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75歳の母、世界旅行へ旅立つ
実母(75歳)が、船で巡る約100日の世界旅行へ旅立った。海外旅行は数回しか経験したことのない母が、ひとりで世界へ出発した。
私の母は簡単にいうと「クセが強い」。
よく言えばめんどうみがいいが押し付けがましい。よく言えばリーダーシップがあるけど、気が強く我を押し通さないと気が済まない。
物知りで記憶力が良くおしゃべりだが、何十年も昔の愚痴をずっと言っている。
気の合う人とはめちゃくちゃ気が合うが、敵も多い。今風に言うと承認欲求が強く、自分が中心でないと気が済まない人。かなりマイルド伝えておりますが、そんな母。
しかも本人にその自覚のないのが一番やっかいで、
亡くなった父(めちゃくちゃいい人だった)も、私達兄弟も親戚も、正直手を焼いている。そんな母。
うちは自営業で社員10名程度の小さな会社をやっている。ここ10年ぐらいで私達兄弟が仕事を引き継いだがそれまでは父と母が守ってきた会社だ。ほぼ休みもなく、ゆっくり旅行もしたことがなかったので
2人でゆっくり船旅にでも行ってきたら話していた矢先、コロナが蔓延してしまい、コロナが落ち着いたと思ったら父が病気になりそれが叶わなかった。
父が亡くなり少し気持ちも落ち着いた頃から、母は自分なりに自分探しをしているように感じた。今までは出かける時は父を引き連れて母が運転して行っていたが、父が亡くなりお友達と一緒に出かけても
気が強い母なので「こっちが運転してるんだから話題ぐらい提供してよね!」とか「お昼代ぐらい出してくれたらいいのに」と、誰かと一緒にいることがストレスになることに気づき始めたらしい。(お友達もストレスだったろうけど・・・)
私自身、ひとりが気楽なタイプで、旦那さんと数人の気が合う友達としかつるまないのもあり「ソロ活」も気楽でいいよ~とおすすめした。そのうちドライブも気ままにひとりで行くようになり、出かけた先で出会った人と積極的にコミュニケーションを取れる人なので「今日はこんな人と会った」という話をするようになってきた。
そしてYouTubeを見るようになってからは、行きたい場所を検索してはその場に行ってみたり、行ってみたいと話してみたり。
そのうち世界の船旅がYouTubeのおすすめで出てきたらしく、「どう思う?」と相談してきた。
直感で私はすごくいい!と思った。
もちろん危険はないか下調べは必要と思ったが、母は75歳とはいえ体は見るからに丈夫。頭もしっかりしていて判断もできる。分からないことを聞くメンタルも持ち合わせいる。時間もゆっくりとれるようになったし行くなら今だ!となぜか私がワクワクしてきた。
しかし母は気が強い反面、心配性で繊細な面も持っている。「行ったらきっと楽しいよね!」とノリノリだったと思うと、数日後には「やっぱりひとりだと不安・・・」と言ったり。100日間もひとりで旅行となると不安になるのは当然のことなのでなるべく母の気持ちに寄り添うようにしていた。
まずは資料請求してその後、説明会に参加することに。母とも「少しでも不安や怪しいと思う部分があったらやめよう」と話して臨んだ。すると、母と同年代のご夫婦や女性の一人で参加される方も多く寄港地はとても魅力的な場所ばかりでオプションでの観光も多彩。船内でも飽きることがないように自由参加のイベントも多く、私もいつか行ってみたいと思うような内容だった。
スタッフの方も決して無理強いすることなく、数年先のプランなどもご検討くださいというスタンスで、説明会後に不安な点などに真摯に答えてくれた。ここまで来ると気前のいい母なので、「申し込みます!すぐに行けるのに申し込みます!なんならその先のにも申込たい」と言い出した。
行くと決まれば出発に向けて準備を開始。出発まであと数か月。
