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【ライオンの棲むところ】EP2.なぜ何も言ってくれないの?

 スーパーで買い物をしていると、末っ子の3歳が「ママ、あれ食べたい!」と指差して言った。みたらし団子だ。うちの子は揃って和菓子が好きだ。
 

島田屋食品と契約解除になって約8ヶ月。


 ほぼ毎日のように持って帰ってきた和菓子の味を、うちの子はまだ覚えているらしい。長男の中学生は、未だに「あの和菓子どこかで買えないの?」と聞いてくるくらいだ。
「島田屋食品に就職しちゃえばよかったのに」
無邪気にこんなことを言ってくる始末だ。
人の気も知らないで。。。




島田屋食品に通い始めて3ヶ月。
私は数々の困難に直面していた。

 私の担当していた午前中のチームは、そもそも6ヶ月ほど通った前任のスタッフが集めたメンバーだった。
 前任は20代後半の男性スタッフ。明るくて人望の厚いふくよかな男の子だ。彼は和菓子の作業場のパートのおばちゃん達にも人気があったようで、彼が他県の系列事業所に転勤になり私が後任についてからも、「いつになったらあの子に戻るの?」と嫌味をよく言われていた。


 そしてチームメンバーも例外ではなく、彼のことが大好きだった。通い始めた頃はろくに仕事の引き継ぎもなく、「6ヶ月もチームのメンバーが通っているんだから、」と乱暴に投げ出されたような形で行くことになったのだが、誰に質問してもまともに返事してくれる人はいなかったのだ。


 そもそも精神疾患で障害者手帳を持っているような方達だ。人見知りどころではない。
 答えの返ってこない質問を何度もぶつけるわけにはいかず、島田屋食品の社員の方に質問するしかなかった。あちらはあちらで迷惑な話しである。一度教えたことを新しい社員に教えず、一通り指導した担当はこちらの勝手で突然来なくなってしまったのだから。。。


 そんな中、ある日正社員の滝沢さんが作業終了間際の12時ごろ(午前中の仕事は12時半で上がりだった)意を決したように、私が1人になったタイミングで突然ツカツカツカっとやってきた。


「スタッフの仕事ってどう聞いてますか?」
突然の思いがけない質問に、彼女の整った鋭い涼しげな目元に、一段と気迫が感じられて思わずたじろぐ。
「スタッフの仕事、、、 とは、どう意味でしょう?私はメンバーの皆さんと同じ役割をすれば良いのかと思っていたんですが」
 そもそも指導なんて一度も受けていない。私を最初の三日間連れてきた先輩スタッフも、他メンバーと違う動きはしていなかった。
 半日の4時間、メンバーと同じ役割をこなしていればそれで良いのかと思っていた。そして実際に、面接の時にもそう聞いていたのである。私の仕事は作業がメインではなく、利用者様が作業できているかをチェックすることだと…


 滝沢さんは「やっぱり」と小さな声で呟くと、ふーっと溜息をついた。
「あなたは“チームリーダー”なんだから、他のメンバーと違って、リーダーの仕事があるんですよ。シーラーの温度管理表の記入とか、粉の計量とか、、、 この約3ヶ月、一度もしてもらってなくて、みんな迷惑してます」


 衝撃だった。
 なんというか、声が出なかった。


 聞いていない、といえばそれまでだし、そもそもそれが事実だ。だがもう通い始めて3ヶ月。メンバーと同じ仕事だけしていればいいと思い込んでいた自分に、もちろん責任がある。 
 自分の仕事ができていなかったことも勿論ショックだが、この3ヶ月パートのおばちゃんや社員の方から向けられる違和感のある視線。。
 その視線の意味と正体が、ようやく今分かった気がしたのだ。


「聞いていなかったとはいえ、すみませんでした!今更かもしれませんが、教えていただけませんか?」
 私は平謝りし、教えて欲しいと彼女に頼み込んだ。
「私に聞かれても。。。
 前任の雄平さんって、本当にもう戻ってこないんですか?社内で一度聞いた仕事の共有って、出来ないものなんですか?
 教えるのは簡単です。でも、うちの仕事はシーズンで扱う商品が変わるので、ものが変わるたびにいちいち教えてくださいじゃ、こっちの時間がいくらあったって足りませんよ。」
 ここまで言い切ると、「教える時間はとります。氷川課長に一回相談しますね」と、足早に立ち去っていってしまった。
 私は呆然とその場に立ちすくんでいた。


 今思うと、勇気を出して言いにきてくれた彼女に心から感謝している。そうでなければ、私は最後まで自分の仕事について勘違いしていただろう。
 でも私自身、すごくモヤモヤしていた。
 先程言われた管理表の記入、粉の計量、仕事として項目があるのは知っていた。自分たちが午前の勤務を終え、上がる準備をしているときに、我々がいたポジションですぐその作業にあたっている人がいたからだ。
 氷川課長である。
 私は彼がその作業をしているのを見て、てっきり管理職の人間がやる仕事なのかと勘違いしてしまっていたのである。まさか、私の前任が任されていた仕事だったとは、夢にも思わなかった。


 その後、管理表の記入の仕方や計量のタイミングなど教えてもらったが、なんてことは無かった。難しい仕事でもなんでもない、それぞれ5分〜10分あれば済む作業だった。
 ーーーーなぜ教えてくれないの?
 本当に疑問だった。


 チームメンバーとも上手くいかず、任されているとは知らないにしろ大事な役割を3ヶ月も放棄しているように見えていたなんて… 私ってそんなに話しかけずらいのか?仕事が出来なそうに見えるのだろうか。
 パートとはいえ、色んな職種を経験してきた。小規模ではあるが有料老人ホームの1人夜勤をしていたこともあるし、個人事業でリラクゼーションの店をやっていた経験もある。

 色んなショックが私の中を渦巻いていた。
 逃げ出したい、とさえ思った。

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