや。うちの車は市街地ではリッター10kmや。ということは、5キロ走ったら1ℓの半分使うねん。今ガソリンは1ℓ140円くらいやからその半分で70円かかる訳や。だから40円得しても損することになるやろ?」
 →これは効いた。妻はぐうの音も出ない。しかしそうなるとかえって厄介になるというものである。言い負かされるのは死んでもイヤなことだから、意固地になって妻は言い放った。
「ええから黙って買ってきて‼️」

 ちなみにその時には我が家のティッシュのストックは既に積み上げるほどあった。

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