母は40年ぐらい前から時が止まっているので、オンラインでパスポート申請ができることも知らなかった。現金主義でクレジットカードもほぼ未使用。カードの限度額や暗証番号も分からない状態。デイビッドカードって知ってる?と聞いて来たり、船から電話が繋がらないのでLINEも覚え、やっと文明に追い付いてきた。
でも母が強いのは分からないことはなんでも電話ですぐに聞く。カード会社にも、役所にも、旅行スタッフの方にも。母のちょっとした質問に丁寧に答えてくれて本当にありがたかった。(カスハラになっていないかハラハラしてが、最後はちゃんとお礼も言っていたから許してほしい)
そのうち、船の中で暇になりそうだと思ったらしく急にオカリナを習おうかな、と言い出した。唐突すぎて私も未だに理解できていないが、母なりにオカリナでなつかしい童謡を吹いていたら、話しかけてきてくれる人がいるのではないかと思ったらしい。あとオカリナならリコーダー感覚で習得も早くできそうだと考えたそう。グーグルで検索することも覚えたので、自分で近くのオカリナ教室を調べて電話で予約をしていた。家でも自分で音階をノートにカタカナで書き出して一生懸命練習をしていた。(意外とオカリナの音は響き渡る)
オカリナを習い始めたかと思ったら、今度は絵画教室に行こうかなと言い出した。船内で絵画講座があることを知ったものの、全く絵の知識がないから、旅行前に少し知っておきたいと思ったようだ。今回も自分で絵画教室を検索して習いに行き始めた。私は母の絵を見たことがなかったが、初めてのレッスンで書いてきた水彩画が上手すぎて「お母さん、めっちゃ上手じゃん!」と兄弟や従業員のみんなと驚きを隠せなかった。
承認欲求が満たされ、やることの目標ができた母は生き生きとしていた。
世界旅行という大きな目標ができたことで母は75歳にして色んなことを始めた。やることがなくていつも愚痴ばかり言っていた母がオカリナや絵画を始めてたこともそうだが、旅行に向けて準備するものをノートに書き出して。ネットショッピングを覚えて必要なものを買い揃えて。オプショナルツアーの見どころをノートにまとめてファイリングして。持って行くものをスーツケースや段ボールから何度も入れたり出したりしながら準備していた。
もともと積極性もある人だしやる気になれば動ける母だったが年齢とともに気持ちに行動が伴わなくなってしまいそんな自分が嫌になって、不満が募っていたのだと思う。さらに元来の気の強さが裏目に出て、父がクッションになってくれていた人間関係も距離ができてしまい、変なループに陥っていたのだと思う。でも大きな目標ができて準備で忙しくなってくると不安よりも期待が大きくなっていったようだ。
出発当日。
見送りの時、船の甲板から陸にいる私達と手を振り合っていた時にひとりでいた母に同年代の女性がニコニコしながら話しかけてくれた。母も笑顔になっておしゃべりをしていたらその後ろにいた数人の女性グループの人達もおしゃべりに加わり、さらに隣のご夫婦とも楽し気に話していた。
そして大きく手を振って飛びはねている母をみて「きっと楽しめるね!」と心から思えた。
正直、私は母のことが苦手だ。
自分勝手で我が強くて私達子供の意見なんて耳を貸さない母。でも長男である父と20代前半で結婚し、祖父母も父の弟もいる環境。自営業で自分よりも年上の従業員もいて休みもない。子供達も生まれて今のように近くに買い物もできる環境もない中で生活するには我を強くして周りと闘いながら生きてきたのだろう。
私は大人になってから、母には自由に自分の時間を使ってほしいと伝えていた。いつも愚痴ばかりだったので「もうなにもしなくていいよ」「自分のやりたいことをやっていいよ」と伝えても、父や私達がいるから自由にできないと人のせいにしていて私達もどこか苦しかった。
それがやっと母も私達も自由になれた気がする。
この100日の旅行で気が合う人との出会いもあれば、やっぱり敵を作って帰ってくるかもしれない。でも今のところ頻繁にLINEがないということは、楽しくやっているのだろう。
便りがないのは元気な証拠。
大海原に身を任せ、思う存分世界を満喫してきて欲しい。
でもこれ以上のパワーアップはほどほどにw