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農業におけるイノベーションとは

種苗法改正関連のニュースやSNSでの投稿での投稿を見ていると、農業を聖域のように思っている人が多いようにと感じます。農業、生産者は尊いもので守るべきもの!のような。

※法改正に係る詳細については、丁寧に解説されている方が大勢いらっしゃるので、前回と同様に割愛します。

作り上げられた農業のイメージ

この議論の中で、生産者でない人が、生産者の状況や気持ちを慮って発言していることが気になります。しかもその「架空の生産者像」は、私たち消費者が勝手に作り上げた「農家」または「お百姓さん」のイメージに基づいた意見であることが多いように感じます。のすけさんが「日本の農業の現状」について説明されているとおり、「生産者」と言っても、経営規模、栽培方法、販売方法、作目もそれぞれ異なります。

さらに言えば、生産者の年齢や場所、性別、病害虫の発生状況などもすべて違うし、同じ問題が起こった場合でも解決方法はそれぞれです。

少し寄り道をしますが、農村部におけるイノベーション・コミュニケーション専攻してしたので、農業分野のイノベーションについても少し触れようと思います。まずイノベーションとは何か?とても簡潔に言うと「問題に対する新しい解決策」です。さらに農業分野におけるイノベーションについて、オランダの農村社会学の研究者Cees Leeuwisは以下のように分類しています。

農業分野のイノベーションの種類:
「個人的な」:生産に使用するもの、普段使うもの
「集団で」:生産に使用するもの(例:機械共有のアレンジ)
「営農システム」:すべて変える(例:栽培形態:慣行→有機)
「環境の中の農場」:政策に関連(例:圃場の場所を変更)

農業イノベーションにおけるドメイン:
「技術的なドメイン」:土壌、輪作、収量など
「経済的なドメイン」:収入、利益率、市場、税金、資金繰り
「社会、組織的関係性のドメイン」:資材を購入する組織(会社)、出荷する組織(会社)、県の組織、家庭メンバー、コミュニティーメンバー、祖先との関係など

意思決定の時間軸:
実務レベル:比較的短期
方策レベル:中期
戦略レベル:長期

これらの組み合わせで、生産者は「どのイノベーション」を「どのタイミングで」導入するかを意識/無意識的に決定しています。Rogersのイノベーター理論では、イノベーションを導入している人を「イノベーター(革新者)」、そして段階を経て、導入していない人は「ラガード(遅滞者)」などと言われています。しかしそもそもイノベーションを導入する時期が早ければいいというものでもないし、すべての人がイノベーションを適用する必要もないのではと、オランダでは議論が出てきます。

仮に新しい品種(病害虫耐性品種)=イノベーションと定義した場合も同様で、生産者それぞれが考えた上で、そのイノベーションを導入するか否かを決定します。この「イノベーションの普及(社会実装とも言いますね)」はとても大変だし、成功率は低い。悲しいことに普及せず消えていく新品種もたくさんあります。

このように農村社会学分野で、「農村部」「農村部のイノベーション」「生産者」の分析だけでも山ほどありますし、もちろん文化的・社会的背景も考慮するとさらに複雑です。

ちなみに家庭菜園を楽しんでいる方の中にも、色々想いを巡らせている方もいるかもしれません。「家庭菜園でできるのだから、生産者もできるはず」と。ただスケールアップは煩雑を極めており、ただ拡張すれば解決というわけではありません。

そのため私たち消費者が、「生産者」の立場に立って気持ちを語ることは、ナンセンス。「会社員は」とか「自営業者は」と話すくらい広義です。

消費者は「消費者の視点」で考える

この状況において、いくら生産者の知り合いがいたとしても、「生産者はこう思っているはず」とか「改正されたら生産者は困るだろう」という発言より、私たちは消費者としてものごとを考えた方がずっと意味があると思いませんか。

種苗法が改正されたら農産物の価格は上がる?
私の地域でブランド化されている農産物は守られるの?
在来種が好きだけど、食べ続けられるだろうか?

そんな疑問を消費者視点で考えることは意味があると思います。ただし生じた疑問について、まず農林水産省などが収集して公開している資料や、FAOなど国際機関また官公庁のデータ、法令などを閲覧してください。そしてタイムライン(歴史、経緯)にも注目してもらいたいです。いかなる議論でも、「事実に基づいた情報を基本」にすべきで、そのベースが揺るがされていては議論は進みません。

その情報を踏まえた上で、メディア、専門家の意見、農家の意見、ブログなどの情報を調べ、そこで自分がどう感じるのか、許容できる範囲なのかグレーのスケールのうちどのあたりなのかを考えてほしいと思います。

たった一人の声=みんなの声ではない

さらに「一人の生産者の声」を「すべての生産者の声」として考えてはいけないと思います。(種苗法に関して言えば、改正に賛成している生産者が多いように思いますが)

ここからは個人的なことですが‥
現在、教育ツールや政策決定時に活用が期待されるVPA(ビジュアルを使った問題評価法)という手法のプロジェクトを行なっています。平たく言えば、映像を使って問題の評価をしよう!というもの。

映像なのですが、ドキュメンタリー映画の性質とは以下の点で異なります。
(1)動画の方向性や目的を定めない
(2)インタビュー対象者の声を編集せず、そのまま使用する
(3)一次(直接的に関係する人、種苗法関係なら生産者、育種関係など)、二次ステイクホルダー(間接的に関係する人、種苗法関係なら官公庁、青果店、卸、組合など)を含めて、対象者ごとに映像を分ける
(4)インタビュー対象者が話せることだけ話をしてもらう、ただ言葉に詰まる様子や迷っている様子も編集せず含める
(5)クローズドな場所でワークショップにのみ使用する

このVPAの映像を制作する過程で、同じ立場(だと考えられる)の人に同様の質問をしても回答が180度異なる場合が多々あり、制作側も大変混乱します。

例えばまだ原因が分かっていない問題に対して「Aの問題の原因は何だと思いますか?」と質問した時の実際の回答です。
ステイクホルダー1「Aの問題は前より環境が悪くなったから起こった」
ステイクホルダー2「Aの問題は前より環境が良くなりすぎたから起こった」
ステイクホルダー3「Aの問題は、Bをしたら改善した」
ステイクホルダー4「Aの問題は、Bをしたら悪化した」

この場合は、まだ原因が特定されていない問題を尋ねたので、誰かが嘘を言っているわけでもなく、間違っているわけでもありません。見ているものが異なる可能性もあります。30年前と比較したのか、2、3年前と比較したのか。

ここで伝えたいのは、例えばステイクホルダー1だけの話を聞いて「環境汚染が原因だ!」と安易に発言するのは違うのではないでしょうか。それはインタビューに答えて頂いた方に対しても大変失礼です。原因が特定されていない、ましてやこれから起こりうるシナリオを想定した発言について、たった一人の意見を聞いて、「みんなそう思っているはず」と拡大解釈をすることは危険だと思います。

よくあるメディアの手法の「両論併記」も、ステイクホルダー(官公庁)「Aの問題は、Bをしたら改善した」、ステイクホルダー(現場)「Aの問題は、Bをしたら悪化した」や、ステイクホルダー(大規模生産者)「賛成」、ステイクホルダー(小規模生産者)「反対」のように分かりやすく報じられがちですが、現実はそんなにシンプルではありません。

さいごに

人は自分でわかることを望みます。「説得しよう」とするのではなく、丁寧に「説明をし続けること」が必要です。この役割を現時点では農業に関わる方々が担っていますが、ぜひ政治に関わる方々に努めて頂きたいと思います。





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