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【ライオンの棲むところ】EP14. 殺してもいいですか?


 新しい契約先に通う日々が始まった。島田屋食品に通っていた時とは対照的に、今度は午後スタートの仕事だった。13時着、13時20分作業準備開始。13時30分から本格的に作業スタートだ。
 初めて関わる人が多いのと、今までのチームと違い男性の比率がかなり多いことから、かなり関わり方が違ったように思う。
 女性ばかりのチームでは立ち振る舞いに気を使うことばかりだったが、男性チームの方が自分がより自然体でいられるような気がした。年の近い兄弟は兄だし、自分の子供は5人中4人男の子だ。そんなことも関係しているかもしれない。


 新しい仕事では咲華の作業スペースが確保されていて、冷暖房完備で他の従業員の方々の目もなく静かに作業できる環境が整えられていた。中には私語を抑えられない人や、耳が遠く話し声が不自然に大きい人もいたので環境的には最高だ。そういった時人目を気にしなきゃならないのは、いつだって本人ではなくスタッフなのだから。


 山里さんは作業に向かいながらも、私を用もないのに呼びつけたり、10分休憩の時に私に張り付いて他の人と話させないようにした。
 エリアマネージャーから任された事もあり無碍な対応は出来ないが、他の方ともコミュニケーションを取らなければ特別扱いしていると勘違いされてしまう。
 山里さんの話ももちろん聞くし呼ばれれば駆けつけるが、同じくらい他の利用者さんにも自分から積極的に話しかけるようにした。


「水原さんが無類の男好きだって、言いふらしているみたいよ」
 スタートしてから1ヶ月、誰がそんなことを言っているのかは容易に想定することができた。先輩の言葉に動じることなく、私は契約先での山里さんの様子を先輩に報告する。先輩は「やっぱりね…」と頭を抱えていた。
「他の人と話すだけでそのように捉えられるんだったら、やっぱりかえって彼をウチのチームに入れることはできないですよ。仕事の時間中ずっと私の動向を追っていて、仕事にも全然集中できていません。」
 先輩が私の話を聞き、うーん…と唸る。
「そうねえ、結局本社へのクレームは収まっていないみたいよ。結局不満があるというよりは、本社の対応って丁寧で感じがいいじゃない?親切で細かく話を聞いてくれるから、それが癖になってるだけなのよね」


 私たちは毎日彼と関わっているから何となく毎日本社へ電話している彼の心情が理解できるが、関わっていないエリアマネージャーはそのことが分からないのだろう。最近忙しいらしく事業所へは顔を見せていないが、数日前電話で私を呼びつけて、相変わらず本社クレームが上がっている件についての“私へのクレーム”を伺ったばかりだ。
 何とか彼を傷つけずに解決する方法はないものか… この頃はそのことばかり考えていた。


 しかしある日、決定的な事件が起きた。


 
 午後の仕事を終え、チームの皆んなと駐車場に向かって歩いている時のことだった。
 山里さんはわざとなのかは分からないが、皆んなよりも歩くスピードがかなり遅い。安全面も配慮しなければならないため、私は先ゆく皆さんの様子を見ながら、一番歩みの遅い山里さんに歩幅を合わせてゆっくり歩いていた。自然と皆さんと距離が開いていく。

「そーだ、水原さんに聞きたいことがあったんだ」
 わざとらしく話題を切り出してきた。私はまた、俺のことが好きか嫌いかとそんなことを聞かれるのではないかと予測し、なんて答えようかと考えていた。すると、全く予想外の言葉を投げかけてきた。

「俺、水原さんを殺したい」

「へ?」


 予想外の言葉に、声が出ない。
 脅しているのだろうか。
 毅然と怒るべきか、笑い話にして、流してしまおうか–––––
 いずれにしても、かなり動揺していた。


「冗談でもそういう事言っちゃ、ダメですよ〜!」
 あえて明るい雰囲気で誤魔化そうとした。
「冗談じゃないよ、本気だよ。水原さん結婚してるから俺のものにはならないし、水原さん男好きだから俺が見張ってても男と喋ろうとするし。だからなんかもう、殺した方が良いんじゃ無いかって思えてきた。
 大好きだからさ、殺して良いですか?」


 彼の話す時のトーンて、普段どんな感じだったっけ?混乱して、分からなくなっている。言っていることが本気なのか、冗談なのか、今彼と一緒にいて大丈夫なのか、本当に何も、何をどう判断して良いのかが分からない。
 彼と距離を置きたい気持ちから、自然と早歩きになっていた。そうすると、自然と彼より前に身体が躍り出る。目の前でチームメンバーが、8人乗りのバンに乗り込む。大した距離では無いのに、遠く遠くにあるように感じる。
 彼の前にいることにも、不安を感じている。だって刃物でも持ってきていたら?ウチの事業所は持ち物検査などしない。リュックの中に何を入れているのか分からないのだ。
 背中に冷たい汗をかいている。


 


 こんな時に思い出したのは、氷川課長の顔だった。私がこの状況の渦中にいることを知ったら、どんな顔をしただろう。おそらく怒ってくれたかもしれない。


「ほら、だから来ればよかったでしょ、」と。

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