学校の成績表に求められる「積極性」
中学校3年の三者面談のとき、息子は担任の先生から、授業中にもっと積極的になれないか、指摘を受けました。
その先生は英語を教えていたのですが、あるとき授業で、生徒に自由に歩き回って、たくさんの人と会話の練習をするように指示をしました。
しかしその時間、息子はずっと受け身の態勢。
声をかけてくれるクラスメートとは練習するのですが、それ以外の時間は何もせず、ボーっとしているように、先生からは見えたのです。
先生も、授業中に何度か声をかけてくれたそうですが、本人が自ら動くということは全くしませんでした。
そのため、「授業に積極的に参加していない」とみなされたのです。
後に、自閉症スペクトラム疑いの診断が出て、そういえばこういうことがあったのも、発達障がいが原因で対処できなかったのかもねという話をするようになりました。
この英語の授業のときの話をした際も、息子はいくつかの問題を抱えていたと話しています。
1つは、「自由に歩き回って会話の練習をする」ということについて。
息子は、どのようにすればよいか、どうやって話しかければよいかわからず、動けなかったようです。
決して、動かなかったわけではなく。
2つめは、会話の練習について。
自由に歩き回ってやる前に、隣や前後の席の人と練習をしていました。
また、指示された時間内には、自分から声をかけなくても、誰かが声をかけてくれるので、練習はしていたのです。
そのため、息子は自分から声をかける必要性を理解することができなかったのです。
現在、多くの学校の成績表は、「積極に授業に参加しているか」という内容の項目があります。
しかし、発達障がいの人や、性格が内向的な人は、一生懸命参加しているにもかかわらず、手を挙げる勇気がなかったり、発言が少なかったということだけで、積極的に参加していないとみなされてしまいます。
実力があっても、必死に家庭学習に励んでも、「積極的でなかった」とみられてしまうのです。
積極性は、そもそも客観的に点数をつけられるものか、とても疑問です。
確かに、挙手の回数や、忘れ物の回数で、それに代わる点数はつけられるかもしれませんが、本人の教科に対する取り組む姿勢、積極性とは一致していないのではないでしょうか。
学習の取り組みについての経過と、実際に身につけられた実力を、ひとまとめにして成績表をつけることに、違和感を感じざるを得ませんでした。
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